《2》
「あたし達の思考はこの火星の赤道近くのこのコロニーの外から出ることはない…それは貴女の『レジスタンス』も同じ…与えられてる体制に
「菫。そんだけ分かるなら―なんで言いなりなんだよ…お前は割とまともな方だ。ただ言うこときいてる馬鹿とは違う。お前も私みたいにレジスタンスすべきだぜ」仲間が欲しい訳じゃない。ただ友人が馬鹿みたいな事をしているのが許せないのだ。
「あたしはローカロリー主義でね?面倒な事はしない。与えられた道を進んで楽して適当に生きていたいのよ」と彼女は言い切るけども。
「お前が適当?冗談キツイぜ…私らの中じゃしっかりしてる方じゃないか?」そう。こいつはティーンエイジャーにしてはしっかりしている。クラスのマネジメントみたいな事もしてるしな…私のサボリを上にチクったのもこいつだ。
「いいや。あたしは自分で思考する、という点では
「私の相棒だなあー菫は」と私は顔をくしゃくしゃにして菫に笑いかける。
「相棒、ね?なんか納得いかないけど…まあ、友達って程度の意味で受け止めてあげるわよ?」素直になってもいいのに。
「釣れないところがまた良い。私の言うことを疑って検証してくれる―そんな友を待っていたのだァ!!」私はテンションが上がってきてしまっているらしい。浮かれてるのかな。自分だけがそんな事を考えてるんじゃないか、って不安だったから。
「あんた…ワーカーとかじゃねくて
「私はね…文系と言うか思いつきで生きてるから!!そういうのはお呼びじゃないんだなあ〜」とか無駄に絡んでみる。菫、
「そういう勘も、文章化されてない仮説と検証の一部だとは思わない?」と彼女はノッてくれる。うんうん。そうは思わないけど、言葉が返ってくるのが嬉しい。他の
「なあ…菫」私はじゃれつき終わると向き直る。
「どうしたのよ?いい加減、宿舎に帰りましょうよ…お腹空いたのよ」と彼女は長い髪をはためかせ言う。
「頼みが出来た…」そう。さっきの会話で確信した。こいつとなら―「私と『レジスタンス』しようぜ」反抗。ティーンエイジャーの特権。…そしてこの
「はあ?あたしにアンタみたいに
「ここでの真実を掴むべきだ、我々『レジスタンス』は」とか
「…それ知ってどうするつもり?私達はたかが
「純然なヒトと何が違うってんだよ?」と私は問う。人の形をし、人の思考形態、言語を持ち、感情さえもある。たかが人形と捨てられるのは―腹立たしい。
「…違わないのかもしれない。ただ、向こうはそう思ってくれないわよ?」ああ。こいつは賢いでやがる。
「知らないだけさ…思い知らせてやる…私達が」どうすりゃ良いのかは分からんけど。
「地球を侵略するつもり?」からかうなよ―いや。アリか?それも。殴り込み。良いじゃないか。
「ここから出れりゃな」これはなかなか難しい。
「装備なしにコロニーから出て見なさいな…私達
「じゃあ―補給船を襲撃してジャック。そのまま地球に殴り込みとか」と私は
「…補給船はコストダウンの為に使い捨てになってる…積荷を放出したら分解され、そのデブリはコロニーの材料になるのよ」なんだ、妙に詳しいじゃないか?
「お前さ…昔に一度検討済みか?この手の話?」と私は
「…あんたは昔はアホ丸出しだったから知らないだろうけど…あたしは昔はそれなりに跳ねっ返りが強かった…なんだろ、遅めのなぜなぜ期というか早めの思春期と言うか―」と彼女は懐かしそうに言う。優等生のこいつにそんな過去が…あったっけ?私は記憶力がない。3
「まあそれも『ひとりだった』から妄想で終わっちゃったけどさ」という。なんだよ、その時に私に話しかけとけよ。いや。こいつが反抗的になり始めた時は、私はまだ脳天気なアホだった。毎日のおやつのことしか考えてなかった。
「…もう一度、今度は私と一緒にやってみない?な?いいだろ?」と私は力押しで彼女を説得する。
「良いわよって言ってあげたいけど―案外暇でもないのよ、あたし」と断られた。優等生は仕事に勉強に大忙しかよ…
「んじゃあ。たまにこうして私と話してくれるだけでも良いから!!」と私は食いつく。あんま良いことじゃないのは分かってる。
「…それくらいなら、ね。これで気が紛れるなら付き合う」おう優等生の回答かよ。つまんねえなあ。もっと乗ってほしい。こいつは割と使える―と言ったら失礼だが、考えられるやつなのだ。
◆
あたしは。どうにも周りとズレていたらしい。
他のオートマタ達は自我が弱かった。何を話しかけてもチューリングテストに合格するAIを相手にしてるような空虚な会話しか返ってこなかった。
「…地球にはどんな人が生きてるんだろうね」と12歳のあたしは友人に問うた。
「私達と同じ人たちだよ、そう習ったじゃん?」友人
「お前、火星人か何かか?」友人
「そうじゃない…私達は彼らのクローニング体…違うんだよ、本質的に」こう言っては見るものの。
「クローニング体だから一緒だよ…ホモ・サピエンス―賢き人」某子ちゃんは知識を使って
「私は動物の種や界や
「お前頭のネジどっかにやったんじゃねえの?」と友人某太郎。こいつは折り紙付きの
「かもね?でも。アンタみたいに思考停止してない…良いから外でボール遊びしてなさいよ」思えば。某太郎くんはあたしが好きだったのだろう。
「は?なんだよ
「折り紙付きの
「しゃあ。やったらあ」うん。この流れ一連が―作り物臭い。AI臭が半端ない。
そして。
あたしは某太郎くんの股間にしこたまヤクザキックをお見舞いしてやった。
