第31話 雛子のお披露目

マーガレットの鉢植えを持って斉藤さんの家に向かう途中で須藤さんたちに出会う。


「あ、委員長だ。やっほー」須藤さんが声をかける。


「あ、委員長が花を持ってる。雛子んちへのプレゼント?」と佐藤さんが聞いた。


「その、・・・ちょうどもらいものがあったので、雛子さんにお裾分けしようと思ったの。お昼をごちそうになるから」まだお祝いだとは言えず、言葉を濁らせる。


「私たちは何も持って来なかったわ。委員長は律儀ね」と齋藤さんが言った。


「手頃なものがあったから、たまたまよ」そうごまかしながら斉藤さんの家に着いた。


「こんにちはー」玄関の戸を開けて声をかける須藤さん。


すると、斉藤さんが正座して待ち構えていた。「ようこそ、いらっしゃいました」


「どうしたのー、雛子!?」須藤さんたちの絶叫が響いた。


「どうしたのって、そんなに驚くこと?・・・今日はお昼ご飯に招待したから、あらたまってあいさつしてみただけよ」


「雛子らしくない」と須藤さん。


「どういう意味よ!私だってちゃんとするときはするわよ!」


「雛子、怒ってないで、みなさんに入ってもらいなさい」後ろから斉藤さんの母親が声をかけた。


「みなさん、いつも雪子たちの面倒を見てもらってありがとう。たまにはごちそうしたいから、どうぞ上がってくださいね」


母親の言葉に従い、立ち上がって私たちを招き入れる斉藤さん。怒ってみせたけど、本当は照れて緊張してるんじゃないだろうか?


私たちがぞろぞろとお茶の間に入ると、ちゃぶ台の上にごちそうが並べられていた。


「え、お赤飯!?」めざとく見つけて叫ぶ須藤さん。そのほかにも、おでんやら卵焼きやら、たくさんのおかずが並んでいた。


「どうしたの、雛子?」佐藤さんが追求するが、斉藤さんは答えず頬を染めたままだ。


「まさか、今頃初潮?」


「そんなわけ、ないでしょ!」


「まあまあ、落ち着いて。これ、おみやげ」私はマーガレットの鉢植えを渡した。


「あ、ありがとう、委員長」


「これは菊なの?」と佐藤さんが聞いた。


「マーガレットよ。春まで花が楽しめるんだって」


「えー、委員長は何か知ってるの?」私に疑惑の目を向ける須藤さんたち。


「とにかく、みんな座ってよ。それからよ」


斉藤さんの指示でちゃぶ台の周りに座った。その間に雪子ちゃんたちも入ってくる。


「えっとね、まだ早いんだけど、みんなには伝えておこうと思ってね」


「何よ、もったいつけるわね。早く言って」せかす須藤さん。


顔を赤らめてせき払いをする斉藤さん。「えー、私こと斉藤雛子は、高校を卒業したら結婚することになりました」


「えーっ!!」絶叫する須藤さんたち。その声で雪子ちゃんたちが耳を塞いだ。


「まだ一年以上先のことだけどね、報告がてらお昼に招待したの」


「誰?相手は誰?」「お見合い?恋愛?」「お金持ち?」「ハンサム?」立て続けに質問する藤娘たち。やむをえずなれ初めを話す齋藤さん。


「相手は私の幼馴染で、三歳年上なの。小さい頃によく遊んでもらっていたけど、中学生くらいになると女の子とは遊ばなくなるでしょ、男の子は。それでここ七、八年は道で会った時にあいさつする程度の仲だったんだけど、今年の松葉祭しょうようさいが終わった頃に突然うちに来て嫁に来てくれって言ってきたの」


「きゃー!」と叫んで悶える藤娘たち。私はさすがにこのノリにはついていけない。


「それで?それですぐにオーケーしたの?」と齋藤さん。


「少し悩んだけど。結局おととい承諾したの」


「委員長は落ち着いてるけど、この話、知ってたの?」と須藤さんが私に聞いた。


「え、ええ。先週雪子ちゃんがぽろっともらしてね」雪子ちゃんのせいにしておこう。


「ゆきこが、およめさんのはなしをしたー」と雪子ちゃんがフォローしてくれた。助かるよ、雪子ちゃん!


