【Ⅵ】
人の発生は
細胞の増殖は通常は普通にコピーを増やす分裂を行うが、生殖細胞の増殖は二度の減数分裂を
そう。人類は単細胞生物よろしくクローニングで子孫を増やさない。そして遺伝的多様性を獲得するため減数分裂を2回も行い、核の中身の染色体をかき回し、混ぜる。
だから。
「お前は―分かっていたし、目的は
「要約どうも」と彼女は言う。いやしかし、皮かぶせた俺のイマジナリー…にしちゃあ。女性感情が強すぎる。
「もしかして」俺は思う。こんだけすらすらと彼岸の存在の思考をトレース出来る理由。
「…仕込みって大事だよね。心理学かじった私にはお茶の子さいさい」そう。こいつは俺の心理的なアニムスの隙間に『自分』をねじ込んでやがった。
「俺が―いや一生がアニムスをお前として創ってて良かったな」友達の少ないやつだったから為せた業だ。
「まあね。お陰で私の人格を丸々書き込む荒業をせずに済んだ」まったく。自分の体の何から何までこいつに創られっぱなしだ。後からの人格以外全部メイド・バイ・萌黄じゃねえか。
「お前…よく隙間見つけたな俺の脳に」人の脳は緊密に張り巡らされた細胞群のコンプレックスな訳で。あんま余裕はない…はず。
「私との記憶も利用したからね…後は成人してからの行動・思考ルーチンを与えておくだけで良かった…ま。完全に
「いくらお前が母親みたいなもんだからって―何でもは叶えてやれない」一応のエクスキューズ。
「こいつは―母の呪いだね。子どもには期待してしまうのさ。お腹を痛めて―いや私は痛めてないけど―産んだ子なのだから」俺は代理母を使わないフル培養のクローンだ。産みの親は
「今更親離れ子離れってかい?勘弁しておくれ」と思春期の子どものようなセリフがでてしまう。
「じゃあ言い方を変えようかな…創ってやったんだから恩を返せ、と」
「勝手にやっといてそれはないな」とまたもや思春期だ。
「言い返せないのは
「お前、今まで
「そうだね。敢えて放っといた。君が
「インキュベーターはバイオだよ」と俺の
「やっぱそこは
「ほんと、君を創れたのも1個の奇跡…君の誕生実験…第何次だったか知ってる?」知るか、んなもん。「第12039次…まあ初期のエラーも含めてるけど」まあ…そこそこ数字は積み上がっているのか?よく分からん。
「正木の爺様が居なきゃ資金ショートで解散してただろうなプロジェクト」んな
「まあね。君が流失した以外は大成功ってなもんですよ」
「スマンな」大した謝意は込めてない。
「謝る気はないでしょ…謝意の籠もってない謝罪に意味はないよ」
◆
「さてまあ。そういう訳だから」と萌黄は話を纏めだす。「撫子ちゃんを適当にコマして―後は私の望みを叶えてね…一生くん」と萌黄は命令口調で言う。
「『俺』にそれをする義務もメリットもモチベーションもない…」どうせ。こいつは俺の頭に住み着く幽霊なのだ。
「無視したら―君の脳の血管2、3本破裂させちゃうよ?」と脅し。そんなことも出来るのか?たかが心理的な
「そこまでは出来ないだろ…流石に」と俺は希望的観測を
「どうだろう?たかが写像でも―感情の
「…」俺は一旦黙り込むことにした。口を動かしながら考えるのは大層面倒くさい。
はてさて。
言うとおりにしとくほうが穏当ではある。
しかし。
俺は―かの女の言い様に腹を立てている。文句がわんさか湧いてくる。
人間的な価値観で言えば、産んで貰った母に感謝すべきなのだろう。ところがどっこいこっちは
悪いが―俺はいわゆる人とは違う道で産まれ、地母神の導きでこの世界に来た。
んな俺に道理とか倫理とか仁義とかにもとる動機があるだろうか―ない。まったくない。『
「お断りだ、萌黄。お前の凍結卵子は使わない」
◆
「そう言うと思った」彼女は平板な表情でそういう。
「予想はされてただろうが、それに
「いやあ。立派に育っちゃったな」と萌黄は呟くように言う。
「育ちもするさ。8年経った」と俺はこの地母神に告げる。生成と破壊の女神が最後に産んだモノはその存在から分離する。『俺』は俺だ…誰に何してもらった訳でなく、ただ在り、そしてこの先も生きていく。何をすべきかは―運命は―自分で選び取る。
「なんでだろうね、嬉しくないのに嬉しい」と萌黄は言う。
「悪いな。言わせてるみたいで」と俺は謝っておく。一応恩義はなくはないのだから。
「言わせては無いよ…本当に母親やってるみたいで生前の後悔を1つ潰せた…いや、私はオリジナルと同一では無いけど…多分彼女もそう言うし思うよ」目元に涙を浮かべながら言う萌黄。
「泣くな…さっきまで俺を脅した人間が」と俺はやっぱり茶化してしまう。最後までこいつには素直になれなかった。
「悪かったよ…アレは女としての最後のわがままさ。月並みだけど子ども。欲しかったんだ」
「…そう言われちまうと困る」
「そう言わないで。困らないで。君が選ぶ事、やる事に誇りを持って生きなさいよ」と母みたいに彼女は言う。
「そうかい。ま、全然どうなるか、どうしていいか分からんが―とりもあえずやってみる」と俺は根性論丸出しの言葉を母に告げる。
「失敗しても―まあ、それもまた人生だから、好きにしなさい。そうすれば私みたいに後悔しながら死なないだろうから」やっぱり彼女は死を受け入れてたんだな。納得はしていなくても。
「わかった―そろそろ俺、起きるわ…
「そういう事言わない」と彼女は言い、像は
◆
その夢は俺の中に在る萌黄との対話だった…そいつはある種の
何とも不思議な夢だった。一応は
俺達人間のユアセルフ、自我、魂は複雑だ。普段覚醒している領域の反対側もまた俺自身で…今回、矛盾した思いを抱え込む事がおかしくないってことを初めて気付かされた。
「最後までアイツにおんぶに抱っこだったぜ」この言葉を吐いたのは
今まで俺は分けることばかり考えきた、呉一生を。
でもやっぱ『俺』のベースはどうしようもなくアイツで。
でもそんな事どうだっていいのだ。本当は。ウジウジ悩むための言い訳にしてたんだ。
俺は、自分に自信が無いからって、自分の外部的な属性を言い訳にして、世界に向き合ってなかった。それは撫子ちゃんにもまた。
ああ。言わなくちゃいけない事がたくさんある。今まであの娘にしてやらなきゃいけなかった事がたくさんある―だから。俺は起きなくては。まだ見ぬ明日へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます