《3》
人生はままならない…あたし達が選べることは何もない。
もし、真実とやらに気づこうが―それをどうにかすることは不可能―とあたしは
「どうしろって言うのよ」校舎の屋上、
「どうした?お前がここに居るとは珍しい」おっと来やがったか、私の相棒。
「
「…ロマンティックな表現だな?」とニヤニヤしながら言う蘇芳。この娘は
「あたしだって感傷に
「…悪かったって、相棒よ」と彼女は
「良いわよ…んで?レジスタンスは順調?」とあたしは世間話を振る。
「ん?ああ。
「あのねえ…目立つことはするな、って言ってあるでしょう?で?何を拝借してきたのよ?」蘇芳は考えずに突っ走る。危険な事を
ファクトリーリセット。それはあたし達の人格の白紙化を意味する。人格を司るとされる前頭前野への強制フォーマット…行われた後は模擬人格を打ち込まれることもある、そうなると
「桜って阿呆だよなあ?情報端末
「馬鹿しないで、って言ってあったじゃない?」あたしは
「
「まあ…ね。なんせ外部のネットワークとの唯一のノードだから」
「どうせ阿呆みたいに回線は遅いだろうがな」と蘇芳。どうせ、いくつもの中継が挟まるから、速度は期待しちゃいけない。
「ねえ…地球のネットに繋いでみてよ」とあたしは催促する。蘇芳は慣れない手付きで情報端末を操作しているのだが。
「…桜のヤツ、パスコードかけてやがる。生体認証じゃなく
「桁数決まってるの?」決まっていれば組み合わせの数を絞れる。
「…無制限みたい」と萎れながら言う蘇芳。ああ。甘くはないわよね。
「とは言え。人間が瞬時に自由にできる数字は7桁程度…」ワーキングメモリの限界はその辺だ。それ以上はチャンクと呼ばれる工夫を使って圧縮するしかない。例えば語呂合わせ。
「アイツ
「とりあえず入力を止めなさいな」とあたしは釘を刺す。
「なんでよ?」と手を止める蘇芳。いや、少し考えてから行動しなさい。
「あんまり打ち込んだら―多分だけどロックなりなんなりかかる…ウチの宿舎の扉のパスコードもそうでしょ?」私達の宿舎も何故か生体認証ではなく、数字のコードでロックされていて―忘れようもんなら締め出される。
「うむ。そいつは一理あるなあ…うし。紙出せ」このご時世にも紙メディアはある。
「…ノートの切れ端で良いかな」とあたしは授業で使ったノートの1ページを差し出す。
「うわ。お前のノート細かっ」と蘇芳は驚く。
「あたしは頭が悪いからね。全部書かないと覚えらんないの」蘇芳は天才型ですべて書く必要がないらしい。こいつのノートはいつも簡略な要約が書かれていて…その余りは思索の場と化している。一度見た時そうだった…
「悪かったわね…んで?何か思いつくかしら?」
「ううん…自分の名前の語呂合わせ…わかばやしおう…0(わ)8(ば)8(や)4(し)0(おー)」『か』はどうした?と言うか短すぎない?
「08840…パスコードが違います」と端末は告げる。
「もっと長い…生年月日は?ていうか試行回数あと何回よ?」
「あと―8回まではいけそうだ。案外ぬるいセキュリティだな…」あたしもそう思う。
「いっそ生年月日とかは?」とあたしはやけになりながら言う。
「誰の、だよ。アイツのオリジナルか?それともアイツ自身か?」おっと。そういう面倒な話を忘れてた…がもう。めんどいしダメ元だ。どっちも試してやれ。
「試行回数無駄遣いしよう、どうせダメでもともと」とあたしは蘇芳を急かす。
「…馬鹿か?菫。しかし…まあ」と蘇芳は数字を打ちだす。
「パスコード解除…操作をどうぞ」そう端末が告げた…
◆
「地球のサーバに繋いでくれ…あ、ニュースサイトなんかが良い…」と
「本当に―解けるとは…意外」とあたしは
「
「USP通信のサイトを表示します…」と端末は告げ、端末のスクリーンには、火星の通信社のモノとよく似たサイトが表示される。
「っと英語かいな。翻訳かませんか?」私達は世界連合の日本地域のオリジナルが
「通信速度が低下します。よろしいですか?」
「…よろしくない…がやれ」と蘇芳は言う。英語くらい読んでよね。あたしが言うことじゃないけど。
「表示まで5分ほどお待ち下さい…」と端末。画面には砂時計のマーク。ああ、もどかしい。
