第2章 松葉女子高の七不思議を解き明かす

第1話 突如出現する影法師

(昭和四十二年に当時松葉女子高校二年生だった藤野美知子が、友人の一色千代子とともに松葉女子高の七不思議を解き明かし、その概要を所属していた文芸部の活動報告にまとめた。以下はその内容に加筆修正したものである。従って語り手は藤野美知子になる)


松葉女子高にも七不思議と呼ばれる怪異現象が語り継がれている。我々文芸部の松葉女子高ミステリー調査班(Matsuba girls' high school Mystery Reportage)、通称MMRは、それらの謎を解き明かすために立ち上がった。


なお、MMRのメンバーは、語り手である私、藤野美知子と、女子高生探偵の一色千代子の二人である。


七不思議の一番目は、昭和四十二年一月、私が女子高一年生の時のお話である。クラスの友人たちと学校の七不思議の話で盛り上がった日、そのことを当時別のクラスだった一色に話すと、一色は「最近自分も怪奇現象を見つけたんだ」と話してくれた。以下、物語風に記述する。


「ただ今回の怪奇現象は、単純な謎だからね。君にもすぐわかると思うよ」と一色は私に言った。


私は一色の後について教室を出た。一色は階段を上り、南校舎の二階に来ると、西の方に向かった。


松葉女子高校の築五十年の木造校舎は上から見ると口の字形をしている。廊下は中庭側に面しているが、中庭を見下ろせる木枠の両開きの窓は、一・五メートル間隔で並んでいた。最近の鉄筋コンクリート製の校舎のように、端から端まで窓が連続しているわけではない。


南校舎の真ん中を過ぎたあたりに来ると、一色が中庭に面した窓の一つに近寄った。


「藤野さん。君は目がいいかい?」


「ええ、両目とも二・〇よ」私の視力は無駄にいい。


「じゃあ、北校舎と西校舎の曲がり角付近の窓の中を見てごらん」


北校舎の東の方から、一人の女子生徒が廊下を歩いてくるのが、とびとびの窓越しに見える。北校舎には美術室があるから、美術部の生徒だろうか。


その女子生徒は、北校舎の、西から二番目の窓の中を通り過ぎた。


そして、北校舎の、一番西の窓の中を通るとき、似たような背格好の女子生徒が二人、横に並んで歩いていた。


「え?」


その後すぐに、西校舎の一番北側の窓の中を一人の女子生徒が通過した。


「見たかい?あの北校舎の端の窓の中だけ、女子生徒が二人になったろう?」


「え、ええ・・・」


「今度は西校舎の廊下を北へ歩いていく生徒がいるよ」


その女子生徒も、北校舎の端の窓の中を通るときだけ、似たような女子生徒と二人並んで歩いていた。


二番目の窓の中を通過するときは、また一人に戻っていた。


「あっ、そうか」


私の声を聞いて、一色が満足そうな笑みを浮かべた。


「あの、北校舎の端の廊下に、大きな姿見があるのね」


「そう、あそこに大きな鏡があって、前を通る女子生徒の姿を映すため、あそこだけ二人いるように見えるんだ」


あれが私のクラスでも話題になった七不思議の一つ、『廊下を歩いているといつの間にか自分の隣に女子生徒が並んで歩いている』なのか。


廊下の片側に大きな鏡があって、それを知らないで歩いていくと、当然自分の姿が映る。自分の横に自分とそっくりの女子生徒、影法師ドッペルゲンガーが突然現れたように錯覚するから、そりゃ驚くだろうな。