「正式に決まるまでみんなには黙っててって雛子さんに頼まれたの」


「それでお花を持って来てたのか。・・・知ってたら私たちも何か持って来たのに」


「実はあの人もお花を持ってきてくれたの」


斉藤さんが指さした戸棚の上に、同じような鉢植えの白いマーガレットがあった。


「白とピンクの花ね。色がかぶらなくて良かったわね」と須藤さん。


「マーガレットの花言葉は、花の色によって違うってお花屋さんから聞いたわ。私が持って来たピンクのマーガレットは『真実の愛』、白いのは『秘めた愛』だって」


「きゃ〜!」とまた藤娘たちが叫んだ。


「雛子への愛を胸の中にずっと秘めていたのね、相手の方は」と齋藤さんが言って悶えた。顔を真っ赤にする斉藤さん。


「それとも白いマーガレットを野菊に見立てたのかしら?・・・『雛子は野菊のような人だ』って思って」


「きゃ〜!」とまた藤娘たちが叫んだ。


「『野菊の如き君なりき』じゃな〜い!」「『野菊の墓』の映画ね!ロマンチックだわ」


「もう、やめてよ!雪子が変な顔で見てるわ。お食事にしましょう!」


「婚約おめでとう、雛子」ここで初めてお祝いの言葉が出た。「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」


「あ、ありがとう・・・」


食事をしながら、その後も須藤さんたちの質問や冷やかしが続いたが、斉藤さんも落ち着いてきたようで平然とした顔で応対するようになった。


「結納は多分来年になるわ」


「それまではデートを繰り返して、愛を深めるのね」


「雪子ちゃんも寂しくなるわね」と佐藤さんが雪子ちゃんに言った。


「ゆきこ、おねえさんだからへいき」


「えらいわね、雪子ちゃんは。夜寝るときに雛子お姉ちゃんがいなくても平気だよね」


佐藤さんの言葉に、とたんに雪子ちゃんが涙目になった。


「おねえちゃん、およめにいっちゃやだ!」斉藤さんに抱きつく雪子ちゃん。


「孝子、話をややこしくしないで!」斉藤さんは怒りながら雪子ちゃんの頭をなでた。


「お姉ちゃんはお嫁に行ってもいつも雪子といるからね」


「ほんと?」斉藤さんを見上げる雪子ちゃん。


「ほんと、ほんと。だから雪子も月子たちの面倒を見るのを手伝ってね」


噓も方便ってやつだな。雪子ちゃんには悪いが、斉藤さんが夜一緒に寝るのは・・・。いえ、何でもありません!


