おまけ ミステリ研の機関誌
私、仲野蝶子はある日の放課後にミステリ研の部室に行った。お昼に兵頭部長に今日の放課後に来るよう言われたからだ。
部室に入ると、兵頭部長、美波副部長、山城先輩、田辺先輩がそろっていた。しかし、いつも部室にいる一色さんと神田君の姿は見えなかった。
「こんにちは、みなさん。遅れまして申し訳ありません」と私は先輩方にあいさつした。
「やあ、仲野さん。僕たちも来たばかりだから大丈夫だよ」と山城先輩。
「一色さんと神田君がまだ来ていませんね?」
「早めに部室に来ていたようだけど、僕が来た時に二人で出かけて行ったんだ。僕にはすぐ戻ると言ってね」
「え?あの二人、つき合っているの?」と美波副部長が聞いた。
「そんなことはないと思いますけど」と私は言った。よく本の感想を言い合っているから仲はいいんだけど、部室内限定だ。
「そんな感じじゃなかったよ。一色さんには一樹兄さんもいるしね」と兵頭部長。
「とにかく二人はじき戻るだろうから、本題に入ろう。今日はね、秋の大学祭、明応祭の準備について話したいんだ」
「例年明応祭では何をされているんですか?」
「機関誌の販売だよ。部員みんなに書評などを書いてもらって、それを集めて冊子にするんだ。創作でもいいよ」
「それを外に出した机の上に並べて売るんだよ。一部百円でね」と山城先輩。
「売れるんですか?」
「あまり売れないわね。部員が友だちに頼んで、何とか買ってもらえる程度なの」と田辺先輩が言った。
「前に一色さんが持って来た、女子高時代の文芸部活動報告みたいに、人目を引くような企画が必要かもね」と美波副部長も言った。
「私もあれは読みました。女子高の七不思議を追うとか、ちょっとおもしろそうな寄稿がありましたね」
「だから一色さんにアイデアを出してもらおうかと思ったんだ。来るのが待ち遠しいよ」と山城先輩。
「・・・でも、あれは一色さんが書いたものではなかったような?」
「一色さんの友だちの・・・確か藤野さんって方が書いたものだったわね。でも、一色さんが謎を解いたって内容だったんじゃない?」と田辺先輩が指摘した。
「実は一色さんは大学生になってからも一樹兄さんと一緒にいくつかの謎を解いているらしいんだ。それをあたりさわりない範囲でまとめたものを書いてもらうとおもしろそうだね」と兵頭部長が言った。
「え?一年生の一色さんに機関誌の目玉となる記事を書いてもらうんですか?」と私は聞き返した。
「一年だからとか言って遠慮する必要はないわよ。新進気鋭の作家が誕生するのを、私たちは大歓迎するわよ」と美波副部長。
「正直なところ、私たちは推理小説を読むのは好きだけど、自分で書けるわけじゃないし、気の利いた書評を書くのも面倒だし・・・」と本音を漏らす田辺先輩。
確かに私も原稿用紙何枚もの文章を書くのは面倒だ。文芸部なら作家志望の部員もいるのだろうが、ここ、ミステリ研には、推理小説作家になろうと考えている人は今のところいないようだ。
「一色さんに書いてもらうのには反対しませんが・・・」と私が言った時、部室のドアが開いて一色さんと神田君が入って来た。
「遅れて申し訳ありません」と謝る一色さん。神田君も頭を下げている。
「いいよ、いいよ。一色さんにはこれからがんばってもらうからね」と兵頭部長が言ったので、一色さんは怪訝な顔をした。
そこで改めて明応祭のための機関誌の発行を説明する兵頭部長。そして一色さんの女子高の文芸部活動報告に書かれていた『松葉女子高の七不思議を解き明かす』みたいな実際の出来事を元にした原稿を書いてほしいと言った。
「ああ、友人が書いたルポルタージュものですね?」
「そう。今回も君の遭遇した事件について書いてもらいたいんだよ」
「ほかのみんなも何を書くか考えて、今月中にタイトルを僕に報告してくれ。頼んだよ」
「一色さんの原稿がおもしろいとしてもさ、先に人を集める算段をしないと、誰も読んでくれないよ」と山城先輩が言った。
「何が言いたいの?」と聞く田辺先輩。
「機関誌を売るだけじゃなくてさ、お菓子や飲み物を用意して、それを売り出したらどうかな?」
