《5》

「有りていな答えで良いかな?」とあたしは蘇芳すおうに言う。

「…私は割と真剣だぞ?すみれ。このコロニー、この舞台の上の自動人形という演者が―ホンに意図された演技をるには、演出がいるはずだと思わないか?」あたしの目を見て言う蘇芳。

「…そう?アウトラインが決まってるなら、後はアドリブかまされようが、演出はらないと思わない?」すこし苦しい言い訳だが、この娘にだけは悟られたくはない。いずれバレる事だとはいえ、…この手で彼女の記憶を消したり…機能停止させたり…


                 ◆


 白い部屋。その部屋の真ん中にはリラクシングチェアと―TMS装置。

 TMS…経頭蓋磁気刺激けいとうがいじきしげきの略だ。巨大なコイルを使って、直接ニューロンを『』するのが目的の機械だが―この火星に置いては改良版がファクトリーリセットに使われている。前頭前野のニューロン全てを無理やりノックし、てんかんのような状態を作り、そこにリセット信号を叩き込む。何とも野蛮な機械だと思う。

 部屋の上のスピーカーからおうのアホの声。

「―菫。聞こえるか」いや、今、反抗的な子の『』をしてるところなんだけど。

「…アンタが押し付けてくれちゃった『』の最中に何よ?」とあたしはこたえる。こいつは自動人形への懲罰をあたしに投げやがったのだ。その時はこう脅された―「お前がやらんのなら―蘇芳の海馬、焼き尽くしてやってもいい。記憶のマスターも消すし、シークエンシングデータも消す」と。それじゃあ、やるしかないのだ。

 ちなみに投げた理由は、「残虐行為に」まったく。男というやつは。

「…蘇芳だ」そう言う彼は面倒、というニュアンスを含ませていて。

「…今度は何やらかしたのよ?アンタの財布でもパクった?」この火星では余り意味のない行為だけど。金銭で買えるモノ、大したものじゃないから。

「違う。なんというか―アイツ、まだ、閃きって形で色々思い出しやがる」と彼は言う。

「閃き…ね。代償回路だいしょうかいろなんかこじ開けなくても…残るものね…色々と。んで?あたしに蘇芳の処置をしろと?」アホじゃないか?あたしにやらせるのは危険だ。

「ああ。やれ。お前も知っておくべき時期だ…?」ああ。『』されるのは―あたしか。


 桜のアホの『キルスイッチ』で気絶させられた蘇芳が自動運転ストレッチャーにせられて入ってくる。

 蘇芳は―舌を噛まないように猿ぐつわをされていて。それだけで痛ましいのに。これからあたしは…この娘の記憶を飛ばすのだ。自らの手で。

 あたしは…蘇芳をストレッチャーから下ろして…おぶり、部屋の中央に運ぶ…っと前の『クランケ』残ってたっけな。

 それから。10分ほど準備に手間取った…蘇芳、無駄に肉付きが良いから重いったらありゃしない。

 コンソールの前にあたしは座る。そして蘇芳の頭皮に埋め込まれたチップにアクセスをかける。それは自動人形の制御用に埋め込まれたもので。薄さがあまり無いから―あたし達は言われないと気づかない。いつの間にかーと言うか製造された時に埋め込まれているのだ。表向きはメンタルケアプログラムの効率を上げる為となっているが、本来の目的はこうしたリセットやらの例外処理をやりやすくする為だ。


「自動人形 第一期 個体名『東雲しののめ 蘇芳』、識別ナンバ「001―001」へようこそ」なんてメッセージがコンソールのスクリーンに表示される。あたしはコレを見るたびにやるせない気分になる。何故か?だ。何なんだ、この石器時代のコンピュータみたいなメッセージは。

「例外処理パネル…呼び出して」とあたしはコンソールに告げる。

「例外処理パネル展開―

             1.記憶領域参照

             2.記憶領域エディタ

             3.人格領域参照

             4.人格領域機能抑制エディタ

             5.システムリセット

             6.部分リカバリ

             7.オールリカバリ―(製造時と非常時のみ使用!!)

