第30話 十二月の衝撃

平日の放課後、美術室で頼まれた藤娘たちの似顔絵を描いた。五割増しで美人に描く。


その様子を見て、ほかのクラスメイトたちからも希望者が現れた。仕方なく、一日一人ずつという制限をつけて描くことにした。おかげで似顔絵描きが上達した気がする。


その様子をいつのまにか見ていた津山さんが教室に入っていた。


「藤野さん、それが終わったら美術室に顔を出してくれない?」


「え?・・・ええ、いいけど」


まだあまり親しく話せない津山さんからの呼び出しだ。ちょっと緊張する。


「スケッチブックを持って来てね」


「わ、わかりました」


今日は美術部の部活の日ではなかったが、美術室の鍵は開いていて、津山さんについて中に入った。


そこには画架イーゼルが一脚立ててあって、その上に津山さんが描いていた油絵の静物画が載っていた。


「良かったら、私のこの絵をあげるわ」突然津山さんが言った。


「え?いいの?この間描きあげたばかりの絵じゃないの?」


「この間ほめてくれたから」と津山さんが言った。私が何気なくほめたことを喜んでくれたのだろうか?


「それにキャンバスはたまる一方だから、もらってくれると助かるわ」


「あ、ありがとう。じゃあ、いただいて自宅に飾っておくわ」


「代わりと言ったら何だけど、私の似顔絵を描いてもらえないかしら」


「私が描く絵でいいの?」・・・素人画ですが。


「あなたは顔の形や目鼻立ちをよくとらえて描いているわ。私もたまには人物画を描いてみたいけど、そういうところが苦手なの。・・・あなたの絵を参考にして、油絵を描いてみたいの」


津山さんがほめてくれて少し感動した。取っ付きの悪そうな人だと思っていたが、慣れたら気安く話せるようになるかもしれない。


「私なんかの絵でいいなら描くわ」


私は持って来たスケッチブックを開くと、津山さんに椅子に腰かけてもらって、さっそく鉛筆で津山さんの顔から胸にかけてを描き始める。油絵をもらったお礼だ、九割増しで美人に描いた。


輪郭ができたところで津山さんに下絵を見せた。


「こんなのしか描けないけど、どうかしら?」


津山さんはスケッチブックを手に取ってじっと絵を見た。どんな評価を下されるか、胸がどきどきした。


「ちょっと美人に描きすぎているけど、藤野さんには私がこういう風に見えていると好意的に解釈しておくわ」


「ど、どうも」


「油絵の参考にする絵だから、ざっと色を付けてもらえるかしら?」


「はい」私は水彩で淡く色を付けた。派手にならない範囲で、頬と唇に赤味を入れた。


「これでどうかしら?」


「ありがとう、藤野さん」喜んでいるのかよくわからない、抑揚のない声で津山さんが私に礼を言った。


「今度からこの絵を参考にして自分の絵を描いてみるわ。・・・美人に描きすぎてると批判する人がいても、この絵をもとにしていると言えば納得するわよね」


そう言って津山さんは初めてにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、藤野さん」


「どういたしまして」


改めて津山さんの描いた絵を見る。シックでなかなか趣きのある絵だ。額に入れるともっと映えるのだろうけど、額縁は高そうだな。とりあえずこのままで私の部屋の壁に飾っておこうと思った。


廊下に出たとたん、後ろから私を呼ぶ声がした。


「藤野さーん」


私が振り向くと、生徒会で顔を見たことがある、三年四組の委員長の山根律子先輩だった。


「私ですか?」


「ええ、お願いがあるの」


「何でしょう?」


松葉祭しょうようさいのあなたのクラスの合唱で、ホルストの木星の曲に歌詞をつけたものを歌っていたわね?あれを合唱部でも歌わせてもらっていいかしら?」


「合唱部でですか?」


「ええ。私は合唱部の部長なんだけど、校長先生がいたくお気に入りでね、卒業式などで歌うかもしれないわ」


「こ、校長先生?」・・・そう言えばこの前廊下で出くわしたときにほめていたな。


「校長先生は、第二校歌にしようかとまで言ってるのよ」


「そ、そうですか。・・・あんな歌詞で良ければ、明日にでも歌詞を書いた紙と楽譜を持っていきます」


「よろしくね」山根先輩は教室に戻って行った。


校長先生が絡んでくるとろくなことが起こらない気がするが、それでも自分が作詞した歌が気に入られて悪い気はしなかった。


家に帰るとさっそく壁の長押なげしと呼ばれる横木に小さな釘を二本打ちつけて、そこに津山さんからもらった油絵をかけた。


うん、いい感じだと思う。今度、ダンボールで簡単な額縁を作ろうかな。


そして十二月に入ってまもない土曜日に、斉藤さんがうちへ来た。私の家で期末試験の勉強をしたいということだったが、コートを着て手袋をはめた雪子ちゃんと月子ちゃんも一緒だ。喜ぶ私の母。


「雪子ちゃん、月子ちゃん、シャボン玉でもしましょうか?」


母がそう言って洗剤を薄めた液とストローを取りに台所に行った。雪子ちゃんと月子ちゃんもついて行く。勉強の間、幼い妹たちの面倒を見てもらえて斉藤さんは感謝していた。


「ねえ、雛子さんは卒業したらどうするつもり?進学?就職?」勉強中に何気なく聞く。


「・・・私はね、すぐ結婚するかもしれない」小声で答える斉藤さん。


「ええっ、そうなの?お見合いでもするの?」私は驚いて聞き返した。


「け、結婚を申し込まれているの」頬を染める斉藤さん。斉藤さんの爆弾発言に私は飛び上がりそうになった。


「えええっ!?雛子さんにそういうひとがいたの?」


「別につき合っていたわけじゃないんだけど、近所に住んでいる三歳年上の人よ」


「幼馴染?」


「まあね。・・・小学校の低学年くらいまではよく一緒に遊んでいた人なの。今は公務員をしているんだけど、ついこの前、ご両親と一緒に来られて、私に嫁に来てほしいって申し込んで来たの」


「ええ〜、つき合っていたわけじゃないのに?」そう追求すると、斉藤さんはますます顔を赤くした。


「昔から私のことを好きだったんだって・・・。私も知らなかったんだから」・・・のろけか?


