《7》
「…で?
「ちょっとアンタの頭を
「んー?ああ。うん。お前はこのセンセイの手先かよ…」と蘇芳は言う。まあ、今は知らないんだから仕方がないと言えば仕方ない。
「ま、優等生だからね…色々あるわけ」
「詳しくは聞かんけど…まあ後で頼む。んで、センセイの股間を握って―何してたのさ?」少し引き気味に問う蘇芳。
「何も?とりあえずこいつをぶっ飛ばしたいわね。今は」
「…情緒不安定な感じが最高に意味分からんが―頭に2、3入れれば良いかな?」
「お願い」
今、あたしは桜と密着中。そして蘇芳はその後ろにいる。あたしがもうちょい頑張れば…キルスイッチくらいは封じられる。
「お前らあ。マジで面白いな」と股間を握られている
「…伊達にに反抗してない」とあたしは股間の手を緩めず言う。いい加減
「あのさあ…菫」と蘇芳は言いにくそうに言う―「握り潰せ、その手のモン」と呆れながら言う。
「はい?」ああ。うっかりしてた…オスの生物学上の弱点の1つだった。ぶら下がった臓器は衝撃に大変弱い。
…そんな訳であたしは、別のところに手を
「痛っうううううううう」と桜は
「さって。
◆
あたしと蘇芳はこの施設の中を駆け抜ける。延々と続く廊下。ココは無駄に作りが
「お前は優等生だと思っちゃいたが―何とまあ。私達を弄っていたとは意外だな」と
「あの馬鹿に…やらされてただけ…喜んでやってた訳じゃない…」一方のあたしには運動というモノの才が与えられていない。神は細部に現れたらしい。どうでも良いディティールには
「お前性格悪いから、楽しんでそうだけどなあ」と蘇芳は言う。性格が悪いのは事実だがそれを言うな。あたしが陰湿みたいでがっくりくる。
「んな訳ないでしょ…さて?そろそろ抜けれるはず何だけど…」何かがおかしい。
この施設の通路はびっくりするほど見分けがつかない。というのも、上も下も白くてドアの数も一定だから。それが迷路みたいにはり巡らされている。いかにも何か
「蘇芳…アンタどういう風に廊下進んだか覚えてない?」とあたしは聞いてみるが。蘇芳は記憶という物をめったにしないんだよな。覚えるより考えた方が早い、が口癖だし。
「んー?とりあえず前進してたから覚えてねーわ」と言う。期待はしてなかったが。問題は私も走るのに必至で道のことなんか覚えちゃないって事だ。いつもと違うルーティングをしてるのは分かるが。
「参ったな…ごめん。迷った」とあたしは認める。まあ、最悪、お互い何らかの処置を受けようが、人格は何とかなるわけで。ココはエネルギー浪費の少ない方法を取るべきかも知れない。
「…左手法で何とかならんかな?」彼女は言う。左手を壁に付けてそれを這わせながら進んでいく方法。時間はかかるが確実に入口か出口に導いてくれる。
「…っきゃないかな」とあたしは言う。まだ余り知らないはずの蘇芳に「やられても問題ない」と言うのは気が引けるのだ。
◆
で。結局の話なのだが。左手法を試したあたし達は。望む方向と逆の方向に導かれていたのだった。
「お前らは間抜けか?」と復活している桜に
「間抜けらしいな」「ね」なんてあたしと蘇芳は言う。反抗心の塊みたいなティーンエイジャーだけど非は認められる。
「…お前ら纏めて処理すっかな。でもなあ…持ち
「…カミサマ気取りか?センセイ?」と蘇芳は言う。
「…カミサマみたいなもんだろ」と悪びれず言う桜。
「ほーん?お前が神ねえ…大した事ない癖になあ」と蘇芳は
「まあな。そこは否定しない。大したことないから神を気取りたがる。
「で、神のご高説を
「…ううむ。菫は遺して…蘇芳はいいや」と彼は子どもじみた声で言う。
「だってさ。菫良かったな。股間のお陰で存在がもちそうだぞ…」とか余裕ぶる蘇芳。ああ。少し痛ましい。
「股間だけじゃないけど?」とあたしは言う。どうせ消える記憶でも―股間の女というのが末期の印象ってのは頂けない。
「ま、お前はマネージャーだもんな自動人形の…一方私は
「少なくとも―邪魔じゃないよ、蘇芳。あたしはアンタが居ないと張り合いがない」とあたしは言う。忘れられるとしても、思いは伝えておきたい。
「さよか…じゃあな菫」とか
