《1》
私達は舞台の上の役者に過ぎない…
シェイクスピアの劇の一節。そこには
しかも。私達は―役者ですらなかった…ただの自動人形、オートマタ。
地球上に居る、オリジナルの『火星での代役』としてーこの火星で創られた。母も居なければ、父も居ない。
こんな生に何の意義を求めよというのか?
センセイはよく言うんだ。『生きる意義を見つけなさい』って。でも、あんな話を聞かされて、地球人の為に火星基地を造り、
こういうのなんて言うか知ってるぞ…奴隷、
そう。私達は地球人の為に使い捨てられる自動人形…グレずには居られない。
◆
私の街に『外の空』はない。何故ならすべてが地下空間に収まっているから。
右腕の太い動脈の上に付けたアナログ時計は11時を指している。だから太陽光を
私は学校の授業をサボってる。
あんな、地球人のための労働用のカリキュラムなど―クソ
なんせ火星基地のコロニー建設に役立つ授業しかやんないのだ。バリバリの数学重視な教育で、本好きの私には受け入れられない。毎日のご飯の主食に嫌なものを食わされるのに似ている。
ああ。授業をサボって読む小説は最高だよなあ、と私は思う。最高に悪いことしている感覚が気持ちいいのだ。反体制分子、
ああ。校舎の屋上のコンクリの床は固い。そして私の眼、文庫本の向こうにある人工太陽の光も固い…白みすぎなんだよね。地球の空は青いって色々な本で読んだけど、それを見ることは一生ないだろうな。
「蘇芳…ここに居たか」とセンセイの声。そのスーツ、
「んあ?
「お前がサボりこいてばかりだって報告受けてな…直々に来てやったぞ」とセンセイはプリプリしながら言う。
「それはご苦労さまです、センセイ」なんて。らしくない、しおらしさで
「俺の時間が安くないのは知ってるよなあ?」とセンセイは言う。おお
「授業と開発でギチギチのスケジュール、
「ああ。昨日も2時に寝たぐらいには忙しい。なのにお前ときたら―」と説教が始まりそうな予感。
「…悪かったって」と私は思ってもない
「お前…文庫本読みながら返事…するなよなあ」とセンセイは言う。そう、私は今の会話を文庫本を読みながらやっていたのさ。
「いやあ。シェイクスピアって面白いよねえ」と私は会話がそれる事を期待しつつ言う。
「まあな。多少古臭いが、キャラの立ち方は良い」とセンセイ。意外だ。戯曲なんて読まないかと思ってたから。
「センセ…本なんて読むんだ…意外すぎて笑いがこみ上げて来る」うん。失礼だけど、センセイは自分の役に立たなそうな創作物を読むとは思えないのだ。
「あのな?理系だからって文学を馬鹿にするような科学者は大抵3流だ…イマジネーションに触れることがセレンディピティを呼び寄せる」とセンセイは相変わらずクドクド言う。
「セレンディピティ?」なんか聞いたことがあるような、ないような。
「有り体に言えば―普段の物事から新しい何かを閃くこと」なるほど。ひらめきねえ…
「私―別に天才じゃないし、せいぜいワーカー止まりだし…
「
「使命か」と私は
「使命だ」とセンセイは言う。その言葉に確信を持ちながら。
「ねえ、センセイ?」と私は少しだけ真面目な調子で問う。
「ん?」と眉をひそめつつ応えるセンセイ。
「決められた人生に何の価値が在るの?私はそう考えちゃった…したらさ。すべてが空虚に思えたんだよ。んで。勉強へのやる気をなくして―今さ」と私は割と素直に
「…分からんでもない」とセンセイは言う。
「ほんとお?」と私は問わざるを得ない。この人は盲目的に使命に真っ直ぐだと思うから。
「…あのなあ。俺だって―『創りもん』なんだぞ。オリジナルはこのコロニーの
「私達は―知りもしないオリジナル達の奴隷だって…思わない?」私はそう
「お前と同じ歳の時に考えたさ…んで。
「あ。回り回ってお説教のお題目に戻ろうとしてる」と私は先手をうち、揚げ足を取る。
「そりゃそうだ…授業…寝てても良いから戻っとけ」
「へいへい…気が向いたら戻るよ」
