《4》

「それじゃあ―また元の木阿弥もくあみだ…すみれ、お前は蘇芳すおう宿…相棒になる。そして俺の周囲を漁ったり、コロニーから出ようとしたり、補給があった頃は船襲ってたな…まあ、お前らは反乱分子だ。何時だってどうやったって」と先生は言うけど、その事実の陳列のような言い方。聞いてて気が滅入る。それに覚えがない。

「…私か蘇芳だけを泳がせるってアイデア出すのにこんだけ時間がかかってるとはね。頭悪いんじゃないの?」私はなじる。望みを叶えない偽者の神デミウルゴスを。

「いや。もう何度かやってるが―だな…盲点だった。俺は手持ちのコマはフル投入する口なんだよ。出し惜しみはもったいない」

「状況を変えたいなら漸次ぜんじ変化よりも、ドラスティックなやり方じゃないとね?」そう。男の悪い癖だ。ちまちま様子を見ながら変化をさせようとする。その点。女は三界さんかいに家なしという言葉に代表されるように、変化には強い。安っぽいセクシャル論だが人口に膾炙かいしゃするには理由あり、だ。

「急激な改変は―混乱の素だけどな…一回お前ら全員にある程度の情報を流したこともあるんだぞ…そしたらお前ら、この火星コロニージャックしかけてな?まあ、キルスイッチ握ってんのは俺だから…じっくりすり潰してやって纏めて殺して―創り直してやったがな?。何回かやったら飽きたけど」ゲーム感覚の偽の神。ああ、男子がゲームに夢中になる理由が分かった。

「アンタはこのクソゲーを変えたい…そうよね?」と私はく。意思確認。まだやってたいなら永遠にやってろ、とも思うが…巻き込まれる我々自動人形オートマタのことも考えてほしいものだ。

「クソゲーというかパターン化してるからな…これは―良くない」良くないの意味が俺が面白くねえ、という意味にしか聞こえない。

「いい加減…道徳的なさってヤツを求めてほしいものね」とあたしは嫌味で返すが―これには意味がないのだ。道徳というのは同質な存在かんでしか成立しない。こいつは人から半歩出てしまっている。悪い意味で。

「人類がいない世界に道徳などないさ…ありゃ人が寄り集まった世界での紳士協定おやくそくみたいなもんだからな」

「…そう。じゃもう要らないとでも?」ああ。こいつは客観的な観点は別にして、概念としての人間を止めてしまっている。


                   ◆


 人の存在の連続性を保証するものは何か?―内面では記憶であり、外面では時間なのかも知れない。だが、1つ見落としているものがある。

 存在そのもの。

 しかし、あたし達はそいつを掴んでいない。魂、ソウル、スピリット―そんな曖昧あいまいな語で呼ばれるそいつが『あたし』を『あたし』たらしめ、この世界に縛り付ける。

 ああ、そいつは、存在は、曖昧だ。外部からの何かがないと崩壊してしまう。

 記憶、魂、命…時間…このような外部の何かがあって始めて輪郭りんかくが見える。


「全く…あたしの自動人形に何を望んでるんだか…」とあたしはいつもの屋上に向かいながらひとり愚痴る。

「蘇芳も巻き込めば良いじゃん―」とか思うんだけど。あの娘は度重たびかさなる脳への電磁パルスの打ち込みで―不安定になりつつある。昔の鋭さは失われつつある。今もなお残っているのは反抗への想いと文学好きであった面だけ。そろそろ創り直しの時期なのかも知れないが―一抹いちまつわびしさは何なのだろうか?

