《8》

 世界は可能性の分岐で出来ている。そう思わない?

 あたし達は日々、選択肢を大量に与えられ、その中の1つを選び取り続けながら生きている。

 だが。この火星では選択肢は限られ。パターンが出来てしまっていて。それを偽者の神デミウルゴスが繰り返している。

 ここに地獄を見るのはおかしいだろうか?まるで『運命の輪』を回し続けるように世界は丸く収束していて。これは良くない。誰もが思っている。

 しかし。誰もこの状況を出て、が無いのだ。あたしを含め。だから文句を言う権利はないのかも知れない…


「あーあ…おうのアホの飽きってヤツが分からんでもない」とあたしはつぶやく。何時かリセットされる締まりのない日常。そこでドラマがなんぼ起きようが―

 誰かに愛を告げようが―その永遠の愛は進むことがない。

「時が存在を固定する―うん。至言しげんだ」

 自己の存在を固定するのりのような役目を果たすのが時で。でもあたし達にはそれが与えられてなくて。

「自殺とかしても意味ないしなあ」とあたしはいつもの屋上で独り言う。ここから飛び降りようが―あたしは死なない。実質。これはヒトがかつて見た永遠の命に似てるかも知れないが…実際その境地にいくと分かることがある―


 、と。

 失わない人生はつまらないのだ。ヒトはリスクを嫌うと言うが、同時にリスクを楽しむ生きものでもある。無くなるからこそ執着できるのだ。なくならないモノは何時か日常の一部になって、詰らないモノと化していく…

「神は死なない」なんてニーチェに引っ掛けた独り言。そう。神はヒトがいる限り、外部として間接的に現れ続ける。

 ここには純然な人間は居ないし、その上死なないし、生殖もしない。

 生殖できたところで。あたしたち『火星人オートマタ』は数世代後に重篤な遺伝病を抱える集団になるだろう。ボトルネック。それがここでは起きている。もしくは創始者そうししゃ効果。

 雑にまとめてしまうと潜性せんせいホモ接合の遺伝病を起こす遺伝子が残り続けてしまう環境なのだ。


 ―要するに希望はない。

 考えれば考えるほどそうで。桜の気持ちがよく分かる。

 ならば飽きてても意地で続けるしかないのだ…このピトケアン島火星で永遠に終わらないゲームを。


「うんざりだ」とあたしは呟いて。上に向かって手を伸ばす。伸び。りがちな肩の血流が良くなるの感じ―

「よ。すみれ…ふー…」と蘇芳すおうは背後から忍び寄りあたしの耳に息を吹きかけているのだった。

「あのね?趣味の悪いステルスは止めて」なんてあたしはカリカリしながら返す。

「いやあ。お前がシリアスな雰囲気出してるから…ほぐそうかなって」と蘇芳はケタケタ笑いながら言う。

「…悪いわね。気を使わせて」申し訳なくなってくる。このには悪いことをしてばかり。そしてそれを毎度まいど許して貰ってばかり…要するに甘えてるのはあたしだったのだ。

「良いんだよ。で?悩みは何だ?」蘇芳は屈託なくく。竹を割ったかのような性格。羨ましくあり、妬ましくあり。一方のあたしの性格はコールタールばりのドロドロ…

「肩が凝る」とあたしは咄嗟とっさに嘘をく。もうこれは癖になってしまっている。

「揉む?」と蘇芳は訊く。

「頼んで良いかな」うん。凝ってるのは事実。姿勢の悪さ故かよく凝るのだ。

「お前はな…だから」とか蘇芳は言うのだけど。

「何の話よ…」とあたしは敢えて触れずに訊く。

「胸の話だ、くそめ」と蘇芳。いやあんたの方が肉付きいいじゃんよ。

「あたしよりデカいアンタに言われたくない」ユニセックスな顔に女性的な肉体のアンバランス。それが蘇芳。なのだ。だがその下は女。こんなアンバランスが許されるのは10代まで。大人なったら、その微妙な雰囲気も消え、普通の女になっていくんだろうな。見る機会は無いけれど。