「おもしろいけど、確かにすぐ謎が解ける怪奇現象だね」


「今度は体操服を着た生徒が二人並んで西校舎を歩いているよ」


同じように鏡の前を通れば、今度は四人に見えるはず。そう期待して見守っていたが、鏡の前を通ったとき、女子生徒は二人しか見えなかった。


「ええっ?」


ところが北校舎の二番目の窓の中を通った時も、女子生徒が二人見えた。


「どういうこと?姿見がなくなったの?」


「大きな鏡を動かすには人手がいる。人が移動させた様子はまったくなかったから、鏡はあそこにあるはずだ。行こう、藤野さん!」


一色がそう言って廊下を西方向に足早に歩き始めた。私もすぐに後を追った。


曲がり角を曲がって西校舎を歩く。そして北校舎との曲がり角に近づくと、そこに大きな鏡があるのが目に入った。


「姿見はあるわね」


その鏡は廊下の壁に沿って置かれていた。縦横二メートルずつある大きな鏡だった。鏡の下の方に、「昭和十年寄贈 ○○工務店」と白い文字が記されていた。


鏡の前に立つと、自分の全身が映った。全身が映る姿見は家になかったので、自分自身の姿に見とれてしまった。なかなかかわいらしい女子高生じゃないか、私は。


「見てごらん、藤野さん。鏡の左右に引き戸がある」


確かに鏡の左右の壁に引き戸があった。この鏡の向こう側にある部屋の出入口だろう。


「この二つの引き戸が同じ部屋の出入口なら、さっき歩いていた二人の女子生徒の一人が左の引き戸から入って、右の引き戸から出てきたとすれば説明がつくね」


なるほど、と私は思った。一人が部屋の中に入り、もう一人が廊下を歩けば、鏡に映るのは一人だけ。本人と鏡に映った像を合わせて、二人にしか見えない。


私は左側の引き戸の上に、「応接室」と書かれた表札があるのに気がついた。


「この部屋、応接室は、普段生徒が出入りする部屋じゃない。女子生徒の一人が応接室に入った理由は何なのだろう?」


そう言って一色は、鏡の左側にある引き戸を少し開いて中をのぞき込んだ。


「ああっ!」突然一色が叫んだ。


「藤野さん、誰か先生を呼んできてくれっ!早く!!」


「は、はいっ!」


一色の指示に反射的に従って、私は今来た廊下を南の方に走り出した。そして階段を駆け下り、一階にある職員室のドアを勢いよく開けた。


「失礼します!」


私が職員室の中を見渡すと、先生が何人か机の前に座っていた。その先生たちの目が私に集中している。その中に私のクラスの担任の中村先生の姿を見つけ、私は大声で叫んだ。


「中村先生!それからほかの先生も!すぐに来てください!」


「何事なの、藤野さん?」中村先生が立ち上がって私に聞いた。


「え・・・と、よくわかりませんが、北校舎の二階の応接室で何かあったみたいで、先生をすぐに呼ぶよう頼まれたんです!」


「そう、とりあえず行ってみましょう」


中村先生はそう言って、音楽担当の吉野先生の方を見た。年が近く、親しくしている先生らしい。


「私も行きますわ」吉野先生も立ち上がった。


三人で階段を上がり、応接室へと向かう。さすがに先生がいるので、走るわけにはいかない。


「誰があなたに私たちを呼ぶよう頼んだの?」


「一年四組の一色さんです。たまたまそばにいたもので・・・」


「ああ、事件が、事件がってよく騒いでいる子ね」と音楽の先生が言った。


私が最初に一色に会った時、一色は「私は一年四組の一色千代子、探偵さ」と自己紹介した。


その時の私は開いた口がふさがらなかった。私は外見が中学生に見える小柄な一色を見下ろして、「何を言ってるんだ、このお子ちゃまは?」と思ったものだ。


その場に居合わせた一色の友人が、「一色さんは探偵小説が大好きなの。実際に頭はいい人よ。学年で一位か二位の成績を取るほどだから」と説明してくれた。


私は「見た目は子供、頭脳は大人ってやつだな」と納得した。


当時の一色の口癖は、「何か事件はないかい?」だった。その一色の探偵好きは、先生の間でも知れ渡っているようだ。


私と二人の先生がようやく応接室のところまで来ると、引き戸の前で一色が待っていた。


「何事なの、一色さん?」中村先生が一色に聞いた。


「あ、この鏡は、応接室の中にあった鏡ね」と吉野先生が廊下の姿見を見て呟いた。


「これを見てください」一色が引き戸を思いっきり開いた。


先生たちと私は、開いた引き戸から応接室の中をのぞいて絶句した。


応接室は北校舎の西の端にあり、北側と西側に窓がある。北側の窓は開いていたが、西側の窓は閉まっていた。


部屋の中央に十人くらいの来客に対応できるような大きなテーブルと布張りのソファーがあり、その周囲の床に大小様々の箱が無造作に置かれていた。応接室の東側の壁にはガラス扉の書棚が並び、中に写真、賞状、トロフィーのようなものが陳列されていたが、ガラス扉の一つが割れ、床や箱の上に無数のガラス片が散乱していた。