 その時に…あたしこの体を捨ててしまいたいな、そう思う。

 もう知らなくても良いことを知っているのに疲れた。神の責務とやらは案外に重い。チートとかそんなものではまったくない。創り動かす者の苦悩を背負う事だ。

 自らの手を離れた被造物や作品は―『あたし』の外になっていく。いくらあたしが思春期のガキどもをマネジメントしようが、それは『あたし』じゃなくて。コントロールが効かない。いや。私はコントロールフリークではない…と思いたいけど…劇の端役はやくから演出に役を振られ直した今は特に思い通りいかないことが歯がゆい…なんて若林のボケと同じような思考形態を持ち始めたことに嫌悪。


「ああ。蘇芳には悪いことしてるよなあ…」独りの愚痴は止まらない。劇の台本を忘れつつある蘇芳。でも大筋のラインだけは掴んでて。叱るに叱れなくて―私は毎度、あの娘のレジスタンスごっこに付き合ってしまう。間違えてんなあ、と思いながら。


「おーい。菫ちゃ〜ん」とか頭の後ろから聞こえてくる。

「…蘇芳。どうかした?ていうか。またサボってたでしょ?」と私は当たり障りないラインで話を始める。

「私が真面目に授業受けてみろ…コロニーの照明システム、落ちるぞ」と彼女はコロニー特有の表現で、と言う。

「…かも知んないけど。真面目にやって目立たない方がレジスタンスしやすくない?」なんて搦手からめてはどうだ、蘇芳。

隠密おんみつ行動ってかい?それは―ナイスアイディア、相棒!!」と顔をくしゃくしゃにして言う蘇芳。この娘…昔はもっと怜悧れいりな感じあったけど、この方がなんて思う。

「相棒は止めなさい」なんて思ってもいない否定。この言葉…使―いつの間にか蘇芳のものになってしまっていた。

「…んじゃあ。あたし行くわよ?」顔を見れて少し元気は出たけど、余り一緒にいるのもよろしくない。話が面倒な方向に転びかねない。


                  ◆


 世界は劇…私達は役者…

 そう、シェイクスピアは言っていたが―そこでは脚本家と演出家に触れてはいなかったよなあとか思いながら私は授業を受けていた。

 菫の言い分を聞いた訳じゃないが―まあ、たまには潜り込んでおくのも悪くない。どうせ『レジスタンス』は今の所『サボタージュ』に終始しているのだから。


 そういや昔のギリシャ劇なんかだと―デウス・エクス・マキナなんてのも居たよなあ。

 劇の状況が絡まり、進退きわまってきた時に都合よく現れ、劇の状況を整理する。混乱の調停者。こいつは創作としてはどうだ?と思うが、救いの観点から見れば良いことなのかも知れない。そも、まだお話が宗教的な部分ともくっつきがちな時代だったはずだから、平然と神が出てくるのはおかしくないのか…

 時代はすっ飛ばすが―近現代の劇だと製作者の存在を匂わせるような描写はアウト…創作の作法は『第4の壁』を破るな、を基本に置く。

 ま、抜け道がない訳ではないし、劇ではないが小説内に自分をあっさり登場させる人も居る。例えば、カート・ヴォネガット。まあ、最後の方はキルゴア・トラウトってキャラに自分を仮託して出るようになったけど。恥ずかしくなっちゃったんだろうか?私としては続けてた方が面白かったんだよなあ。


 シェイクスピアも―そういや道化のキャラに仮託したり、劇の前口上で出てきたりしてっけ…

 ああ。そうだ。

 私はこの世界という劇の脚本家と演出家の事を考えてたんだっけ―いかんいかん。授業ってのはやっぱダメだな。考えがまとまらない…思考のバックにつまらないコロニー建造技術の授業が入ってくるんだから。


「我々のコロニーの構造は―」うん。どうでもいい話だね。


 えっと。

 もしこの世界に脚本家と演出家が居るとして。それは何だっけって話だ。私は思考が連関れんかんしやすくて困る。1つのラインに収束させる事が難しい。

 一番簡単に想定できるのは2つを兼ねる神だが―んなもんは人類の発明だ。人の存在に対置たいちするように大きな存在を描いて、理想をこね創り上げる。それが神であって、実在するわけじゃないのだ。少なくとも直接的には。ね―

 ん?

