『fabula―おはなし』


『 むかしむかし。あるトコロに人間そっくりの人形がありました。それはとある国の一番の人形師が造ったもので、どこからどう見ても彼そのものでした。


 ある日、偶然その人形を見た神様は哀れに思い、人形の中に魂を入れました。


「…俺は?一体?」眼を覚ました人形は誰も居ない倉庫でつぶやきます。

「君は君さ」と暗がりから声が聞こえます。

貴方あなたは?」訳も分からない人形は問います。

「私は―通りすがりの魔法使いだ。この事は忘れなさい」神様は案外シャイなのでした。

「そうですか…まあ良いですけど。でもこれからどうしたら良いので?」

「人に混じり、生きなさい…としか言ってやれない」神様は帰り支度を初めます。

「そうして…みます」と応えてしまう人形。そうとしか返事のしようがなかったのです。


 神様が帰った後。人形は倉庫を出ます。そこは人形師の家。粗末でもしっかりとした仕事場のある小さな家でした。

 裸だった彼は服を着ることにしました。さっきの神様もローブを纏っていたし、裸のままは何故か落ち着かなくて。

 

 それから。

 人形は人形師が遺した日記を頼りに彼になりわりました。一から人格を創るより楽だったのです。幸い両親を亡くし友人の少ない彼に代わるのは簡単なことでした。


 日々は過ぎていきます。日々のかてを得るため、生きるため、人形は人形師の仕事を真似します。もともと精巧せいこうに創られた人形だったので、なんとか仕事は続きました。


 何年も過ぎたある日のことです。

 生前の人形師の数少ない友人が久しぶりに訪れました。そしてこう言います。

「やあ。久しぶり…ご無沙汰だね。僕も色々あってね」

「やあ。随分たくましい顔になったじゃないか?で?今日はどうした?」日記で知る彼は優男だったはずなのです。最後に会った日の顔のスケッチを飽きるほど見ていた人形は話を合わせます。

「いやね?結婚して…子どもが出来て…嫌でも逞しくなるさ。家族を守らなならんからさ」友人は言います。立派になったものだ、と思えど―その友人との思い出がない人形は居心地の悪さを感じます。

「そうかい?で。男の子?女の子?」と話を前に進めてみます。

「女の子さ…でさあ。人形を作って欲しくてね」と、ちょっと恥ずかしそうに、そして悲しそうに友人は言います。

「いいよ。誰を作ろう?」悲しそうなのが何故だか分からないけど人形は続けます。

「いやね?変な子なんだよ、我が子ながら。で、可愛いものより今の自分の人形が欲しいとか言い出しちゃってさあ」それは変わった子だな、と人形は思いました。

「そうかい。じゃ、その子の顔を見なくちゃな」と人形は言います。スケッチを描いて、設計図を作らなければ人形は作れません。

「…いやあ。今、病気しててね」と言いにくそうに友人は言います。

「じゃ、なんか彼女の絵をくれよ。で。なんとかしてみる」と話をどうにか纏めます。

「ちょうど。旅の画家に描いて貰ったもんがある。こいつでひとつ」と絵を渡されます。

「ん。こいつはなかなか。なんとかなるよ。娘さんの全快祝に人形、贈るよ」と人形は言います。かつての彼に成り代わってしまったから。やらねばならないのです。

「良いのかい?ありがとう…じゃ、また頃合いを見て来るぜ」

「おう、またな」


 その日の夜から。夜なべをして『人形』は人形を作ります。

 自分と同じように。全く人と見分けがつかないように。何年も人形師に代わり仕事をした『人形』には簡単なことでした。


 あれから3ヶ月。

 人形は出来ました。どこからどう見ても彼女そっくりの人形が出来ました。

「さてと。彼に渡すたけだぞ後は」と人形の眼を覗き込みながら『人形』は言います。

 澄んだ瞳が人形を見つめます。彼と同じ素材で出来たそれは深い青色をしていて。最後に櫛で髪を整えます。綺麗に出来た物を綺麗なまま渡したくて、『人形』は丁寧に丁寧に櫛を入れます。夢中になって櫛を入れたせいか―『人形』の着ている服の袖はずり下がり、右腕の上腕が露わになります。その真ん中あたりに不細工な継ぎ目があります。その継ぎ目は人形師のサインなのです。かの人形師の手掛けた人間そっくりな人形。その作者を示す小さな証。