「それで承諾したの?どんな人?顔はハンサム?」


「そう立て続けに質問されても困るわ。・・・まだ正式な返事はしていないけど、優しいお兄さんだったから、別に結婚してもいいかなって思ってるの。・・・顔は普通かな」


「でも、まだ高校二年生なのに」


「三年生になって進路を決めたら嫁に来てもらえないと思ったんじゃないの?」


「卒業して、結婚して、すぐに子どもが生まれたら、蕗子ちゃんは幼稚園に入る前におばさんになっちゃうのね」


「雪子だって小学生だわ」


「でも、妹さんたちは雛子さんがいなくなると寂しがるでしょう。子守りをしてくれる人がいなくなるから、お母さんも大変よね」


「家が近所だから、ちょくちょく会えると思うわ」


しかし斉藤さんが結婚か。・・・結婚なんてまだ現実味がないよ。


「あ、ほかの人には言わないでね。まだ正式に決まったわけではないし」


「わかった」と答えたが、須藤さんたちを目の前にしたら、口がむずむずするだろうな。気を落ち着かせるためにお茶を淹れると、母と雪子ちゃんたちが戻って来た。


「しゃぼんだま、たのしかった」と雪子ちゃん。


「おもしろかった」と月子ちゃんも言った。


「雪子ちゃんはシャボン玉を吹くのが上手だったわね」


「うん。ゆきこもおねえちゃんだからね」


「そうね、偉いわね」と母親がほめる。「雛子さんも雪子ちゃんがしっかりしてきて助かるわね」


「ええ、まあ・・・」苦笑する斉藤さん。


「おねえちゃん、もうすぐおよめさんになるから、ゆきこがつきこのめんどうをみるの」


雪子の突然の暴露に斉藤さんは飲みかけていたお茶を吹き出した。


「ええっ、本当なの、雛子さん?」追求する母。


「いえっ、そういう話があるというだけですから」


「まあ、でも、雪子ちゃんも知ってることなら、じきに決まるんじゃないの?」


「さ、さあ、どうでしょう・・・」言葉を濁す斉藤さん。


みどりさんたちを家に呼んだら、雪子ちゃんの言葉ですぐにばれるかもよ」と斉藤さんに囁く。「だから、早めにみんなに言っておいた方がいいわよ」


「どうしよう?・・・委員長なら言いふらさないと思って話したけど、みんなに話したらそこら中で言いまくるわよ」


「そうね。女に秘密を守らせるのは難しいかもね。・・・私も言うなって言われたら言わないけど、許されるならみんなに言いまくりたいわ」


「ゆきこもおんなのこー」と雪子ちゃんが口をはさんだ。


「そうだよね」と私が雪子ちゃんの頭をなでると、斉藤さんはがっくりとうなだれた。




その週の土曜日になって、斉藤さんが私と藤娘たちを呼び寄せた。


「今日の午後、私の家に来ない?お昼をごちそうするから」


「いいけど?」「いいわよ」「妙に改まっているわね。何かあるの?」「・・・ついに!」


「みんなに話したいことがあるの」私に目配せする斉藤さん。


「え?改まってどうしたの?」と追求する須藤さん。


「それは私の家で話すから、よろしくね」


斉藤さんのお誘いのせいで、その日の授業はどきどきしながら受けた。


放課後になると、カバンを置きにまず帰宅した。


「お母さーん、今日、これから雛子さんの家に行くから。お昼もごちそうしてくれるって」


「そうなの?いよいよお披露目かしら」


「そうかもね。私だけでなく、ほかの友だちも呼ばれているから」


「なら、お祝いにお花でも買っていったら?」


「そうね、お花屋さんに寄っていくわ。・・・十二月って何の花があるかな?」


「鉢植えもいいかもしれないわね。すぐに結婚するわけじゃなさそうなら」


「わかった」私は母にお金を少しもらうと、すぐに家を出た。


斉藤雛子さんの家に行く前に花屋に寄り、鉢植えの花をさがした。どうせなら既に花が咲いている方がいいし、しばらく花が咲きつづける方がいいだろう。


シンビジウム、シクラメン、ポインセチア、クリスマスローズなど、けっこういろいろな花が置いてあったが、値段の手頃さからマーガレットの鉢植えを買うことにした。


「これは春頃まで花が楽しめますよ」と花屋の店員さんが教えてくれた。


「マーガレットの花言葉をご存知ですか?」と店員さんに尋ねる。気にする人は気にするだろうからね。


「花言葉は花の色によっても変わるんだよ。マーガレットの場合、ピンクは真実の愛、黄色は美しい容姿、白は秘めた愛、だったかな?」


「じゃあ、このピンクのにします」


包装されたマーガレットの鉢植えをもらうと、お金を払って店を出た。そして斉藤さんの家に向かう途中で須藤さんたちに出会った。

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