ガラス扉の書棚の横にはもう一つの引き戸があり、こちらからも廊下に出られるようになっている。おそらく鏡の右側にあった引き戸だろう。


中村先生たちは応接室内の惨状を見てしばらく茫然と立ち尽くしていたが、


「と、とりあえず教頭先生に伝えないと」と中村先生がようやく言った。


「わかりました」吉野先生がそう答えて、足早に応接室を出て行った。


「さっきの女子生徒の一人が、応接室に入ってガラス扉を壊したってこと?」


私は一色に聞いた。一色はかぶりを振った。


「中に入った女子生徒は、廊下の鏡の前を歩いていた女子生徒にすぐに追いついている。このガラス扉は強くたたかないと割れない。女子生徒が一撃で割るのは難しいだろう」


確かに、左側の引き戸から応接室の中に入り、すぐに右側の引き戸から出てこないと、もう一人の女子生徒に追いつけないだろう。それに自分で割ったのなら、割れたガラスの破片をあびてけがをする危険がある。


「このガラス扉を故意に割ったとしたら、その目的は何なのだろうか?」


「中のものを盗るため?」


書棚の中で倒れたものを見ると、その上にも細かいガラス片が散乱していた。


「素手ではけがしそうね」と私は感じたことを述べた。


「この部屋に入った女子生徒が素手だったのか、出てきたときに何か持っていたのか、さすがに窓越しではわからなかった」と一色。


私は応接室の窓に注意を向けた。西側の窓はグラウンドに面している。グラウンドに体操服を着た女子生徒が何人かいるのが見えた。北側の窓は体育館に面していたが、誰も見えなかった。


西側の窓は閉まっていて、その窓は割れていないので、グラウンドから何かが飛んできたとは考えられない。


そこへ、音楽の先生が教頭先生を連れてやってきた。教頭先生は初老の男性だ。


「何てことだ!」応接室の惨状を見て教頭先生が悲鳴を上げた。


「誰がこんな事を!?」そう言って教頭先生は私たちを見た。


「ち、違います。私たちはたまたまここを通りかかって・・・」あわてて弁明する私。


「この部屋の戸が少し開いていて、何気なくのぞいたらこの状況を発見したんです」


私の言葉に続けて一色が説明した。若干事実を簡略化した説明だった。


そのとき、二人の体操服を着た女子生徒が二人、応接室に入ってきた。


「申し訳ありません。ガラス扉を壊したのは私たちです」


その二人は、校庭で部活をしていたソフトボール部の部長と副部長だった。彼女らの説明によると、ソフトボールの打球がそれて、応接室の中に飛び込んでしまったということだった。ソフトボールを回収しに来た部員がガラス扉の書棚が割れているのに気づき、部長に報告して相談し、たった今謝りに来たところらしい。


教頭先生に説教されているソフトボール部員を尻目に、私たちはそっと応接室を出た。


「で、どういうこと?」私はすぐに一色に尋ねた。


「聞いた通りさ。打球が応接室の中に入った。ソフトボールを回収するために二人の部員が来て、一人が左側の引き戸から中に入り、すぐに部屋の中に落ちていたソフトボールを見つけ、拾って右側の引き戸から出た。もう一人は誰かに見られていないか、廊下で見張りしながら歩いていたのだろう。そこをたまたま私たちが見ていたのさ」


「でも、グラウンド側の窓は閉まっていた。・・・その女子生徒がソフトボールを拾ったときに閉めたの?」


「・・・さあね」一色にしては珍しく歯切れの悪い言い方だった。


でも、応接室の中に入ってソフトボールを拾い、すぐに右側の引き戸から出た女子生徒に、窓を閉める余裕があったのだろうか?


私は一色を見つめた。私が応接室の中を見る前に、一色は先生を呼んで来るよう私に言った。私は窓が開いていたのか閉まっていたのか、確認していない。


「・・・ひょっとして窓を閉めたのは一色さん?」


一色は否定しなかった。


「なぜ?ソフトボール部員をかばうため?」


「ちょっと違うかな。・・・西側の窓が開いていれば、ソフトボールが落ちてなくても、状況からソフトボール部が疑われるだろう。・・・そうなると、ソフトボール部の部長が先生に呼ばれて、質問されることになる」


一色はひと呼吸置いた。


「疑われる前にソフトボール部が謝りに行った方が先生の心証も良くなるだろう。そのための時間稼ぎさ」


「探偵が謎を作ってどうするの?」


「面目ない、としか言い様がないね」


私は、一色を非難する気にはなれなかった。


後で中村先生に聞いたところによれば、応接室の中にある資料の整理のため、姿見を廊下に出していたとのことだった。普段あまり使わない部屋なので、空気の入替えのため、北側と西側の窓を開けていたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る