《4》
「それじゃあ―また元の
「…私か蘇芳だけを泳がせるってアイデア出すのにこんだけ時間がかかってるとはね。頭悪いんじゃないの?」私は
「いや。もう何度かやってるが―こうやってクリティカルな情報を与えた上で流すのは始めてだな…盲点だった。俺は手持ちのコマはフル投入する口なんだよ。出し惜しみはもったいない」
「状況を変えたいなら
「急激な改変は―混乱の素だけどな…一回お前ら全員にある程度の情報を流したこともあるんだぞ…そしたらお前ら、この火星コロニージャックしかけてな?まあ、キルスイッチ握ってんのは俺だから…じっくりすり潰してやって纏めて殺して―創り直してやったがな?アレは良い縛りプレイだったな。何回かやったら飽きたけど」ゲーム感覚の偽の神。ああ、男子がゲームに夢中になる理由が分かった。箱庭で神を気取るのは楽しいらしい、男にとって。
「アンタはこのクソゲーを変えたい…そうよね?」と私は
「クソゲーというかパターン化してるからな…これは―良くない」良くないの意味が俺が面白くねえ、という意味にしか聞こえない。
「いい加減…道徳的な
「人類がいない世界に道徳などないさ…ありゃ人が寄り集まった世界での
「…そう。じゃもう要らないとでも?」ああ。こいつは客観的な観点は別にして、概念としての人間を止めてしまっている。
◆
人の存在の連続性を保証するものは何か?―内面では記憶であり、外面では時間なのかも知れない。だが、1つ見落としているものがある。
存在そのもの。
しかし、あたし達はそいつを掴んでいない。魂、ソウル、スピリット―そんな
ああ、そいつは、存在は、曖昧だ。外部からの何かがないと崩壊してしまう。
記憶、魂、命…時間…このような外部の何かがあって始めて
「全く…あたし程度の自動人形に何を望んでるんだか…」とあたしはいつもの屋上に向かいながらひとり愚痴る。
「蘇芳も巻き込めば良いじゃん―」とか思うんだけど。あの娘は
その時に…あたしもこの体を捨ててしまいたいな、そう思う。
もう知らなくても良いことを知っているのに疲れた。神の責務とやらは案外に重い。チートとかそんなものではまったくない。創り動かす者の苦悩を背負う事だ。
自らの手を離れた被造物や作品は―『あたし』の外になっていく。いくらあたしが思春期のガキどもをマネジメントしようが、それは『あたし』じゃなくて。コントロールが効かない。いや。私はコントロールフリークではない…と思いたいけど…劇の
「ああ。蘇芳には悪いことしてるよなあ…」独りの愚痴は止まらない。劇の台本を忘れつつある蘇芳。でも大筋のラインだけは掴んでて。叱るに叱れなくて―私は毎度、あの娘のレジスタンスごっこに付き合ってしまう。間違えてんなあ、と思いながら。
「おーい。菫ちゃ〜ん」とか頭の後ろから聞こえてくる。
「…蘇芳。どうかした?ていうか。またサボってたでしょ?」と私は当たり障りないラインで話を始める。
「私が真面目に授業受けてみろ…コロニーの照明システム、落ちるぞ」と彼女はコロニー特有の表現でありえねえ、と言う。
「…かも知んないけど。真面目にやって目立たない方がレジスタンスし
「
「相棒は止めなさい」なんて思ってもいない否定。この言葉…本当は私が使い始めた気がするんだけど―いつの間にか蘇芳のものになってしまっていた。
「…んじゃあ。あたし行くわよ?」顔を見れて少し元気は出たけど、余り一緒にいるのもよろしくない。話が面倒な方向に転びかねない。
◆
世界は劇…私達は役者…
そう、シェイクスピアは言っていたが―そこでは脚本家と演出家に触れてはいなかったよなあとか思いながら私は珍しく授業を受けていた。
菫の言い分を聞いた訳じゃないが―まあ、たまには潜り込んでおくのも悪くない。どうせ『レジスタンス』は今の所『サボタージュ』に終始しているのだから。
