『futurum―未来』
報道をなんとなく眺める俺が居る。
病室のベットを起こし、モニタに映るキャスターの言葉と映像をなんとなく、見ている。
自らの記憶が曖昧な今、アテに出来るのは外部の情報。消えた十年を追いかけようとしているのだが。全く頭に入って来ない。
文法は分かるが…単語が入って来ない感じ。いつの間にか個人のDNA配列の解読(シークエシング)が義務化されていた。
俺の意識があった頃からシークエンシング、
「医療目的に限り、アクセスが可能になります…」とキャスター。しかし、だ。人の塩基配列というのはそれ単体で簡単に役に立つものでもない。遺伝子の発現のプロセスはもっと複雑だったはずだ。
「t(転移)RNAを初めとした発現系統の解明により―遺伝医療は飛躍的に進歩しました…もう、かつてのような事故…例えばベクターによる免疫反応の事故はありえません…」遺伝子の運び屋ことベクター。分子マシンが出てきてからは役目を奪われたが、かつてはウイルス…RNAからDNAへ転写する能力を持ったレトロウイルスを使っていたんだっけか。当然、免疫反応が出る可能性がある。それを条件付きでクリアした分子マシンは革命的だった訳だ。
分子マシンの場合、抗原をリバースエンジニアリング…抗原の表面の受容体に入らない分子を自動生成する機能のお陰で免疫反応を一応クリアしてる…まあ、これが定着に時間がかかる理由にもなっていたが。
「それでは次のニュースです…ニューラルエンジニアリング社の保存するデータが不正に書き換えられていた事が先日の同社の記者会見で明らかになりました…同社CEOは―」っと。嫌な話だ。確か…俺の神経ネットワークパターンの保存を依頼した会社だから。
「
今すぐ看護師呼んで騒ぎ立てても良いのだが―いかんせん面倒な気もせんでもない。どうせ、この病院も独自に調査委員会を立ち上げ、訴訟対策するだろうから。
◆
「で?じっちゃんが出てきたって事は?」と俺は
「僕?ただ軽く詫び入れに来ただけよ?心配かけるねって」と軽くのたまう。口元には古き懐かしきパイポ…ヘビースモーカーだった名残だ。
「俺のデータに不正なし、と?」と俺は問う。これはすっとぼけられているのか?
「そ、それに古いデータだかんね」と継史じっちゃんはすっとぼけに更に釘刺しを追加してくる。
「10年前だもんな?」そう、生データの圧縮すらままならない頃のものだ。
「正確性に期待されても困る、つう話」と、諦めろと言わんばかりの声で言う。
「…改ざんってどの規模だったのさ?報道には
「答えは知らんけど―割と狭い範囲の話だったって聞いたなあ」とのらりくらりの回答。
「まさか―お役人とか狙いか?」ちょいとゴシップめいてきた。
「そそ。君みたいな一般人にはノータッチ」とゲラゲラ笑う継史じっちゃん。
「あ。んじゃ関係ないかも」と俺は言う。特にハイクラスの家庭に産まれた覚えはない。
「つう訳。心配かけるけど、君は君のやるべき事を為せよ」そうは言われても、まずは自身の曖昧さをどうにかしたいんだけどなあ。
「やるべき事…ねえ?」と俺は含ませた言い方をする。
「記憶を取り戻し、社会復帰すんだね、後は嫁でも貰って子孫増やしなよ」月並みな回答ですなあ。
「旧時代丸出しのご意見どうも」と俺は嫌味を投げる。
「昔から連綿と続くことには根拠があるもんさ。と言うか君たちはある種、子孫繁栄の為に生きてると言っても過言ではないわけ」
「遺伝子の乗り物としての私、ってかい?」と俺は言う。脳みそを発達させた人類にしては凡庸な答えに思えるのだ。
「それを超えつつあるけどさ」とじっちゃん。
「そう?昔と変わんないのでは?」そう。人類による遺伝改造は農耕の始まりに
「んまあ、ね。でも、ここまで自在になったのは最近さ」
「そうして―どうなるのかな?」と俺は問うてしまう。
「昔の憧れに近づくだけさ…神と同じ
「意のままに創る…」創造。神の業とされてきたもの。と。言うより神に丸投げしていたものでもある。
「何を創るかは―創り手次第さ」と継史じっちゃんは遠い眼をしていたのだった。
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