「…まあ。今日くらいはここで引き下がってやる」とセンセイは去っていく。
◆
まったく。思春期のガキのお守りをしないかんとは。ため息が出る。
あいつらは―
「若林―応答しろ」俺の情報端末からそんな声。とりあえず耳にあてる。
「はい。こちら
「
「あのね。第一期生ですよ?こっちも慣れちゃない。メンタルケアだけでどんだけ俺の時間がなくなってるか…」そう、彼らは
「…そこは―AIに任せれば良いじゃないか?一応メンタルケアプログラムも数種
「あんなガキ騙しで人の精神
「そうは思わん。あんなものは
「どっこい。今の所このコロニーには―本物の人類は俺だけだ…まあ。俺も純粋な人類とは言い難いけどな?」そう、俺がこのコロニーの自動人形達の管理人だ。50名程度を見ている。一般企業の一
「おいおい…自動人形を人扱いしろ…と言い出したのは他ならぬ君じゃないか?」とリーダー。そうだ。父親が自動人形の俺は、そういう条件をだした。せめて人情をかけよ、と。
「そうは言った…地球ではな。状況が変わりすぎて―俺自身、混乱してんだよ」そう、いい人ぶれるのは日常まで。一度そのラインを超えれば人類は動物と同じで、生存本能に
「一応そういう訓練もしたつもりだがね…地球上では」とリーダー。
「あのなあ…お前を今すぐここに突っ込んでやりたくなる」俺は
「勘弁してくれ―地球から離れるなんてぞっとしない」お前が言うセリフじゃないぜ、それ。
「…ま。とりあえず。異常はなし」と俺はそろそろ切り替える。何時までもこのパパに愚痴ってる場合じゃないのだ。
「なら…いいが。次回の補給の要望とかあるか?」上官も話を切り替え始める。
「…ガキ向けの
「労働が楽しくなるような小説はないぞ?んなもん書くやつは大抵暇人だからな」と上官。言わんとせんことは分かる。
「適当に選んでくれ…分からんなら専門家に聞け…頼みましたからね?」地球にはその手の専門家がごまんと居る。
「了解。ではまた連絡する」というシンプルなレスポンスと共に通信が切れる。
◆
私達の星は―夕方だけは綺麗な
…あれかな。室内灯の
私は日々のレジスタンス活動に勤しんでいるのだった。とどのつまり放課後までサボったということ。センセイに説教されようが―響かなかったのだ。
私の現状を心理学
あまりに辛い現実を突き付けられ続けると、マウスでも人間でも何でも
一方で。
私はまだ、『レジスタンス活動』に打ち込めるだけマシなのかもしれない。ただ言いなりになっている他の
「あーあ。つまんねーな、この日常」この台詞自体が
「つまんない人間なのはあんたでしょうが―」おっと。来やがったな相棒。
「それは否定しないよ…
「肯定するなら―いい加減『レジスタンス』とやらは止めなさいよ」と
「しょうがないじゃない?私は怠惰なんだよ…お前みたいにせっせと地球人に
「あたしだって―そういう気概はないよ」と彼女は言う。ホントかよ?私を言いくるめにきてないかい?
「じゃあ―なんでそんなに
「そうするしかないからよ…このコロニーでは」と彼女は
「全くだな、相棒。だから私は『
「それはまたカロリー浪費しそうな生き方ね」と彼女は私を評する。妙な鋭さがある。
「ああ。だがお前のような『生産的』な生き方よりマシだぜ?好きに生きてる」と私は反論。さあ、相棒、打ってこいや。
「あんた…それ、真面目に言ってる?」菫は意外な位置から攻めてきた。どういうこっちゃ?
「なあ。私、
「あんたの好きにしてる―自由はあくまでこの状況の中で、ってこと」と菫は分かるでしょ?と言いたげに言う。
「…えっと?つまり?私は―枠にハマッてる。そう言いたいのか?」枠なんてぶっ壊せがモットーなのにさ。
「そ、貴女は自由なんかじゃない―このゆりかごの中にいる限りは、ね」とそういう彼女の表情はとても暗かった…
◆
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