「心温まる友情…じゃ蘇芳、また学校でな。菫…やっといてくれ」と桜は興味なさ気に言って…この白い部屋を去っていった。直接見てなくてもあたしはやると思ってるらしい。
◆
聖書
また、タロットのデッキの大アルカナ『塔』。それは正位置でも逆意味でも破滅的的な意味合いを帯びる。
そう。あたし達は。このコロニーという『塔』に囚われている。何時か来る地球の同胞を
火星では言葉を引き裂くよりも過激な記憶を引き裂く行為が行われている。それは存在そのものを引き裂いているのに似る。
「ああ」とあたしは風があまり吹かない夕方の屋上で独りごと。昨日、結局蘇芳の記憶を引き裂いた訳だが―
◆
「…私は菫が好きだから―信じて頭を
「愛の
―別にここで何をしたって蘇芳は戻ってくる
―そうであろうが。愛する人間の頭を
「そう言うな、菫。お前結構、酷い顔してるんだから」心配そうに言う蘇芳。
「…
「知ってるよ…お前は無駄に率直なタイプだ…だからいつも損する」
「率直さは美徳だと思わない?むしろ表面
「お前…桜の事好きか?」とか蘇芳は
「…異性としては…まあ意識したこともある」とあたしは認めておく。思春期、と言うかメスは基本多情だ。何故か?それが進化上の戦略だからだ。多くのオスと性交渉を持ち、より良い遺伝子を自らの
「しゃあない。年上に憧れんのは思春期の
「ま…一回してみたけど…蘇芳との方が良かったし…アイツ内面が荒れすぎててね」行為の相性は蘇芳との方が良かった。それはあたしが処女だったせいかも分からないが。それともレズビアンとしての傾向があるのか?よく分からない。特にこの火星においては
「私は―ま、お前の色々見てきてるからな。何処が良いかとか順序とか、抑えてるんだよ」頭の良いやつはエロいという俗説はあっているのだろうか?と彼女の言葉を聞いて思う。性交渉もまたコミュニケートの
「なんかそう言われると―相手をしてもらってる感があるわね」とあたしは言う。地球の
「んな訳あるかい…あのな?私もそういう観察をするくらいには菫を意識してるってこった」と何の気もなさそうに、
「それは…蘇芳。過去の
◆
「インプリンティングされた好意である―と菫は言いたい訳だ」と早くも話の筋を追ってくる蘇芳。こういう勘の良さが彼女にはある。あたしにはない。凡人と天才の
「…鳥の雛が最初に見たものを親と認識するように…貴女にはあたしへの執着が、過去の貴女によって埋め込まれている訳」とあたしは始める。
「記憶ではないよな?」
「記憶じゃ飛ぶからね…今からするように」とあたしは先に言っておく。何にせよ記憶を飛ばすと。後が面倒になるからだ。桜はまだ健在な訳で。
「となると―人格しかない」と蘇芳は言う。あっさり気づいていく辺が鋭い。
「一番脳機能で複雑な部分だからね」とあたしは
「複雑というか複数の機能が同時並列に処理をするから、一見そう見えちまう、が正解だ」
「貴女は脳の機能は
「と言うか必然的にそうならん?」「ならないから議論が割れたのでは?」私は疑問を
「統一された意識なんていうモンを哲学から
「そしてそれは人格である、と」もしくは魂、存在、ソウル…
「そ…で?何の話だっけ?」真面目な話の途中で別の議論の森に
「ええと。だから蘇芳の好意は…あまり根拠がないかもねって話」とあたしはまどろっこしい言い方で言う。
「んな事かい」と蘇芳は言うのだけど。
「んな事?こっちは割と真剣」とあたしは膨れて言う。
「そういうさ、本質論に意味がない事に気がつけよ…菫」と彼女は言うのだけど。あたししはまどろっこしく重たい女でもある訳で。
「どういう意味?あたしが
「ん〜うん。色々すっ飛ばして言うならそう」と彼女は言い切るのだ。
「…いつもの事だけど。アンタに
「無い。んなモンにも意味はない」と詰まらなそうに言う蘇芳。
「ったく…」とあたしは言わざるを得なかった。怒るよりも先に
「そういう『本当は』ってヤツ…延々と続けられるからな…私はもっとシンプルに現象を見るさ。菫を見たらドキドキするし、たまにはそういう気分も
「あーもう!!分かった」と言うしか無いじゃない。
◆
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