『praeteritum―過去』
記憶なんて曖昧なものだ―なんて言うけれど。曖昧だからこそ
しかし。体験そのものの手触り―哲学屋ならクオリアというだろう―はその一瞬とそのあとに続く存在の中にしか無い…というのが私の信条だったはずなのに。
どうしてこうなった?いや、どうしてこうした?何故、彼を黄泉帰らせた?そも、失われた者を
私にとって、彼は特別ではあったけど。彼の為に多くの
人の行動に合理性を求めるのは筋違いである、と誰かは言う。私はそれにノーと言わざるを得ない。誰かに私は問う、理とは何か?と。そんなものは、倫理とか言う大多数の為の言い訳に過ぎないのではないか?と。
しかし。そんな問いかけもまた陳腐だ。ではお前は何様なのか?という問が返ってくるに違いない。
私は為してしまった。否応なく。自らの狂気と執着によって。
命を為す母という古い呪いの続きの、命を創るという呪い。
命を為すのは―女ではなく神ではないか?、そんな問が頭に響く。私は問うた者にこう言うだろう―神もまた、人と同じで、たかが存在ではないか。それと同じ
「答えなんてない」私はPCの前で頭を垂れ、
DNAをいじくり回せるようになった今、命を創る神気取りの
錬金術師はホムンクルスを創り、ヴィクター・フランケンシュタインはフランケンシュタインの怪物を創った…それは人の想像力の行き着く
しかし。神なんてものを創った人類は―自らを創るのに酷く
0から1を為すのは自然という神である。カオスの中を分け入るにも似る。
それならば。元からあるものを使うべきなのだ。
私には―卵があった。産まれたその日に何千と持っていて―初経を迎えると月にひとつずつ出てくる命の種が。
道具があったからそれを為した…言い訳じみてる。
道具を活かす知恵があったからそれを為した…詭弁だ。
違う。私は―為すために、道具を揃え、知恵を付けたのだ。
◆
時を刻むチャイム。
彼のものだった机の上には花瓶と写真。それが彼という続いてきた何かが終わったのだ、という事実を告げているのだが。
私には不思議と現実感が―いや彼の不在が―欠けていた。
葬式というのは時間をかけ、その人が世界から消えた事を確認する儀式である、と誰かから聞いていた。でも、そんな形式張った儀式も私には陳腐に思えたのだ。
白く、
しかし。そんな事を納得して飲み込めるかといえば、ノー。
今すぐにでも泣き喚きながら彼の名を呼びたい気もする…がそんな気持ちもまた、形式張った儀式同様無意味に思える。
私の気持ちはどっちつかずだ。
一方では彼と言う存在が星に
「どこに行ったの?ねえ?」なんてつぶやいてしまう。
「兄ちゃんは俺達と違う所に行ってしまったんだ」と頭の後ろから答えが返って来る。
「…ごめん。居るとは思ってなかった…
「萌黄
「なんとなく見ておきたくてさ」と私は半分の事実を告げる。
「兄ちゃんが死んだ、って分かんないんだろ?」と彼は言う。そう、顕も?
「ああいう―ふざけたヤツが簡単に死ぬのかと思うと不思議でね?」と濁してしまう。今は素直にはなりきれない。
「違いない…あんな斜めな兄ちゃんが死なんてまっすぐしたトコロにハマるのが信じらんねえ」散々な言い草だが私もそう思う。
「最後の最後までふざけてた。気が
「大学…志望校受かりそうにもないから
「ああ。お祖父ちゃんの病院の」そう、彼は我が祖父が所属する病院の付属大学に行きたがっていた。昔世話になった時にかっこいいと思ったらしい。
「医学部行ける脳みそしてなかったくせにさ」なんて
「とは言え、夢に対してだけは正直なヤツだったから」それ以外は正直さなんてなかったと思う。屈折した男だったのだ。
「自分の実力の把握にもそれ位
「そう言ってやりなさんな」と私は
「…っと悪い。萌黄姉のこと考えれてなかった…無理に話過ぎたな」と
「そろそろ行きましょうか、私も貴方もこのクラスの部外者だし」そういって私は教室を後にする。彼の残り香と顕を残して。
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