〈12〉まだ見ぬ未来へ

 次の日のこと。

 夕方にランドセルを背負った撫子なでしこちゃんと公園で合流したのだが。

 俺に向けた顔の表情がかすかに変化していた―ような。どう変化してんのか言葉にしろって言われると困るような微妙な変化…ていうか顔、赤くない?

「風邪引いた?」と俺は聞いてみる。無理は良くない。

「…そうじゃない」と少し怒ってるかのような顔を返してくる撫子ちゃん。なんで怒られてるのかは分からんが―まあ、本題に入っていった方がいいな。

「そっか。んでさ、おっさんの件だが行ってみようと思う…どうせジリ貧になるしな。先手は打つべきだ。機は逃せない」信じるにしろ信じないにしろ―時間があまりないのだ。それに。ミスったって俺は創りもんだ。誰も悲しみはしない。

「…やけになってない?」妙な鋭さ。俺は冷静を装ってんだが。

「なってない」と嘘を重ねる。

「ほんと?自分なんか偽者だから―捕まっても問題ないって思ってない?」図星だ。

「…そう思わんでもない。人生の目的がないからな。ただ生きてるだけ」生きるには言い訳が必要だ。ただって許されるのはまでだ。俺のようなは許されな―

「わたしは。貴方がいなくなったら、一人ぼっちに戻る…今は一生さんだけが友達だから。いや、お母さんも居るけど…そうじゃなくて。わたしは貴方が居なくなったら泣くよ。そりゃもう盛大に泣く。だから―」


「居なくならないで」一生懸命に伝えようとする撫子ちゃん。それに俺は心が揺れるのを感じた。


「…んな事言われたら…頑張るしかなくなるじゃんよ」気の利いたセリフは相変わらず出ない。だからせめて素直に返す。

「だから…行こう。おじさんとこ」と俺の手を取る撫子ちゃんは引っ張っていく。俺をまだ見ぬ未来へと。


                   ◆



「よお。ミスターノーネーム」高石のおっさんは俺と撫子ちゃんを歓迎してくれる。だが、何に使ったのか分からんビーカーにコーヒーをれるのはやめろ。

「高石のおじさん。ビーカーにコーヒーはないよ」と俺の隣の撫子ちゃんが子どもの純粋さで突っ込む。

「ん?最近じゃこれがお洒落らしいぞ〜?」おい、俺と対応が違うのは何なんだよ…まあ、可愛いんだろうな、撫子ちゃんが。

「…おっさん。今日は相談に来たんだよ」と俺は撫子ちゃんとたわむれるおっさんに言う。

「危ない橋か?積んでもらうぞ?」とおっさんは切り替えながら返す。

「危ない橋だが―ま、特典が無いわけでもない」交渉材料。それは俺の首元のロケットの中の萌黄もえぎの資料。脳関連からDNAを中心とした分子生物学までの珍しいデータと実験ノートの塊…おっさんは化学かじってるからがなくもない。だからこいつを使う。悪いな萌黄もえぎ。『俺』も生きなきゃならんから。お前の遺品は売り払わせてもらうぞ。

「特典、な?お前が何持ってるっていうんだよ?根無し草、逃亡者のお前がよ」おっと?

「バレてたか?逃げてんの?」

「そりゃ俺と仕事しようってんだ。訳ありさんだろ」そらまあそうか。

「で。俺の持ってるもんってのは―」全部言っちまおう。「最近話題の再生医療絡みだ」

「遺伝子組み換え体の人類…まさかだが―お前、呉一生くれいちおか?」とシリアスな顔でおっさんは言う。

「そうだ…警察に売ってもいいけど…いや悪いけど。ま、取引しようってんだから隠し立てはなしだ」

「おう。じゃお前の出せるもんは遺伝子組み換え体の体か?悪いが俺の手に負えんな。知識はあるが―資金がない。バイオ絡みは金かかるからな」

「それだけじゃない。俺は諸事情で正木萌黄まさきもえぎの膨大な研究データと実験ノートを隠し持ってる」ワイルドカード。さあ、乗れよ。

「諸事情な。ったんか?」子どもの前でそれを聞くなよ。おっさん常識ねえ。自称だったな。

「殺るか…幼馴染だぜ?むしろ―俺はアイツに産まれたんだぞ?」ココでもう一枚カード切る。こいつは強いカードでしか無いが。

「産まれた?おい…まさか」とおっさんは言う。

「そうだ。現在の呉一生はは亡くなってんだよ」何故か生きてた事になってたけどな。恐らく正木教授の手回しだ。あの爺さんやたら権力あったからそんな離れわざまでやってのけやがるのだ。

「…おいおいおい。だから遺伝子組み換え体にあそこまでやってたのか?」

「そうだ。遺伝子組み換え体なら大した事はない。医療目的に限ってならありふれつつある。今回の件、病院サイドが躍起になってんのはある種のバイオハザードを起こしてるからだ」遺伝子組み換え生物LMOの流失。それは基本的にアウトな所業だ。国際条約上、LMOは厳しく管理されており、その為のバイオセーフティーは厳重なもので。ゼロからスクラッチした人体クローンを流失させる―大不祥事である。

「ほほう?お前、何言ってるか分かってっか?」とおっさんは俺をにらみつける。

「ああ。売ると良い値が付きそうだろ?」と俺は言う。カマ。ここで可能性は分岐する。さて、どちらに収束するか?

「…お前よお。俺を随分ずいぶん安く見積もったな?後自分は大切にしろ」おう?何か予想外の言葉を貰ってしまった。

「―あのさ」と話を見守る撫子ちゃんは口を挟む。「一生さんは私を助けてくれたんだよ、おじさん」と。

「…言われんでも分かるぞ?顔つきが変わった。こいつのおかげなんだろ?」とおっさんは撫子ちゃんに優しく言う。

「そう。大切なお友達なの。だから―手を貸してあげて」と撫子ちゃんは頭を下げながら言う。済まん。そんな事言わせて。

「…ったくしゃあねえな。資料はもらうが―まあやってやる」おっさんは俺の方を見ながらやれやれという顔でいうのだ。

「…恩に来ます。でも、何か思いつきます?」と俺は話を具体的にまとめ出す。

「整形して、戸籍でっち上げる。お前は呉一生じゃなくなる…ざっとこんなもんかな。どっちも得意分野だ。ま、整形の手術の麻酔には期待すんな」このおっさんはなんで在野ざいやのマッドサイエンティストなのだろう?

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