「デカくても意味ねーだろ、この惑星じゃ…」有性生殖ゆうせいせいしょくに意味の無い星では乳房にゅうぼうが発達する意味がいよいよわからなくなる。がんの好発こうはつ部位が増えるだけ…ちなみに人類最古のがんの医療記録も乳がんだったりする。古代から残り続けた女性の弱点の1つ。

「無駄に揺れて重いっていうオマケもつく」

「言えてるな―んで?んだよ?」彼女は相変わらず鋭い。それがあたし相手だからなのか?それとも?なんて。考えても意味はないか…


「…終わらない日常にうんざりしてるのよ」とあたしは言う。

「私達は終わらない、からな」と彼女は応える。

「永遠に―この火星を造り続けていく。子孫も残さずに…」

「オリジナルがヒトだけあって―自己保存欲求だけはあるんだよな。私達」と蘇芳は悟った顔。言うとおり。コピーがそのままされてしまっていて。。そこに虚しさがある。

「安易なセクシャル論は嫌いだが…クソみたいなデメリット―生理とかな―を背負ってんだから…やっぱその益を享受したいもんよなー」

「言うて意味ないし、あんた、本当に子どもが欲しいの?」

「あのな?何の為にエロいんだよ、私は」とか言う蘇芳。いや、同性愛的な事してるじゃんとかあたしは思うんだけど。

「エロに娯楽を求めている」とあたしは評してみるけれど。

「…そうじゃないんだけどな?娯楽性だけのエロなんて自慰行為で十分じゃん?」

「…まあ、ね」

「せっかくの遺伝子だ…使わんと損だぜ?」モノみたいに言うなよなあ。

「損だね…でもあたし達の卵子と精子は受精能力がないんだけどね?」

「んなモンどうにか出来るだろ?」

「簡単に言ってくれる」蘇芳なら―何とか出来るのかも知れないが…桜はそれを考えた事があるのだろうか?そしてもし考えたなら―棄却ききゃくしたはずだ。じゃないとこの時の進み方が説明出来ない。

「私達は―進化を駆動させるべきだ」と蘇芳は言う。

のね」なんてあたしはからかう。

「からかうな」と珍しく真面目な蘇芳。

「からかいたくもなる…こうも無意味な事をしてるとね」なんて話が飛躍し始めるあたし。

「無意味な繰り返し?日常の話か?」と蘇芳は訊く。

「―んまあ、そう」とあたしは言う。半分だけの真実を。

「…それを享受きょうじゅしてるやつにも問題があるじゃねえ?」なんて言う蘇芳。言われなくても分かってるって…

「でもそいつは色々試した結果―そうせざるを得ないのかもよ?」とあたしは少しだけ素直に語る。

「考えるのを止めたのか?」とか蘇芳は問う…まるであたしがそうなっていることが分かってるかのように。

「止めたのかもね?…動物は繰り返される理不尽に弱いのよ」学習性無気力。心は簡単に折れるものなのだ。恐怖心が保存されているかぎり。

「そんな中でも諦めたら―全部おじゃんだ」貴女あなたは強いからそう言える。

「おじゃんの方がマシなのかも?無理に事を進めるよりは」

「菫…セレンディピティを忘れるなよ?もしくは閃き…」と蘇芳は心配そうにあたしを見つめる。今はその優しさが痛い…まるで責められているような気分になる…けど我慢しなきゃ…

「…余裕が無いとね。そういうのも降りてこない。それにね。あたしは貴女と比べて頭が良くない…」

「んな事はない」と即座の否定。

」とあたしはこたえる。そう。その信頼が重い。。出来る人間の普通が凡人の全力なのだ。

「…思いが重いかな?」と蘇芳は少ししおれて言う。

「うん。あたしの全力が貴女の普通なのよ」とあたしは認めてしまう。

「…そういう時は誰かに頼ろうや…お前の悪いトコロは1人で突っ走るトコだぞ?」

「頼ろうにも―」なんて言わなくて良いことも言う。私は輪の中に居るのだと、暗に認めてしまう。

「忘れていく、か。心当たりがあるが…菫、関係あるのか?」と蘇芳は静かに訊く。

「あるわね…」と言ってしまう。ああ。後が面倒だ。

「でも―忘れて無いこともある」色々、ね。でも…

「忘れようが忘れまいが―…」素直な吐露。

「イノベーティブにいこうや、そういう事を解決してなんぼだ」とのんびりと言う蘇芳。

「…貴女は強いんだ」とあたしは吐露する。

「…ああ。菫。私は強くなれる」と彼女は屈託くったくなく言うのだった―


                    ◆

 

 世の中はバランスゲームで出来ている。そんな考えもあるんだが。

 菫はどうにも極端で良くない。簡単に追い詰められる。そして1人で事を為したがる。

 私はそれに一抹いちまつの寂しさを感じていた。のか?