 ちょっと待て。今、大事な事を思いついてる…そう、神近似人…そこだ。

 なんで今まで私は思いつかなかった…?そこなんだよ。。少なくとも脚本家は絞れるじゃないか…あのセンセイだ。若林桜わかばやしおう。しかし。んなもんは少し考えたら分かると言えば分かる。


 もっと重要なのは。

 この火星のコロニーという舞台で私達が演じる人形劇の糸を引き、演技を付けているヤツの存在だが…

 そんなもん居るのか?だって。若林のアホ含め、私達は1代で消えていくクローンだぞ…?


                  ◆



 今日もあたしは糸をる。その先には数多あまた自動人形オートマタ。そこには皮肉がある。。そしてそのホンを書いたのは狂える偽者の神デミウルゴス


 ああ。こいつは―喜劇なのか悲劇なのか、はたまた?


 自動人形の演出家は今日も―ただ、考えることなく糸を繰る。

 ああ。疲れてはいるのだけど、もう心が擦り切れて無くなってしまいそうだけど―あたしの頭、腕、脚、そこに絡みついた糸が勝手に―演技をつける者に演技をつける。

 

 こういうのなんて言うか知ってる?これは回帰…再帰…トートロジー…うん。なんでも良いけど。ただ苦痛で。

 伝言ゲームみたい意思が繋がっていくこの様…ああ。地球の人類もこんな悩みを持ったんだろうか?

 だから―シェイクスピアもあんな事を言ったのだろうか―『世界は舞台、我々は役者…』


「おーい?相棒?」ああ。また来たのか蘇芳。

「はいはい…菫さんはここですよ」とあたしは自己確認を込めた返事を返す。

「…大丈夫か?お前―生理?」違うに決まってんでしょうが。今はその日じゃない。私達オートマタは不稔なのに生理という現象がのこってる。それをあたしは設計ミスだと見なす。排卵したって意味はない。その卵には受精能力はないのだから。

阿呆アホ。んな訳ないでしょ…終わったばっか…さよなら卵子さんてな具合」あたしはコミカルに形容しとく。こういう話は土の匂いが染み付きがちだ。

「ふぅん?」とこたえる蘇芳。こいつはムカつくことに生理が軽い。あっさりと済ませやがる。少し憎たらしい。

「良いよね、アンタは軽くて。あたしはアホみたいに重いからね…一昨日おとといとかならさっきの憂鬱の理由は生理になったでしょうね」下腹部がさすように痛いのだ。後は血とり物が酷い。

「私は生理、軽いよ…でもさ」と言う蘇芳。この先は―のだけど。面倒だから触れたくないなあ。

「…」とあたしは沈黙で話を変えよと催促する。

「…嫌?こういう話?」と蘇芳はうるんだ目で言う。あのね…こっちは割と真剣にんでいるわけで。ひたってる余裕はない。蘇芳は昔はクールだったが…今は甘たれになってしまった。

「気分じゃない、はノーサンキュー」とバッサリ切っておくことにした。


「…ん。まあ良いか。そうだな、話を変えよう…きょう、あたし授業でたぞ?偉くね?」甘ったれになっても切り替えだけは早い蘇芳。羨ましい。あたしはこうはいかない。いちいち感傷かんしょうや思考にひたってしまう。

「あたしの意見を取り入れた事…褒めて欲しいわけ?」あたしはこう聞いてしまう。

「いんや?あのさ…そん時に色々考えましてね…聞いてくださる?奥さん」なんて井戸端会議いどばたかいぎの調子で聞いてくる蘇芳。

「…あたしは一生いっしょう未婚だよ…で?どうした?」さて。聞いておかなくては、蘇芳の動向を。

「この世界ってさ」おう。主語がでかくないか?

「テツガクしたいなら―そこのあかね色のLEDにでも言っときなさいよ」ココはいつもの屋上だ。上には照明システムのLEDがびっしり。独り言向きだと思う。

「いや、真面目に聞いておくれよお」懇願こんがんする蘇芳。

「…はいはい」とあたしは続きをうながす―


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