そういや昔のギリシャ劇なんかだと―デウス・エクス・マキナなんてのも居たよなあ。
劇の状況が絡まり、進退
時代はすっ飛ばすが―近現代の劇だと製作者の存在を匂わせるような描写はアウト…創作の作法は『第4の壁』を破るな、を基本に置く。
ま、抜け道がない訳ではないし、劇ではないが小説内に自分をあっさり登場させる人も居る。例えば、カート・ヴォネガット。まあ、最後の方はキルゴア・トラウトってキャラに自分を仮託して出るようになったけど。恥ずかしくなっちゃったんだろうか?私としては続けてた方が面白かったんだよなあ。
シェイクスピアも―そういや道化のキャラに仮託したり、劇の前口上で出てきたりしてっけ…
ああ。そうだ。
私はこの世界という劇の脚本家と演出家の事を考えてたんだっけ―いかんいかん。授業ってのはやっぱダメだな。考えがまとまらない…思考のバックに
「我々のコロニーの構造は―」うん。どうでもいい話だね。
えっと。
もしこの世界に脚本家と演出家が居るとして。それは何だっけって話だ。私は思考が
一番簡単に想定できるのは2つを兼ねる神だが―んなもんは人類の発明だ。人の存在に
ん?
ちょっと待て。今、大事な事を思いついてる…そう、神
なんで今まで私は思いつかなかった…?そこなんだよ。特にこの火星のコロニーなんていう人が切り拓いた世界では。少なくとも脚本家は絞れるじゃないか…あのセンセイだ。
もっと重要なのは。演出をやってるヤツ。
この火星のコロニーという舞台で私達が演じる人形劇の糸を引き、演技を付けているヤツの存在だが…
そんなもん居るのか?だって。若林のアホ含め、私達は1代で消えていくクローンだぞ…?
◆
今日もあたしは糸を
ああ。こいつは―喜劇なのか悲劇なのか、はたまた?
自動人形の演出家は今日も―ただ、考えることなく糸を繰る。
ああ。疲れてはいるのだけど、もう心が擦り切れて無くなってしまいそうだけど―あたしの頭、腕、脚、そこに絡みついた糸が勝手に―演技をつける者に演技をつける。
こういうのなんて言うか知ってる?これは回帰…再帰…トートロジー…うん。なんでも良いけど。ただ苦痛で。
伝言ゲームみたい意思が繋がっていくこの様…ああ。地球の人類もこんな悩みを持ったんだろうか?
だから―シェイクスピアもあんな事を言ったのだろうか―『世界は舞台、我々は役者…』
「おーい?相棒?」ああ。また来たのか蘇芳。
「はいはい…菫さんはここですよ」とあたしは自己確認を込めた返事を返す。
「…大丈夫か?お前―生理?」違うに決まってんでしょうが。今はその日じゃない。私達オートマタは不稔なのに生理という現象が
「
「ふぅん?」と
「良いよね、アンタは軽くて。あたしはアホみたいに重いからね…
「私は生理、軽いよ…でもさ」と言う蘇芳。この先は―実は知ってはいるのだけど。面倒だから触れたくないなあ。
「…」とあたしは沈黙で話を変えよと催促する。
「…嫌?こういう話?」と蘇芳は
「気分じゃない、ガールズトークはノーサンキュー」とバッサリ切っておくことにした。
「…ん。まあ良いか。そうだな、話を変えよう…きょう、あたし授業でたぞ?偉くね?」甘ったれになっても切り替えだけは早い蘇芳。羨ましい。あたしはこうはいかない。いちいち
「あたしの意見を取り入れた事…褒めて欲しいわけ?」あたしはこう聞いてしまう。
「いんや?あのさ…そん時に色々考えましてね…聞いてくださる?奥さん」なんて
「…あたしは
「この世界ってさ」おう。主語がでかくないか?
「テツガクしたいなら―そこの
「いや、真面目に聞いておくれよお」
「…はいはい」とあたしは続きを
「この世界という舞台の―ホン書きは桜センセイ…では演出をしているのは誰だ?」
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