 私は割と素直だから―「…そういう時は誰かに頼ろうや…お前の悪いトコロは1人で突っ走るトコだぞ?」って言ってやったし、菫が居るから強くなれるとも言ったのだが。その想いは届いてないような、そんな気がした。


 この風のあまり吹かない屋上は。私達の秘密基地だ。他の連中はここに興味を示さない。あるしゅ賢いのだ。こんなところで空を眺めようが、宇宙は見えないのだといる。

 私はからこそ上を見る。見上げれば人工太陽とコロニーの天井が微かに見える白い視界。切り取られた世界。地下の水資源を追い求め、外の宇宙風から逃れる為、このコロニーは造られた。その地殻ちかく伸展しんてんする様は植物の根を思い出させる。

 

「ったく…今日も平和にバベルの塔が建造されてやがるぜ」と私は1人愚痴る。バベルの塔は天を目ざしたが。私達のコロニーは地下…もっと深くを目指す。

 だが。こいつは約束された破滅の道だ。何時か掘り尽くされちまうのが目に見えてる。

 ああ私達の時間は有限だ。何時いつ何処どこかでターニングポイントを見つけなくてはいけない。のんびり『運命の輪』を回している場合じゃない。

 一番簡単でドラスティックな変化は―クローンの不稔性ふねんせいの除去、ここに尽きるような気がするのだ。別に人間に憧れている訳じゃないが―永遠の時を彷徨さまよわざるを得ない今の状況。ロクなもんじゃない。

「私達の配偶子―卵子と精子が結合さえしてくれりゃあな」と私は言葉に出しながら考える。ここで重要なのは受容体。精子はその表面に卵子の受容体に結合する化合物―鍵―を造り卵子は受容体という錠で受ける。それが合致して始めて有性生殖は成る。私達の卵子精子はそのプロセスを進めさせないために錠と鍵が取り除かれている…

 エレクトロポーション電気穿孔法かなんかで精子を卵子の細胞膜の中に突っ込むってのはどうか?

 受容体は細胞膜の表面に発現している訳で。そいつをぶっ飛ばしてじかで突っ込めたりしないものか…いや、アレ確か高分子こうぶんしを運ぶの無理じゃなかったっけか?


 ああ。考えてもロクな案が出てきやしない。

「何考えてるの、蘇芳?」と現れたのは菫だ。

「ん?いや…どうやったら不稔のクローンの受精卵を作れるかってな?」別に隠すようなことじゃない。ちょっとした思考実験だ。

「…よく分かんないけど―無理なんでしょ?私達は不稔になるように仕込まれてる。遺伝子レベルで」そう。それが一般論だが…何かが引っかかるのだ、私は。

「それってさ。設計としてどうかと思わんか?」そう。んな事したら、出来ることは減る。もし開発中に地球で核戦争なんかが起きて―全人類が絶滅するとする。その時ののだ。

「…そんな事は起きないからコストダウンの為に削る…という反論は?」と菫は言うが。

「元からある機能を削る方が金がかかるはずだ」

「それはそうか」

「まあさ?地球人類が滅亡しないって前提の上に私達は居る」そう。だから成り代わられる事を避けたいが故に私達を不稔にした…けど。そんな用を足したいなら…無人開発機を改良しろよな、とは思うのだ。それとも機械を開発するより、高分子のロボット自動人形を創るほうがコストが安かった?