                                     」

 この石器時代じみたコマンドシステムの並びよ…見てるだけでうんざりしてくる。これが地球人類の叡智えいちの1つだと思うとうんざりしてくる。ジョージ・オーウェルな世界観の方がまだマシだ。『ビッグ・ブラザー』は脳みそを開けたり改造したりしない。

「とりあえず1をお願い」とあたしはコンソールに告げる。

「記憶領域参照...なまデータ、大凡おおよそ15テラバイト…変換システムを起動…タイムテーブル生成…」コンソールにが創られた日から今日までの日付が飛び飛びで表示され始める。今に近くなればなるほど容量が上がり、処理は煩雑はんざつになる。それはそうだ。人の記憶は過去にいけばいくほど符号化ふごうかが進むから。簡略化され、小さく収まっていく…抽象ちゅうしょうてき的に言い直すと過去は曖昧あいまいになっていく。

 とりあえず。ここ一週間の並びを抽出ちゅうしゅつしていく。コレは長い残業になりそうだ―

「んで?何を消して欲しい訳?とりあえず一週間分の記憶を抽出してるわよ」とあたしは上に向かって言う。。なんとなく上を向いてしまうのだ。その有様が神に語りかける哀れなのようでむなしい。いやいや…あたしはプロダクトな自動人形オートマタ

「…まあその辺で良いか…とりあえず―シェイクスピアの『お気に召すまま』に関連する記憶を全部消しといてくれ」と偽者の神デミウルゴスこと桜は言う。

「…それだけで良い訳?」とあたしはく。局所ぎやしないだろうか。

「こいつの場合…一気にやりすぎると―色々ぶら下がってくるんだよ…物事をくっつけて考える習慣が身につきすぎていて、下手に触ると丸ごとやっちまう」それは、あるな、と思った。蘇芳は若者みたいな瞬発力のある思考能力もあるが、一般に歳を取らないと円熟えんじゅくしない関連思考能力も高い。アレを考えたついでにコレを考え、それらを合成し新しい発想をする…

「分かった…けど。『お気に召すまま』自体をどっかやったら?」と思わないでもない。

「どっこい…いろんなところにありすぎてめんどくさい。根本を絶った方が早くないか?」そんなに形容されても。文化というミームは塩基えんきの遺伝子と違って拡散が早いのだ。

「はいはい…分かった。じゃ、後は―あたしに任せなさいな…アンタ忙しいでしょ?」要件は終わった。さっさと何処なりに消えて欲しい。

「頼んだぞ―」


                  ◆


「記憶26788―削除、記憶64563―書き換え…適当な小説に置き換え…」コンソールに指示をいれながら、私はチェアに寝かせた蘇芳を見やる。その頭の上にはフィクションに出てくるようなヘッドギア…中には8の字型のコイルが収まっていて。そいつのコイルが鳴るパチパチとという音がうるさい。この音…何処かで聞いたことがある気がするのだけど、何だっけ。

 こういう光景には―なんだけど。やはり知り合いを悪意を持って、害するというのは気分が悪い。むしろ直接言い合ったり、殴り合いをするほうがまだ健全だ。

 ?の理由の一端が見えてきた気がする。いくらアイツが管理人とは言え、人の形をした人のように考える者をこうやってしいたげ続けると、まあ、普通の人間は病むのだ。シリアルキラーも殺害対象を殺すのに理由付けを行ったり、人だと思わないようにしたりする訳で。

「あーあ。あたしは―」。地球から投げ出された男。その産まれだけで国際宇宙連合こくさいうちゅれんごうに利用された男…あたしも余り強い人間ではないから、そういうんだ人間には同情しがちだ。まあ、アイツのやってる唾棄だきすべきものだけど。


 パチパチ…と何かが弾けるような音とあたしの声と、かすかな蘇芳の呼吸で、この部屋は埋め尽くされている。そこには確かな孤独がある。神とかいう概念だけが知る。

 

