第44話 美知子の卒業式〜答辞と第二校歌〜
私は自分で書いた答辞を読み始めた。
「冬の寒さに耐えながら受験や就職などの準備に追われているうちに、いつの間にか寒さが緩み、春の兆しを感じ始めてきました。季節の変わり目に将来の希望を抱き始めた今日の良き日に、私たち三年生百六十名は三年間慈しんできたこの学び舎から旅立ちます。
松葉女子高校は私たちにとって最良の学びの園でした。先生方は厳しく指導しつつも、温かく私たちを見守り、また、ときには胸襟を開いて親しく話しかけてくれました。そのような先生方から受けた授業や実習は、私たちの身となり、心の糧となり、今後の人生に役に立ち続けると信じて疑いません」
今思い返すと、中村先生を始め、私たちに親身になってくれた先生がどんなに多かったことか。
「既に卒業された先輩方には、松葉女子高生として必要な心構えや身だしなみを優しく教えてもらいました。私たちは先輩方を模範として最上級生になり、日々の勉学に努めて参りましたが、どこまで先輩方に近づけたでしょうか?」
黒田先輩にはとうてい及ばない生徒会長だった。でもそんな私の受験勉強をしっかりと見てくれた。感謝してもしきれない恩人だ。
水上先輩は在学中には振り回され、何度も漫才の相手をさせられたが、あれはあれで楽しかった。卒業してから楚々としたお嬢様に変貌してしまったのには驚かされたが、
もうひとりの美知子、この二人の先輩の世話を精いっぱいしてあげてね。
「在校生の方々は私たちを姉のように慕ってくれました。ともに語り合い、笑い合い、とても楽しい日々を過ごしました。私たちが模範となる良き先輩だったのか自信はありませんが、あなたたちを見ていると松葉女子高校がますます楽しい学びの場となることが確信できました」
誰かのすすり泣きが聞こえ始めた。雰囲気に流されて感情が高まったのだろう・・・。
明日香や真紀子は中学生の頃から慕ってくれた、ほんとうの妹のような存在だ。真紀子とは田舎で楽しく遊ぶ仲だったが、明日香が加わってさらに楽しくなった。巫女ペアのデュエットは最強だよ。
古田さんは、私が生徒会長になったときに反発心を抱いていたように感じたけど、すぐに打ち解け、その後は意外なほどに慕ってくれた。ザ・タイガースの映画を一緒に見たことは忘れないよ。
森田さんは、最初は変わった子かと思ったのに、私とほんとうの姉妹になりたいと明言して慕ってくれた。あいにくお兄さんとの縁はなさそうだけど、短大生になってからもときどき会いたいかわいい後輩だ。
「体育祭では毎年力を振り絞り、クラス対抗戦に心を燃やしました。この行事で先輩方や在校生のみなさんといっそう親しくなれたと思います。
体育祭はほとんど輪回しと借り物競走ばかりに出場していたな。特に二年生以降は、委員長や生徒会長の役職を理由にそればっかり出ていた。借り物競争では毎年苦労させられた・・・。フォークダンスで癒されたかな?
明日香たちや水上先輩や黒田先輩のクラスの演し物も秀逸だった。今後の
ここで私は一息ついた。そして、再び答辞を読み始めた。
「私たち三年生は、ときには夢に破れ、ときには恋に破れ、枕を涙で濡らすこともありました」
誰かが息を飲んだ気がした。しかしこのフレーズは一般論で、私個人の経験じゃないぞ。哀れまないでくれ。
「それでも友と慰め合い、語り合うことで乗り越え、今日のこの日を無事に迎えることができました。修学旅行では楽しく学ぶとともに、お互いの絆をさらに強めることができたと思います」
修学旅行は楽しかったが、怖い思いをしたし、恥ずかしい思いもした・・・。
「そして私たちは、尊敬する先生方、憧れる先輩方、愛らしい在校生のみなさんに囲まれて、この三年間をとても楽しく過ごすことができました。私たちと固い絆を結んでくださり、ほんとうにありがとうございました」
あちこちからすすり泣きが聞こえるようになってきた。答辞の文章は泣くほどの内容ではないが、みんなの思い出を呼び起こしているのだろう。
「最後に、在校生のみなさんに一言残します。私たちの人生は決して生まれつき決まっているものではありません。自分の努力次第で道は開け、幸運な人生を歩むことができるようになります。ですから、苦しいことがあっても決してあきらめないで。限界と感じても、そこでもう一度だけ頑張って」
これも一般論で、占っているわけじゃないぞ。
「さて、私たちはこれから松葉女子高校を去り、それぞれの道を歩んで行きます。それでもみなさんとの絆は消えないと信じています。いつかどこかで再会することがあれば声をかけてください。別れていた期間の長さに関係なく、高校生だった頃と同じように語り合えるでしょう」
ここまで読むと、冷静だった私の目にも涙がにじんできた。やばい・・・。
「私たちにとって松葉女子高生であった三年間は青春そのものでした。進学しても、就職しても、結婚しても、松葉女子高校で学んだことと、みなさんと交流できたことを決して忘れません。そして、松葉女子高校の名前に恥じない人生を送って行きたいと思います。
先生方、お父様、お母様を初めとするご父兄の方々、在校生のみなさん、三年間ほんとうにお世話になりました。私たちのためにこのような厳かな卒業式を挙行していただいたことに、心より御礼を申し上げます。
松葉女子高校は永遠に不滅です。そして、松葉女子高校の卒業生が女子の鑑として永遠に輝き続けることを願います」