で。彼はうずくまり泣いてた。完全勝利。
「
「菫…言い訳ならきいてやる」と眼の前の桜先生はお怒りだ。
「言い訳は―ないです」と言うしかない。応えを誘導される尋問。
「お前が変な事言い出したってのは聞いてる」と先生。
「地球人は私達みたいなクローン体とどう違うのかな、って疑問に思いまして」とあたしは正直に話してしまう。この人は…大人だから子どもよりはマシかな?でも。彼も結局はクローン体。自動応答なアンサーをもらうのかも知れなくて。
「…そうは違わんって言ってやるのが教育者だろうな」と先生は自分に言い聞かせるように言う。
「じゃあ『先生』じゃない桜先生はどう思いますか?」と私は疑問を大人に押し付ける。ああ。子どもじみてるよなあ、と思いながら。
「残念ながら」と
「遺伝子的な意味で?」と私は問う。そう。あたしたちには地球人類にはない火星用の遺伝子が一通りノックインされていて。
「まあ。そこもそうだが…菫が言うように…本質的に違う…俺達は」そういう先生の表情は読めない。
「…どう違うんですか?」と私は問うてしまう。パンドラの箱だと知りながら。
「俺達には親は居ないが―オリジナルは居て…地球上で生活してるってところだ」と先生は話を始める。
「自分が2つ…」とも言えるな、とあたしは思ったんだ。
「が。自我は1つじゃないぞ?お前は分かってるはずだが」と桜先生は言うのだ。
「『あたし』は『あたし』…地球上のあたしは―別の存在…」
「ん。哲学の素養があるな。そのとおり。自我が連続していない。こいつは別個の存在だ…だから。『お前』は『お前』で在って良い。何も気にすることも引け目を感じることもない」そういう彼は優しげな目をしていて。
「そうかな…『あたし』は―あたしの絞りカスかなんかじゃない?火星での代打要員なんかじゃない?」そう
「後者は―今までお前に教えてきた通りだから否定するのは嘘だ」と先生は言う。最近の授業でそう知らされた―我々は代打要員でしかない。だが誇りを持て、文明を
「そう。じゃあたし達は家畜同然なんだね?」と私は言うしかない。
「違うね」と先生は言う。
「どう違うのよ!!」あたしは叫ぶ。これは存在の危うさの叫び。自らの使命を押し付けられた者の叫び。
「オリジナルの意思が乗ってるってのは―
「…オリジナルと『あたし』が関係ないって話をしたばかりだからね」お前は『お前』なのだ、と言ったばかりだろう
「だが。彼ら彼女は託さざるを得なかった…我々に。だから俺達はそういう意味で特別な存在だろう?」なかなか
「宗教家のやり口そのものね」とあたしは言う。旧約聖書をベースにした宗教の定め、
「ああ…全くだ」と先生は応えた。それは話の転回点なのかも―知れない。
◆
「お前の言うことはもっともだ…菫。俺達は
「それを
「…認めるさ。大人としてな。子どもの疑問にとことん付き合ってやるのが義務でもある…」
「子ども扱いしないで!!」あたしは感情が止まらない。
「子どもで良いじゃないか…あのな。世の中の大人の大半は―お前はあまり知らんだろうが―疑問に向き合う事をやめる…そうするのが一番楽だからだ。ただ、示されるものを
「大人は―考えられなくても、行動、できるじゃない!!」そう。この間違った状況を正してよ、私達がただ死んでいく、この状況を。大人として。
「ああ。だがな?そこには責任が伴う」と
「責任?」
「ああ。俺達は…地球の余剰人口を抱え込むための世界を造る責任がある…そういう使命を背負って…義民になった」そういう先生は遠い目をしていて。
「知りもしないオリジナルと
「ああ。お前の言うとおり馬鹿みたいだ…だが、逆に考えろ」と私の眼を見ながら言う先生。あまり見つめられると―恥ずかしい。
「逆?」つまり?私達が造ってやっている、とでも?
「そう。今お前が考えた通りだ。俺達選ばれたクローンは…火星…世界を造り、地球人を迎える…神や天使に近い所業だとは思わないか?」そういう先生の顔は誇らしげで。でも、そんなの…
「地球の神様に丸投げしようよ…あたし達のやることじゃないよ…」いくら神や天使に近かろうが―
「神など居ないんだ…特に人の形をした神は、な」そう、言い切る先生。
「じゃあ…誰が助けてくれるの?私達を!!」叫び。みっともない子どもの駄々。言わなければいい真実…
「誰も助けてはくれない…地球の同胞も。神も。天使も」先生の冷たい目はあたしではない何かを見通してる。
「―救いがない」私はそう言うので精一杯で。
「そう救いなどない…ならば」
「ならば?」
「…自分でなんとかするしかないってこった」急にふざけた調子になる先生。
「…で?真面目にコロニー建造する立派な
「…疑問を持ち続けろ、としか言ってやれないんだ…哀れな自動人形であるこの俺は」…この人も私と同じ疑問に
「それが苦しいことでも?」ああ。とたんに子どもじみてしまう。
「ああ。そういうのも子どもから大人へのステップだ。
「…そんなの嫌だ」
「…とは言え。日常はお前を包み込む…大多数に流されて、お前はその疑問を忘れられるのかも知れない…」うん。子どもだましのお
「忘れられない」とあたしは言い切る。一度芽生えた考えは、アイディアは、もしくはイデアは。消えはしない。私の存在を貫く。
「ならば。
◆
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