「サービスでなくて販売するの?」と聞く美波副部長。
「抱き合わせ販売はどうでしょうか?お菓子を買ったら機関誌がついて来ます。食べながら読んでね、とか・・・」と私も言った。
「ちょっとおもしろそう」と好意的な反応を示す田辺先輩。「何を出したらいい?」
「串団子とかどうかな?白玉粉を買ってきて、部室で練って丸めて串に刺す。七輪で炙って醤油をつければいいから、そう難しくはないだろう?」
「砂糖醤油の方がいいんじゃない?」と言う田辺先輩。
「そのあたりも考えておいてくれ」と兵頭部長が言って話し合いは一応終わった。
山城先輩と田辺先輩はその後も団子にするか、別のお菓子にするか、また、飲み物をサービスするかなどを相談していた。
兵頭部長は美波副部長と印刷にかかる期間と予算について話し合っている。
「機関誌のことだけど、神田君は何について書くか考えはあるの?」と私は聞いた。
「うん。・・・SFミステリーの書評がいいんじゃないかって、ついさっき思いついたんだ」
「SFミステリー?」
「そう。SF小説なんだけど、未来世界で殺人事件が起こって、刑事が謎を解くって話さ」
「それは舞台が未来であるだけで、普通の推理小説風なの?」
「もちろんSFの設定が関係するのさ。・・・今考えているのはアイザック・アシモフの『鋼鉄都市』と『裸の太陽』って作品なんだ。『鋼鉄都市』ではある科学者が殺されるんだけど、凶器が見つからないんだ。凶器を運び出せるのはロボットだけで、人間には不可能って状況なんだ」
「なら、ロボットが犯人じゃない?」
「ところがアシモフのSF小説には『ロボット工学三原則』ってのがあってね、ロボットは人間に危害を加えることが絶対にできないように作られているんだ。だからロボットは殺人犯になれない」
「故障して狂ったロボットが犯人でしょ?」と私は指摘した。しかし神田君は首を横に振った。
「そんな簡単な結末じゃないよ」
「もうひとつの小説も同じような内容なの?」
「まあね。『裸の太陽』ではある男が殺され、その場には機能停止に陥ったロボットと男の妻しかいなかった。妻が容疑者なんだけど、やっぱり凶器が見つからないんだ」
「この作品でもロボットは殺人犯じゃないのね?壊れているみたいだけど」
「そうなんだよ」
「で、真犯人は誰なの?」
「それは言っちゃだめだろ。気になるなら自分で読んでよ」
「そうね」と私はうなずいた。「推理小説の書評を書くのに、結末を明かせないのが難しいところね」
「そう。続きは本を買って読んでねって、宣伝みたいになっちゃうね。・・・ところで仲野さんは何を書くか決めたの?」
「私は、まだ迷っているけど、この前読んだ『八つ墓村』の漫画について書いてみようかなって思ってるの?・・・ほかに漫画になった推理小説はあったかしら?」
「さあ。・・・心当たりはないかな」
その時、部室の傍らで兵頭部長が一色さんに話しかけているのに気づいた。
「一樹兄さんがまた暇がある時に来てくれってさ」
「また、何かの事件の相談でしょうか?」
「そうかもね。その件についても謎が解けたら原稿に書いてね」
「実際の事件について書いてもいいんでしょうか?」
「関係者の名前を仮名にしておけば問題ないさ」
「わかりました。考えておきます」と一色さん。期待されて大変そうだった。
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書誌情報(昭和四十四年当時)
アイザック・アシモフ/鋼鉄都市(早川書房、1959年8月31日初版)
アイザック・アシモフ/裸の太陽(早川書房、1965年7月31日初版)
影丸譲也(原作横溝正史)/八つ墓村(週刊少年マガジン、1968年10月13日号(42号)~1969年4月20日号(17号)掲載)
影丸譲也(原作横溝正史)/八つ墓村(前編・後編)(講談社コミックス、いずれも1969年10月10日初版)
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