第25話 神田君を巡る女性たち

私、仲野蝶子がいつものようにミステリ研の部室に向かっていると、途中で神田君と出会った。そのまま一緒に部室に向かう。


雑談しながら歩いていると、二人の女子学生が私たちに近づいて来るのに気づいた。


「神田く〜ん、その子は新しい彼女?」と私たちを見てからかうように声をかける女子学生。この二人は、以前に商学部の講義室で会った川崎さんと大宮さんだ。話に聞いた財布瞬間移動事件の当事者だ。


「ち、違うよ。彼女はミステリ研の部員だよ。ただの友だちだよ」とあせって否定する神田君。


「ふぅ〜ん」私を値踏みするような目で見る川崎さんと大宮さん。私はちょっと不快に感じた。


「何を話していたの?楽しそうだったじゃない?」


「いつものように読んだミステリの話だよ」とごまかす神田君。


「そう?それならいいけど・・・」


「最近、誘っても一緒に遊びに行ってくれないわね」ともうひとりが言った。


「い、今金欠でね。バイト代が入ったらまた・・・」


「そう?楽しみに待ってるわ」


「浮気しちゃだめよ」と私をちらっと見てから二人は笑いながら去って行った。


「ふう・・・」とため息をつく神田君。


「好かれているのはいいけど、監視されているようで疲れるんだよ」


実際に監視されてるじゃないの、と私は思った。多分、二人とも神田君のことを好いているわけではないだろう。


「まだバイトを頑張っているの?」


「いや。・・・講義に出ないのもまずいから、最近はほどほどにしている。・・・もう彼女らにあんまりお金を使いたくないよ」


バイト漬けの日々がけっこうこたえていたようだ。


「・・・彼女らにいつまでつきまとわれるのかな?」と神田君がぼそっと言ったので、


「一色さんの推理を吹聴したからよ。自業自得よ」と言っておいた。


ミステリ研の部室に入ると一色さんが来ていて、ひとりで本を読んでいた。


「こんにちは、一色さん。今日は何を読んでいるの?」


「こんにちは、仲野さん、神田君。この本はロバート・ブロックの『気○○い』で、ヒッチコックの映画『サイコ』の原作だよ」


「あの映画は衝撃的だったね。・・・あんな異常者がアメリカには実際にいるのかなあ?」と神田君。そうそういてたまるもんですか。


「スリラー、と言うか、犯罪小説ね。本格好きの一色さんがそんなのを読むなんて珍しいわね」


「原作がどんなものなのか、興味が出たからね」と一色さんは言って微笑んだ。


「神田君は何か新しい本を持って来たの?」と席に着きながら私が聞いた時、部室のドアが開いた。


私たちがドアの方を見ると、知らない女子学生が入って来るところだった。絶世の美女と言うほどではないが、こぎれいな顔をしている。


「あ、いたいた。神田君?」と神田君に話しかける女子学生。


「さ、さ、咲田さん?」驚く神田君。咲田さんと言えば、確か財布瞬間移動事件の被害者、と言うか、財布の持ち主だ。


「ちょっとね、ミステリ研に興味があってね」と言って部室に入ると、咲田さんは部室内を見回した。


「あ、初めまして。商学部一年の咲田ひとみです」と私たちの存在に気づいてあいさつする。


「どうも。・・・こんにちは」私と一色さんが頭を下げる。


「部員の仲野さんと一色さんだよ」と私たちを紹介する神田君。


「ところで、ミステリ研に興味があるって言ったけど、入部希望なのかい?ミステリ好きだとは知らなかったよ」


「細かい活字を読むのはあまり得意じゃないの」と咲田さんは言って勝手に神田君の隣に座った。


「私にも読めるような本があるかしら?」


細かい活字が苦手って読書に向いてないだろ、と思いながら、


「子ども向けのホームズ全集とか、怪盗紳士ルパン全集なら読めるんじゃない?」と話しかけた。


「子ども向け?・・・う~ん、そうねえ」と渋る咲田さん。ほんとうに読書する気があるんだろうか?