その日は夕方まで斉藤さんの婚約を祝いながら騒ぎ、斉藤家を後にした。


「しかし、雛子が結婚か。・・・ちょっとあせるわね」と須藤さん。


「そうね。結婚なんてまだ本気で考えていなかったから、衝撃だわ」と齋藤さん。


「私もいい相手がいないかしら」としみじみと言う佐藤さん。


「でも、今つき合っている人はいないし、お見合いじゃどんな人と当たるかわからないし。そういう意味では雛子の幼馴染ってのはいいわね。気心も知れてるだろうから」


「誰か、素敵な男性の知り合いはいないの?紹介してよ」


「そんな人がいたら、自分で結婚するわよ」


「それもそうね」と言って笑い合った。


家に帰ったところで電話が鳴った。受話器を取ると明日香の声が聞こえてきた。「もしもし、水上明日香です」


「私よ、明日香ちゃん。何かご用?」


「年が明けた一月七日の日曜日だけど、お姉様うちに来られる?」


「大丈夫と思うけど」


「だったら、うちで新年会をするから来てもらえるかしら?」


「新年会!?」今年の正月の嫌な記憶が蘇った。「杏子先輩はもうすぐ受験でしょ。また、隠し芸大会をするの?」


「あ、新年会といっても、受験の激励会よ。姉さんも私も受験があるからね」


「そうなの。・・・なら、喜んで行かせてもらうわ」


「祥子姉さんも来るわ。さすがにマキは来れないけど」


「わかった。じゃあ、楽しみにしてる」と言って電話を切った。


水上先輩の受験勉強の進捗状況はどうかな?希望する大学に入れたらいいんだけど。




その後期末試験も終わり、冬休みになった。年末の大掃除では、今年も弟の武が途中で脱走したので家の外まで追いかけたが、さすがに息が切れて途中で断念した。


おせち料理の準備もする。おせち料理は毎年同じメニューなので、去年の経験を生かしてスムーズに作っていった。途中で味見をしていると、いつの間にか帰宅していた武が私をじっと見ていた。これは味見だぞ!つまみ食いじゃないぞ!!


大晦日には早めに銭湯に行き、午後七時頃から夕飯が始まった。両親が、今年は美知子がクラス委員長になって立派だったと、改めてほめてくれた。


午後九時になったら紅白歌合戦を見るためにテレビをつける。この年は九時ちょうどから始まった。


今回はブルーコメッツが『ブルー・シャトウ』で出演していたので、武が一緒になって替え歌を歌い出した。「♪森とんかつ、泉にんにく・・・」


ほかのグループ・サウンズ、特に大人気のザ・タイガースやザ・スパイダースは出演していなかった。紅白歌合戦にはそぐわないとNHKが判断したのだろうか?麗子に聞けば事情を教えてくれるだろう。


武は今年も年が変わるまで起きていると息巻いていたが、やっぱり十時を過ぎるとうとうとしてきたので、私が布団を敷いて、限界に近い武を部屋に連れていった。


私は紅白歌合戦を最後まで見て寝ることにした。今年もいろいろあった。来年はどうなることやら。




目が覚めると昭和四十三年の元日の朝だった。両親に新年のあいさつを述べ、お年玉をもらう。去年と同じ五百円だった。その後、私はひとりで初もうでに行った。


神社の境内の入り口に来ると、さっそく斉藤さんを除く藤娘の三人と出会った。元日に開いているお店はないので、行くところはだいたい決まってくるのだ。


「雛子さんは一緒じゃないの?」藤娘の三人に聞く。


「雛子は婚約者とお参りするって。・・・女の友情は、男ができるとあっけないものよ」と須藤さんがおもしろがるように言った。


「今日会うかもしれないから、見つけたらはやしたてましょう」と佐藤さん。


「からかう前に、相手の男性をじっくりと観察しなきゃ」と齋藤さんが言った。


確かに、どんな相手なのか興味があった。斉藤さんは顔は普通だと言っていたけど、はたして・・・?


「あ、雛子だ!」そのとき須藤さんが叫んだ。


みんなでそっちの方を見ると、晴着を着た斉藤さんが若い男性と歩いていた。


あれが婚約者か。・・・背が高くて皮膚が浅黒く、髪は短めで、意志の強そうな太い眉毛をしていた。イメージで表現すると、野球部のキャプテンって感じかな。斉藤さんは顔は普通だと言っていたけど、中の上くらいか。


「けっこう人ね」と齋藤さんが言った。


「雛子とはお似合いって感じね、くやしいけど」と佐藤さん。何がくやしいんだよ?


「いい?雛子がこっちに気づいたらはやしたてるわよ」と須藤さんが指示を出した。


そのとき、斉藤さんがこっちを見てはっとした。


「今よ!」須藤さんの合図で藤娘たち三人は右手を上げて振り回した。


「ひゅー、ひゅー、雛子ー、お似合いよー!」


「こんなに寒いのに、お熱いわねー!」


「もっと、くっつきなさいよー」


こんな人混みで叫ぶなんて、藤娘たちは何てハートが強いんだ。私は藤娘たちから少し離れた。


斉藤さんはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にして腕を振り上げていた。照れ隠しに怒っているのだろう。婚約者の男性もこっちを見て苦笑いしていた。


「キャハハ」と笑い合う藤娘たち。でも、本当は斉藤さんが仲間から離れて寂しいんだろうな。

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