「さて。地球では何が起こってるのかしらね?」とあたしは蘇芳に問う。
「さあ?地球はもう戦争なんかは起きないだろから―あれじゃね?経済の話とかがトピックになってんじゃねえか?」地球は緩やかな統一国家に統一された。何時までも少ないリソースの取り合いをしている場合ではないと気がついたらしいのだ。
「そら無味無臭なネタを見せられそうだ」とあたしは言う。統一された世界での金のやり取りなんて、内輪で金を融通しあってるのと代わりない。国家的には
「…取得した内容を表示します…」端末を見れば、ニュースサイトのトップなのだが…何かがおかしい。
「…おい?ある日を境に…更新止まってるじゃねえか」と蘇芳は言う。
「そう…ね。この通信社…潰れたの?」
「分からんが―このサイト、金はかかってる。簡単に倒産するような会社ではないと思うが…」眉をひそめながらサイトをスクロールしていく蘇芳。そして。私達は気になる見出しを見つけてしまう。
『巨大な
◆
地球のアメリカ大陸ユカタン半島とその近くの沖―そこには巨大なクレーターが存在する。チクシュルーブ・クレーターと呼ばれるそれは過去最後の大量絶滅の証拠だという。
白亜紀末に飛来したそれは、直径が少なくとも10kmで、衝突した時にかなりのエネルギーの衝撃を引き起こした。おかげで地球の種の76%が絶滅したのだという。
「まさか」とあたしは蘇芳に言う。
「まさか…だろ?いやあ。
「もし…地球に巨大な隕石が衝突してたとしたら―」
「…私達がやってる事の意味が変わってくる…よな?」と蘇芳。その顔は緊張に満ちていて。
「あたし達は―宇宙上での唯一の―」一気に言い切れない。
「…人類だな。絶滅してりゃ、だが」しかし。これは間接証拠しかないのも事実…
「よ。レジスタンスども」と声。これは
「…よう桜センセ。端末置きっぱは感心しない」と悪びれる事なく言う蘇芳。
「
「警戒心が薄れてるセンセが悪いぜ?」と蘇芳は応じる。
「んで?何を見てしまったのかな?お前たちは…」はと桜先生はあたしたちに問う。ここで認めてしまったら。ファクトリーリセット行きなのは分かってる。
「エロサイトです」とあたしは斜めの回答で逃げることにした。
「…わざわざ地球のポルノ見てたのか?」
「火星では―レアですからね」とあたしは言う。一応真実だ。この火星にはポルノが不足している。思春期のガキが居るというのに。
「…管理者として検討しておく…が。
「無理ですかね…言い逃れは」とあたしは白旗を
「あー菫…お前
「蘇芳…これ、ごまかせるんなら、私ティーンエイジャーなんてやってない」とあたしは
「ったく。お前らガキは」と桜先生。口調が荒れてる。
「私達ガキは好奇心の塊だ…舐めてたお前が阿呆なんだ…桜センセ」と蘇芳は煽る。
◆
「さて。お前らも―リセット行きかな…これで蘇芳は何回目だったかな…」桜先生。それって―
「いい加減ニューロン焼き切れるんじゃねえか?」と蘇芳は
「…蘇芳。
「あのな?脳みそってのはいろんな回路の使いまわしなんだよ、菫…私はお前より
「
「いやあ。今度は
「んな事したら人格に
「知ってる…だが。私をのさばらせて見ろ、何回でも
「そうだよなあ…お前らはいつも2人つるんで嫌なとこ触ってくる」とあたし達を冷めた目で見る桜先生。
「知りたがりのガキさ、私達はさ…なんで人格を
「俺が暇だから、って理由はどうだ?さっき見てたもんと繋がる」と彼は言う。とても冷めた声で。
「つまり?センセは使命を果たせず
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない…ただ俺は暇だ。この火星でお前たちとコロニーの管理…娯楽に欠けてると思わんか?パンはあれどサーカスはなしってところだな。暴動が起きる…」と歴史的な事例に引っ掛けて言う桜先生。昔、あたしは桜先生に自身の
「はは、冗談キツイぜ。管理人が病んでどうするんだ…」と蘇芳は乾いた笑い。
「…それに暇なら私達をリセットしてる意味が分かんない…気に食わない子には模擬人格
「お前ら―俺程度に神を期待すんなよ…」と吐き出すように言う桜先生。