「そ…まあ?滅びたけどね。想定もしてなかった方向からの一発で」と菫は言う。そう。隕石一発で地球は滅びた…らしい。な。ぶつかると。

「この不測の事態はチャンスなのに―お前らは何してた?」と私はなじらずにはいられない。そう、諸々もろもろを菫から聞いた。そして。

「何も…ただ不幸を嘆くばかり」と菫は言う。チャレンジ精神の無い奴らだ。と思わざるを得ない。いや、残酷な物言いだが。

「んまあ…色々努力はしたんだろうが―」と私はいっておく。おうはしょうがないとして、菫、こいつは私にすぐさま協力を仰ぐことだって出来たのだ。

「あのね。みすみすアンタを危ない目に巻き込みたくないわけ」と菫はプリプリしながら言う。

「お前は私の母ちゃんか何かか?」と問わずにはいられない。

「好きな女ではある」と彼女は顔を赤らめながら言うが―なあ、あたしは有精生殖の線を探してるんだぞ?

「そういうのって機会的同性愛きかいてきどうせいあいってやつじゃないか?」こういうのは、ってやつだ。…あたしは割とボーイッシュな顔立ちだから―自惚うぬぼれもある―、まあ、そういう事もなくはない。

「かもね?あたしは多情たじょうだし」と菫はむくれて言う。

「…悪かったって」と私は言う。別に


                 ◆


 人は―地球を旅して広がっていったものだ。ユーラシア大陸の中東部を大きなノードにして広がっていった。そこで青銅器や鉄や農耕がおこったからだ。

 小さな集団は新大陸へと脚を伸ばしていった。その途中でネアンデルタール人に出会ったり、ステップ地帯の遊牧民と合流しながら。

 そして集団はどんどん分岐していく。人類は適応力が高かったのか、のか…どんどん小さな創始者達をフロンティアに送り込んだ。

 そしてフロンティアで十分増えれえば、また小さな集団を前に送る―それを新大陸、南アメリカやオーストラリアまで実行した。結果として地球に人間が蔓延はびこった訳である。


 その様をウイルスかなにかに形容することも出来る。

 弾け出たウィルスヒトは―今度は火星に寄生した。

 しかし―ここには乗っ取るべきシステムは。一番のネックは真水が少な過ぎること。この大地は生きていたのかも知れない。

 しかし今は―死に絶え赤く輝くのみ。ただ近いからと目指された新天地フロンティア。そこに希望はない。マーズ、戦いの神マルスにちなんで付けられた名前。そこには微かな皮肉がある。


「ったく」と私は白い空にため息をぶつける。

「私達はウイルスと同根どうこんかよ…単純にコピーで増える…そしてそこには未来はない…よな?」疑問を空にぶつけても答えは返ってきやしない。自分との対話なのだコイツは。

「遺伝子の水平伝播すいへいでんぱでもするかあ?」なんて冗談。ウイルスや細菌には遺伝子をに伝える能力がある。だから有精生殖をしなくても新しい遺伝子を取り込むことがある…

 また。単純に私達の遺伝子が変異するのを待っても良いのかも知れない。

 遺伝子のコピーエラーの頻度は10億塩基に1つ…少なくとも数百年待てば―ミュータント突然変異自動人形オートマタが産まれる可能性…はないか。生殖忘れてたよ。

 ああ、答えは無い…ように見える。完全な袋小路。アホ2人が根を上げる気分も分からないではない。

 簡単にいくなら、私達は違った未来を歩いてる。上手くいく訳無いからこそこうなっている―なんてバイアスがかった思考が鬱陶しい。正常化バイアスの逆バージョン。


 白い光。それは三原色の織りなす飽和。赤、青、緑が最大値で絡み合い、白い光を成す。そこにはメタファーがある。私、菫、桜…三人が寄り合い混ざりあっても―飽和して…何の意味も為さないのかも知れん。

 謎は多く。制限は数多あまた。このまま『輪』に回され、時間を無駄にし―この星と共に消えゆく。それも良いかもな、なんて思い始めている。軟弱だ。


 進化の先達であるヒトは何時か淘汰される…残念ながらコイツは真実らしい。

 そのに居る私らはグロッキーだ。地球の創始者達が羨ましい。彼らはこんな絶望を味わう事がなかっただろうから。ま、増えれたところで希望は無いんだけどな。この50人の遺伝子プールを自由に出来たとして。発生する多様性は限られたものになるから。

 

 ああ。日常はなんとなくを続けていく。この空の下の私達と同じように…

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