【Ⅶ】

 九年目の年が明けた。新年である。

 

 …実は何もしてなかったりする。しょうがないだろ、年末に見た夢なんだから。

 ワンルームのTVはしょうもないバラエティ。興味があるわけではなく寂しさや隙間を埋めるためのセレクト。


 ―ああ。もう昼ですか、そうですか…正月は何もする気が起きん。そも仕事を締めたのは30日夜…なんというか疲れを癒やしていたら、年が明けちまってたのだ。

 昼飯のカップ蕎麦そばは―相変わらず美味い。カップ麺は蕎麦に限る。30代は脂っ気がダメになるのだ。

 俺が最後の楽しみに取っていた天ぷらを汁に浸していると―鍵が開く音がする。ああ、受験前の癖になさった…

「あけましておめでと」と撫子なでしこちゃんが入ってくる。

「おい。勉強どうしたのさ?」と俺はく。そろそろ入試近いでしょうが。

「わたしを舐めて貰っちゃ困るなあ。初詣の為にスケジュール切ってある訳。息抜きね」そういう彼女は得意げで。

「暗記けいで泣き見ても知らんぞ」と俺は脅す。ああ言うのは根性だ。一日中やってもよろしい。

「だいじょぶ、だいじょぶ!だから行くよ、神社!!甘酒貰おう」とこたつむりしていた俺を強引に連れ出す。


                   ◆


 甘酒の暖かさが身にみた寒さを溶かしてくれる。

一生いちおさんにゃに黄昏たそふぁれてんの?」と隣で舌をやけどしている撫子ちゃんが問う…のだが。言っとかなきゃいけない事があるな、コレ。

「あのさ。新年で区切りがいいから…撫子ちゃんにがある」と俺は告げる。妙に緊張するのは何故なのか。

「ん?貸さないよ?」いや今まで君にタカったことは―あるな。色々。特に出会った頃とか、一人暮らし初めた頃とか…ああ。新年そうそう嫌な事思い出した。

「『今日は』良いわ。じゃなくて真面目な話でさ―」

「お金より真面目になれること、ある?」若くして拝金はいきん主義はどうかと思う。言わんけど。

「ねえ!…が『俺』自身に関すること…名前の呼び方。もう一生いちおって呼ばないでくれ。俺は『若林一郎わかばやしいちろう』だ。名実めいじつ共に」コレはたから見ると頭おかしい会話だ。まあ、混んでるからまぎれるだろ。

…ね」とやけどをものとせず甘酒をすする撫子ちゃんは言う。

「そ。もう、アイツ一生オートマタも纏めて『若林一郎』って事で」そう、矛盾も何もかも飲み込んで生きていくと決めたのだ。


「それで。貴方あなたはいいの?」真っ直ぐな目を俺に向ける撫子ちゃん。

「良いって決めた…もう過去も何もかも合わせんで『一郎』は生きていく。未来にな。まだまだ寿命には早いわけでさ」と俺はまっすぐ返す。大変にらしくないが。新しい『俺』はひと味違うのだ。

「そ。じゃ?」と撫子ちゃんは顔を赤くすることもなく、俺の目をまっすぐ見つめて言う。少し目がうるんでいる。

「―とりあえず大学受験頑張なさいな」と俺は避けちまった。ああ。ココらへんは変わってねえ。情けなくなる。

「はいはい」と撫子ちゃんは嬉しそうに言う。


 俺の首には新しい白いマフラー。コレが彼女へのささやかなイエス、なのだ。

 まったく。一回り以上、歳下の子に何してんだか。


                  ◆



 1月4日。仕事初めである。

高石たかいしさん、あのさ」と俺は仕事の事務絡みを片付けながら、後ろの席で何かしらの設計をしている高石さんに言う。

「あ?申請してない残業代なら払わんぞ」とおっさんは言う。俺には切ってない残業時間がたくさんあった、去年までは。

「んなモン要らん。ありゃ趣味だ。そうじゃなくて―バイオの設備、まだ仕事で使うか?」もう俺にはあのマシンを個人的に利用する動機がない。

「正味―ペイ出来る気がせん。俺ら―どっちも専門家でもないDIYバイオ野郎だもんな」そう。俺らはずぶの素人だ。専門家と比べたら。

「―売らない?あの設備」と俺は言う。多分だが俺に遠慮してあの装置たちを取っておいてくれたのだ高石さんは。

「…正木萌黄まさきもえぎのアレ、どうすんだ?」研究ノートと実験資料。割と面倒な代物シロモノの事を忘れていた。

「なんつうか―封印しても良いかなって」と俺は回りくどく言ってみる。

「ふぅん?ま、良いぜ?俺もあんなモノ触りきれんからな」

「『若林一郎』の対価じゃなかったか?」古い契約。

「今までの未申請の残業代でチャラ。そして俺達は『』街の便利屋になる…それで良いか?」おっさんは妙に勘が良い。年の功というやつなのだろうか?

「『ただの』?あんた今作ってんの何だよ?」俺は薄々分かってる。新型の―

「『自警団●●ザ』が好きなやつだ」とおっさんは得意げに言う。まったく。『ただの』便利屋になる日は来るのだろうか?

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