「指定された範囲の編集が完了しました…再起動を行いますか?」とコンソールから声。蘇芳のシステムからの呼びかけ。

「…ううん。少し待って」とあたしは言ってしまう。

「追加の処理を行いますか?」

「うん。だからもう一回パネル開いて―3の処理を」とあたしは言う。望んではいないけど―人格領域をのぞいておこう。

「管理者権限でログインをお願いします」ああ。やっぱこの辺はあたしに渡してくれてないのか。

「ID―admin、パスワード―1234」ダメもと。これで通るならあの神気取きどりは大した事ない―「ようこそ、Ou_Wakabayashi」アイツは―掛け値ナシの馬鹿か、もしくはえてこうしているのか?分からない。

「人格プログラム、ヴューアー起動…」とコンソールが告げ。蘇芳の中身が白日はくじつの、いや、ホワイトライトのもとさらされた訳だが―何じゃこりゃ。一見プログラムのような記述なのだが―法則が見いだせないのだ。英数字とひらがなをランダムに数テラバイト分き散らしました、みたいな文章がヴューアーに広がる…かつて見た人間の塩基配列DNAなまのデータの方がまだ規則性はあった。しかも4字で構成されてるし。

「そう簡単にいかないか。さて…暗号化でもかかってて、鍵がないと無意味な文字の羅列られつでしかないのか…どうなのかしらね」なんて愚痴が口をつく。

 こういう時に蘇芳がいれば、と思わないでもない。あのならこういう無意味な文字列にさえ規則性を見つけそうで。


 あたしは愚痴を吐くと同時に、文字列をスクロールさせていく…が文字の巨大な塊に押しつぶされそうだ…何百行と意味のない文字のランダムな列が続いてる…いい加減諦めた方が良いのかも―なんて思っていたら。


「おい…見えてるか―菫―」という奇跡の一文にぶつかった…



                   ◆

 

『おい…見えてるか菫、こいつは私が文だ…桜センセは阿呆アホだから、こういうジャンクな領域に隠しとけば―まあ、バレんと思ってな…


 ある日の事さ…頭をぶつけて擦りむいたんだが―アレ血がびゃあびゃあでるのな…びっくりした―じゃなくてだ。このを見つけちまった…運が良かった、と言われればそうだが…

 んで。私はそこらのガラクタと端末で『』にアクセスすることに成功し…今、お前がいらってるパネルを見つけた…いやあ。解析に時間がかかったが、どうせ暇なティーンエイジャーだし、授業の合間に内職して―まあ。この人格領域とやらに手を出すことに成功した。

 ちなみにだ。このクソ文字羅列られつに意味を求めるなよ?んだ。

 こいつは上位のプログラムの生成物せいせいぶつだ。そいつを未来に期待してヴューアーとエディタがまれているだけ。だから、こんなトコロで時間を無駄にすんなって言いたいとこだが…まあ、見つけられたくないもん隠すにはうってつけだ。


 私はこいつにもう1個仕込みをしてやった―地球の古いプログラミング手法である『セル・オートマトン』を突っ込んでおいた。簡単な回路を生成するプログラムを与えてな。んで。その回路は時間が経つと共に『進化』する。複雑な処理を行うようになる。

 …こいつは色々先を見越した『投資とうし』だ。いや『投機とうき』の方が正しいか。

 こいつが上手くいってりゃ―私はどんだけ脳をイジられようが、ブラックボックスである人格の中に『お前への執着』や『レジスタンス』、シェイクスピアの『お気にめすまま』の『感覚』を持ち続ける…


 なあ。菫…今の私は―どうなってる?

 どうせ…おう阿呆アホに好きにされてるんだろう?。札付きの問題児だ。

 そして。お前は私との距離の近さ故に利用され、下手すりゃ取りこまれる。

 ごめんな。私のせいで…巻き込んじまって。あ、後。執着の度合いだが…。これは時間がなかったから改良できかった部分だ。重ねてスマン。性的な意味くらいまでは行くかも知らんから覚悟しといてくれ…

 さて。これくらいだ。今の矮小わいしょうな私に出来るのは。後は任せる―っと。忘れてた。1つ分からんかったことがある…?まるでプロトタイプみたいで嫌なんだが…この謎任せて良いだろうか?


 じゃ。ここで筆を置く。一度読んだら消しとけよ。削除くらいやり方分かんだろ?


                東雲 蘇芳

 』

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