「アンタが神みたいなもんだって言ったんでしょうに」とあたしは言う。あの日の言葉、忘れたんだろうか。
「人の意見は
「分かるけど、曲げちゃいけない部分もある!」とあたしは怒鳴る。
「んなもんすぐ折れるぞ、
「で?折れたの?あのニュースで?」とあたしは問う。
「折れたな、ポッキリと」と言う彼は悲痛で。
「…くっだらね」と蘇芳が口を挟む。「ガキじゃねーんだ。拗ねてねーで未来を見ろよ。みっともない…ってガキに言わすな、
「未来、な?俺以外…
「俺以外不稔のクローンだけ?」とあたしは
「お前らには教えとくが―地球人類がクローンだけに全てを任せるとでも?」と彼は言いやがった。あの日の言葉は―
「嘘だった、と」とあたしは呟く。
「あの日は嘘じゃなかったが―状況が変わった訳で。俺も1つのモンを何時までも信じていられるほど強くはない」
◆
「さて。お時間だ」そういうと先生は―情報端末とは別の端末、小型のスイッチを押す。
ああ。あたしはここまでか―と思うのだけど。
意識が続いていて。隣には蘇芳が倒れていて。
「蘇芳だけで良いだろ…面倒だ。お前までリセットかけると」そう先生は言う。
「…蘇芳よりも
「ま。そうかな…蘇芳みたいに海馬の代わりに代償回路開いたりしないだろ?お前は」
「そこまでのガッツはない」認めてしまうのは虚しいが、その通り。あたしにあるのはせいぜいが好奇心くらいのものだ。
「…ゲームのパターンを変えたい」そう先生は
「パターン?」と言うか
「どうやってもお前らはつるむ…ワンパターンになりがちだ…このままだと俺が飽きる」
「…アンタの脳みそをリセットしなさいよ…」とは言ってみるが。執念のある人間は記憶を取り戻すこともある。蘇芳みたいに。
「俺はあくまで管理人役を降りるつもりがない」おおう。わがままボーイもいいとこだ。
「役…ね。果たして役目の役なのか、はたまた劇の役なのか…どっちかしらね」とあたしは嫌味を投げる。
「どっちも、だな。この劇は―使命を果たす劇だ…世界を造るという」…
「…そんな事知るかで幕を引くってのも手じゃない?」とあたしは問うてみるのだけど。
「かくして人類滅亡せりってか…まあ、悪くはないんだが…」
「だが?」
「捻りが足りない」抽象的な物言い。逃げの一手にも見える。
…そもそもあたしは問いたいことがある。
「貴方―この世界に何度オートマタを創りなおしたの?」
◆
「ん…もう数えてない」と先生は言う。
「数えてないくらいにはやり直したと…って事は地球が隕石で無くなったのは―」
「もう
「…普通の人間の貴方が何故生きているの?とっくの昔にヘイフリック限界迎えてるはずでしょ?」体を構成する器官、その構成単位が細胞で。その細胞には分裂限界がある。それが寿命と呼ばれるモノの一部だ。
「ま、色々やらせたのさ…過去のお前たちに」と彼は言う。
「もしかして―意識を他の体に移植でもした?」いや。
「いや…ほれテロメアーゼあるだろ?」遺伝子の末端。折り返されたヌクレオチド。それがテロメア。細胞分裂する度にマーカーみたいに遺伝子に出来て、
「アレを改良して…
「実は原理は分かってない…たまたまがヒットしただけ…いやあ。賭けだったがな?下手したらがん細胞みたいに意味のある器官を
「Hela細胞みたいにね」地球で活躍していた世界初のヒト由来の培養物。根源の人間が亡くなっても元気に生きていたがん細胞。増えはしても意味のある器官を為さなかった。それは生きものへのステップを踏めないのと同義だ。
「そう。ま、死ななくてラッキーなんて最初は思ったし、ある種、神のようだと思ったけど―いやあ。
「神様にも暇つぶしは必要だと?」ああ。何ともガキ臭い話だ…
「そういう事だな―むかしむかしに在った惑星発展シュミレーションゲームをやるようなもんさ」彼はそういう。子どもが遊びを教えてくれる時のように。
「…くっだらない」とあたしはコメントする。男にありがちな
「くだらないよなあ…俺もそう思う」と彼は言えど。自動で返答してるのと変わらない情報量。もっと
「…ねえ。カミサマ。頼みが出来たわよ」あたしはこの
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