〈10〉小さな造物主(ソフィア)

するんだよ。友達を」彼女はそう、言う。重たい調子で。

…像を想うって字だが…違うんだな」かすかな発音の違い。

「造るアレ…体は実体ではないけど―わたしにはありありと見えるの」彼女はアンニュイな表情。

「俺も―逃げてた頃、君に出会う前はやってたぜ?俗に言うイマジナリーフレンド」俺のフレンドは母だったが。知り合いのレパートリーが少なすぎる。

一生いちおさんのやつは―最初から特定の誰かを思い浮かべるでしょ?」と彼女は問う。まあ、普通…と言うか想像力が貧困な俺はそうだ。モデルがあり、それに託す、思いを。

「俺はそうだな…女の人が浮かぶ。知り合いの」萌黄。俺の母親、友人…どう形容していいかよく分からない存在。

「わたしのはね…そうだな。少し電気消していい?」と彼女は照明のスイッチのパネルに向かいながらいう。こういう場合は断れないんだぜ?撫子ちゃん。

「いいぜ?集中したいもんな」

「うん。最近はあまりうまく出来ないからさ…」と言いつつスイッチを押す撫子ちゃん。リビングが薄い暗闇に覆われる。目が慣れるまでは周りがよく見えない…

 

 暗闇に目が慣れてくると―対面といめんに撫子ちゃんが立っている。

「おう…俺と君の間にお呼びする感じ?」少しちょけた言い方をしてしまう。緊張感に弱い。シリアスな雰囲気を破りたくなる病の患者なのだ俺は。

「うん…見てもらおうかと思って」と彼女は言う。呼んで―対話を訊かせたいのか?なかなか芝居じみた事になってきちまった。

「そうか。うん。見ててやる」と大人ぶる俺は言うが―異様な雰囲気に押されつつもある。

 薄暗闇の中。彼女はその大きな目を瞑る。そして両掌りょうてのひらを祈りのときのように組んだ。うん。はたから見たらそれは祈りだ…まあ、ある種の瞑想めいそうや祈りなのかもしれない。彼女が世界と折り合いをつけるための儀式。

 撫子ちゃんと俺の間の空間。底には板材のフローリングが敷かれているはずなのだが―そこにがあることに俺は気付く。なんだこりゃ?何処からでてきた?

 慌てて撫子ちゃんの顔を見るが―彼女は動じていない。元の姿勢のまま祈り続けている。

 そして―そのは形を持ち始める。泥が空中から床に落ちるのを逆再生したような動きと共に、塑像そぞうされる…これは、まさしくだ。想像なんてもんじゃない。

 立ち上がる泥。それは次第に人の形に寄せられていく。立ち上がった泥の表面からプツプツと人の器官―皮膚、肢体、顔―が沸き起こってくる。

「おいおいおい…」と俺は零してしまう。マジかよ?今日の夕食、マジックマッシュルームかなんか入ってたか?じゃないと説明つかない妙にリアルな『奇跡』。


「一生さん…?」と目を瞑ったままの彼女が急に喋る。

「…おおん?」と間抜けな返事を返す俺。

「見える?」何が?としらばっくれたい気持ちを押し殺しながら俺は応える―

「ああ」いや、見えてない方が平和なんだよなあ。


                 ◆


「その人が―一生さん?」と泥から立ち現れた彼女は問うのだ。長い髪の少女。その顔は―少しだけ撫子ちゃんに似ていて。

「そ」と撫子ちゃんは祈りを終えて『創造物』に向き合う。

「その人の前であたしを『創って』何がしたいの?」少し刺々しい声で問う創作物。

「お話」そういう撫子ちゃんは妙に冷静だ。俺の方が動揺している。

「何?あたしに『何が』言いたいの?」『創造物』は刺々しい言葉とそれに反した笑顔で問う。

「うーんとね…まずはお友達出来たよって報告したくてさ」と撫子ちゃんは照れながら言う。

「おめでとう。これであたしはお役御免だ」と皮肉に返す少女。まあ、言わんとせんことは分からないでもない。イマジナリーフレンドは真に孤独なものにしか必要はないのだから。