ここまで読むと、私の目から出た涙が頬を伝わっていた。この三年間、とても楽しかった。友だちとのいろいろな思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
みんな大好きだよ。私を、美知子を忘れないで・・・。
私は上を見上げた。声がつまらないように、涙が答辞の奉書紙を濡らさないように。
「・・・私の答辞はもうすぐ終わりますが、答辞が終わるとほんとうに卒業してしまいます。・・・私は卒業したくありません。みんなともっと一緒にいたかった。
・・・私のわがままは通じませんが、私の心をここに置いていきます。私は松葉女子高生でいられて、ほんとうに幸せでした」
ほんとうに幸せだったよ。
「さようなら。そして、ありがとうございました。
昭和四十四年三月十日 卒業生代表 三年二組 藤野美知子」
私はセーラー服の袖で目を拭った。
「卒業生、在校生、礼」
私は答辞の奉書紙を畳んだ。校長先生が壇上に上がる。校長先生の目も赤くなっているみたいだ。私は校長先生に答辞を渡し、深々とお辞儀をした。
自分の席に戻ると、再び
「第二校歌『我らが母校』斉唱!・・・この第二校歌は、管弦楽組曲“惑星”第四曲“木星”に、今答辞を読み上げた三年二組の藤野美知子さんが詞をつけて製作されました」
第二校歌にいつの間にかタイトルがつけられていた。第一校歌にも『
合唱部員が前に出て整列した。まもなく吉野先生の伴奏が始まり、合唱部の歌声が轟いた。
「松葉女子高校 我らが母校 麗し乙女たちの学び舎よ
親友といつでも笑い語り合い 肩を組み泣いては明日を想う
良き先生、良き先輩後輩たち 仲間に囲まれて学び合う
松葉女子高校 我らが母校 清らな乙女たちの集つどい場よ
桜咲く春に仲間と出会い 緑萌ゆる初夏に友情が
芽生えて育はぐくみ秋に臨のぞむ 体育祭、
松葉女子高校 我らが母校 夢見る乙女たちの揺りかごよ
翠みどりの黒髪 赤き唇 乙女のときめき恥じらいて
風雪に耐え迎える新たな春 友らに励まされて旅立たん」
拙い作詞だけど、答辞の内容とかぶる部分がある。案外いい歌なのではと考え直した。手前味噌だけど。楽譜はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/henkei-p/news/822139836734968557
「『仰げば尊し』斉唱!」
私たちは卒業式の定番ソングを歌った。この歌は耳で聞いただけでは意味がわからない言葉があるが、文字で書かれた詞を見ると胸が熱くなる。
「♪おもえばいと
長いようであっという間の三年間だった。字が違うけど、愛しく思える年月だ。
「♪わかるる後にも、やよわするな」
忘れないでね。忘れないよ。忘れられないよ。
「♪今こそわかれめ、いざさらば」
みんな、さようなら・・・。
私は再び泣いていた。声を上げて泣いてしまった・・・。
「卒業生、在校生、着席」
私の周りはみんなが泣いていた。泣きながら
「これにて松葉女子高校の卒業式を閉式します。まず卒業生が退場します。ご参列の皆様は、卒業生の門出を拍手でお見送りください」
喜子と一組の生徒がまず立ち上がった。喜子を先頭に歩いて退場し、盛大な拍手に包まれる。
次は私たちだ。一組の移動に合わせて立ち上がり、一組の最後尾に続く。在校生と父兄席の間を通り、両親や黒田先輩たちがもらい泣きしながら拍手をしているのが見えた。
体育館を出て教室に戻ると、また椅子がないことに気づいた。体育館に置きっぱなしだ。
「生徒会長の答辞や『仰げば尊し』で泣きに泣いたけど、椅子がないから我に返ってしまうわ」と赤い目をした斉藤さんが笑いながら言った。
まもなく二年生が椅子を持って教室に帰って行った。同時に中村先生も教室に来た。
「みなさん、感動したところ悪いですが、体育館に椅子を取りに戻ってください。それから藤野さんと一色さんは職員室に来て、みんなの卒業証書とそれを入れる筒を運ぶのを手伝ってください」
一色と顔を見合わせて苦笑する。
「生徒会長と一色さんは職員室に行って。椅子は私たちが運んでおくから」と須藤さんが言ってくれた。ありがたい。
一人だけもらった卒業証書を机の上に置くと、私たちはお言葉に甘えて中村先生と一緒に直接職員室に行った。職員室では
「ちょっと変則的だったけど、私まで泣けてきたわ」と
校長先生も職員室に入ってきて、私に声をかけた。
「答辞の中の『松葉女子高校は永遠に不滅です』が素晴らしかったよ」
ごめんなさい。それはどっかからの盗用です。
中村先生に運ぶのを頼まれたのはふろしきに包んだ学年末試験の成績表と通信簿、別のふろしきに包んだ卒業証書、ダンボール箱に入った証書用の丸筒四十本だった。
一色は体が小さいから、私がダンボール箱、中村先生が卒業証書、一色が通信簿などを運ぶことにした。
最後に私は先生方の方を向いた。
「校長先生、
頭を下げると、「生徒会長、お疲れさま」と言われて拍手を受けた。その後のダンボールを抱えてがに股で歩く姿を見られるのが恥ずかしかったが・・・。
教室に戻ると椅子が戻っていた。私はダンボール箱を教壇の横に置き、椅子を運んでくれた藤娘にお礼を言った。
「それではまず、成績表と通信簿を渡します」中村先生の声が響いた。
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