「おっといけない…」『人形』は呟き、急いで服の袖をずり上げます。人形師に成り代わってから、それを他人に見られないように気をつけてはいるのです。これがバレたら人ではない事が知れ渡ってしまう気がして。

「…おい。それ」と人形師の背中の方から声がします。あの友人です。

「やあ。出来たぜ?なかなかのものだろう?」なんて何もなかったように人形は答えます。

「…人形はありがとな。よく出来てる…娘そっくりだ…だがお前に問いたい事が出来た」と友人は厳しい口調で言います。

「何かな?今回のギャラかい?祝だから要らないよ―」


「…お前。アイツが造った『人形』なんだ。アイツはどうした?」と友人は冷たく言い放ちます。


「いきなり何を言い出すんだい?なんかおかしいぜ?」と人形はすっとぼけます。

「今まですっかり騙されていた。まあ、しばらく会ってなかったからな。最初は分からんさ」

「人は変わるものだろう?今の俺はこうなのさ」遅めのごまかしは効くでしょうか?

「かも知れんが。俺は昔からアイツを知っているもんでね。アイツの仕事のサインも知ってる。右の腕の目立たないところに眼につく継ぎ目を残すんだ」友人がそれを知っている事は日記に書いてなかったので人形にはどうしようもありません。


「…で?どうしたい?俺を糾弾でもするかい?」人形は終わったな、と思いました。他人の人生を借りて報いなのだとも思いました。

「ああ。人様に言いふらしてやりたいね。アイツの人生を奪いやがって」友人は拳を震わせながら言います。

「君は何か?俺が彼を殺して―成り代わったとでもいいたいのかい?」余計な事になったな、罪を負うはめになるのかな、と人形は思います。

「じゃなきゃ人形に魂がこもるものか…アイツは才に恵まれた奴だったが―命を創る真似は出来はしねえ」随分信頼されていたものです。

「ところがどっこい。こもっちまった…どうしていいか分かんなくてな」

「彼の人生を奪ったんだろ」

「違う。君は信じないかも知れんが…通りすがりの親切な奴が俺に魂を与えた。俺はたまたま…流行り病で亡くなった彼に似せて作られてた…だから人生を拝借した。悪いことをしたが―アイツがやりそうなことしかやってない。罪に問われるような事は一切してない」

「…そうかよ、で。納得出来ると思うか?」

「いいや。好きにしてくれ。だが。人形は持って帰れよ?」

「…とは言え。『人形』がアイツになってます、なんて誰が信じてくれるんだろうな?」と友人は苦笑いします。

「俺なら適当なトコロに突き出すな、預かってくれってよ」と人形は皮肉を言います。

「まったくだ…まあ。いいや、俺とお前は金輪際って事にしよう。黙っておいてやるから大人しくしとけよな」と人形を携え、友人は去っていきます。

「俺は君の友人にはなれないのかい?」人形はそう聞いてしまいます。秘密を共有する友人が欲しくて。

「俺とお前は同じ過去を共有してない、つまり一緒に生きてない。無理だな。親切なヤツだとは思うが」

「そうかい。人形にんぎょう大切にするよう、娘さんによろしくな?」寂しくはありますが、仕方のないことです。

「―ああ。と言いたいところだが」

「なんだよ。今生の別れに言い残し、していくなよ?」

「娘も流行り病で亡くなった」

「そいつは―お気の毒に」心から言います。かわいそうに。

「…お前みたいにならねえかな」と友人はこぼします。

「そうなって帰ってきてもそれはお前さんの娘じゃないぜ、さっきそういう話したばっかだろ?」まったく、子どもの事となると親は見境無くなってしまうものらしいのです。

「…そう、だったな。じゃあ、さよなら」

「さよなら」と人形は友人を見送ったのでした。

                                 おしまい』


 少し童話チックになったが、人そっくりのモノを創ろうが―そいつは人足り得ない。

 そこには時間と空間というパースペクティブが欠けている。

 ちなみに―友人と分かれるオチは…現状の写しなのだと私は思っている…はず。

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