「やっぱそう?」寂しそうに言う撫子ちゃん。今まで隣に居たものとの再度の決別。

「うん。貴女はあたしに頼りっぱなしだったけど…気がついていたはずよ、こんなのいつまでも続けていちゃダメだって」まるで姉のような口調に思える。モデルは―


「そうだね…あかねお姉ちゃん」と撫子ちゃんは言う。目が潤んでいる。


「泣かない。『本当の』茜お姉ちゃんは2年前に灼かれてお星様になった、それがわからないような馬鹿な貴女あなたじゃないよね?」刺々しい表情はなくなり、『創造物』は優しい顔で呼びかける。

「まだ―この星のどこかにただよってるって信じたかったの!だってそうでしょ?わたしは1人で…寂しかったあ…」と泣き出しながらいう彼女。溜めていた涙なのか顔はぐしゃぐしゃで。でも綺麗で。

「そうだろうね。でもさ、人は何時か1人になっちゃう。あたしと貴女の場合はそれが早かっただけ。まあ…撫子には迷惑、かけちゃったけどね。ゴメンね」と泣きじゃくる撫子ちゃんちゃんの肩を抱きながら言う『茜ちゃん』。

「いい…訳ないけど。許してあげる」と撫子ちゃんは顔を拭いながら言う。


「そっか。ありがと。さてこれで一つは解決したけど…もう2つ片つけとこうか、最後だし」と『茜ちゃん』は言う。

「ふたつ?」と撫子ちゃんは問う。

「そう。ひとつは貴女とあたしの問題。もうひとつは貴女と他人の問題」彼女は明確に示す。

「お姉ちゃんとわたしの問題?」と可愛い感じで問いかける撫子ちゃん。

「違う違う…」と『茜ちゃん』は言う。そうか、撫子ちゃんはイマジナリーフレンドと言いつつ、茜ちゃんの霊か何かを呼び出してる感覚なんだ。だからさっき『まだ星に漂っている』、というワードがでたのだ。


 しょうがない。無粋だが口を挟ませてもらおう。


「よく考えてみるんだ撫子ちゃん。彼女を呼び出す時、どうする?」像というものは創っただけでは魂はこもらない。息を吹きかける必要がある。

「泥をこねあげて―」いやあ、まさしく『創造』的な表現だ。子どもは純粋な分、大いなる何かに似ているのかも知れない。

「想いをこめるだろ?」と俺は助け舟を出し、続きを促す。答えは自分で掴んで欲しい。これは老婆心ろうばしんだ。自動人形オートマタの。

「うん…?」と分かってない様子の撫子ちゃん。ここで言語は相手が在ることで成り立つが、その際、他我がない場合、自分の一部を切り出す―とどう優しい言葉で伝えてやればいいのか?

「君は。心の中に人を持ってる…それは難しい言葉で自我と言うんだが」と話を初めてみる。

「自我ってのはいつでも『1人だけ』って訳じゃない。たまには分裂するんだ」

「自分が増えるの?」

「増えるな。まあ、どっちも君なんだけどな?で。人間寂しくなるとその分けた人格に皮をかぶせて―別モンにしちゃうこともある」

「…それがイマジナリーフレンド?」お?分かってくれたか?

「そう。そしてそいつはまあ、大体自分とは少し違う思考を持ってるからな。話し相手には丁度いい」俺の場合は萌黄。母を想像していたな。


「―そうか」腑に落ちた様子の撫子ちゃん。そして『茜ちゃん』の方を向かってこう言うのだ―

「貴女はわたし…私の中のお姉ちゃん。お姉ちゃんが私に遺したもの…」

「そ、正解」と『茜ちゃん』は言うのだが。その体は解けるようになっていて。その解けたモノは撫子ちゃんに絡みつく。

「もう…会えないんだね?」と訊く撫子ちゃんは寂しそうで。切なそうで。

「だいじょーぶ。あたしは貴女の中に在る。その中で生き続ける…」解けたモノはもう、撫子ちゃんの中に収まってしまった。


「…ゴメンな。撫子ちゃん。友達…いやお姉ちゃん消しちまって」と俺の前で立ち尽くす彼女に言う。

「いいんだよ?私にはお母さんも居るし…何より一生さんが居るから」そういう彼女のかおは涙と笑顔でくちゃくちゃなのだった。


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