「咲田さんは漫画は読むかい?」と聞く神田君。


「ミステリの漫画があるの?」


「うん、ちょうど今日持って来てるんだ」と神田君は言ってカバンの中から一冊の本を取り出した。石森章太郎の『佐武と市捕物控 縄と石』という漫画の単行本だった。


「あ、石森正太郎なら読んだことがあるわよ。『龍神沼』って漫画はとっても良かったし、弟から『サイボーグ009』を借りて何冊か読んだこともあるわよ。テレビでも放送されていたわね、去年。もっとも私は受験勉強で観なかったけど」と咲田さん、


「この『佐武と市捕物控』はどんなお話しなの?」と一色さんが聞いた。


「江戸時代の下っ引きの佐武と、座頭市みたいな居合切りの達人の市が、いろいろな事件を解決していくという内容だよ。下っ引きとは岡っ引きの部下のことさ」と説明する神田君。


「これなら読めそう」と言って漫画の単行本を手にする咲田さん、


「漫画と言えば、『ルパン三世』って漫画が青年向けの雑誌に連載されていたわ」と私も口をはさんだ。


私を妙な目で見る一色さん。


「『ルパン三世』って、アルセーヌ・ルパンの孫のお話しなの?何で孫なの?それに仲野さんはどうしてそんな漫画を知っているの?」


「知り合いからちらっと聞いて知っていただけよ」とかわしておく。


「ところで」と咲田さんが話しかけてきたので、私たちは咲田さんの方を向いた。


「四月に私の財布がなくなったと思ったら、施錠したゼミ室の中で見つかったことがあったじゃない」


私たちは咲田さんの言葉にドキッとした。


「あ、ああ・・・」と口ごもる神田君。


「ひょっとして、私の財布を隠したの、神田君じゃない?」と咲田さんがとんでもないことを言った。


「な、な、な、何言ってるんだよ!?僕じゃないよ!」あわてて否定する神田君。


「でも、部屋の鍵をかけて、また鍵を開けたのは神田君だったよね?」とさらに追及する咲田さん。


「しかもミステリ研に所属しているから、トリックを考えるのが得意なんじゃない?」射貫くような目で神田君を見る咲田さん。


「ぼ、僕は、ミステリを読むのは好きだけど、謎を解いたり、まして自分で謎を作ったりすることは不得意なんだ!」あせる神田君。


「第一、あんな嫌がらせみたいなことを咲田さんにする理由がないよ!」


「・・・そうねえ。あんなことで私の気を引けるわけじゃないしね」と咲田さん。男はみんな自分に好意を寄せると思っているのかな?


「神田君はそんな人じゃないよ」と一色さんが助け舟を出した。


「それより、なぜ神田君のことを疑ったの?鍵をかけた人だからなの?」


「それもあるけど、川崎さんと大宮さんが神田君のことを噂していたのよ」


「あの二人が僕のことを何て言ってたんだい?」


「確か・・・見た目と違ってけっこう頭がいいとか、そんなことを言っていたような。そのためか、二人が一時神田君につきまとっていたじゃない?そのことが頭の片隅に引っかかっていて、最近例の財布の件をたまたま思い出した時に、もしかしたら神田君が何か知ってたんじゃないかと思いついたわけなのよ」


見かけによらずけっこう鋭いな、と私は思った。


「あいにく僕は何も知らないんだ。もちろん犯人でもないよ」と神田君。さすがに一色さんが推理した、川崎さんと大宮さんのいたずらだったんじゃないかということは言わなかった。


「一色さんはどう思う?」神田君が一色さんに話を振った。一色さんに後始末を任せるの?ちょっと卑怯じゃない?と思った。


「何、その子?頭がいいの?」と一色さんを見る咲田さん。


「一色さんは女子大生探偵なんだ。こう見えて、警察の捜査にも協力しているんだ」一色さんをほめる神田君。おいおい、と思う。


「そうなの?見かけによらないわね。・・・一色さんでしたっけ、あなたはどう思う?」


「どう思うと言われましても、どんなことが起こったのか知りませんけど」としらばっくれる一色さん。


「実はね、私と神田君は同じゼミのグループで、他の学生と一緒にゼミ室に行ったら、私の財布がないことに気づいたの。そこでゼミ室に鍵をかけて講義室や学生食堂を探して、事務室に紛失届を出して、ゼミ室に戻ってきたら、机の上に財布が置いてあったのよ!部屋を出た時には何もなかったところに!」


「事務室に紛失届を出したのは、講義室などを探しに行く前でしたか、後でしたか?」と一色さんが咲田さんに聞き返した。


「え?・・・もちろん探した後よ。講義室にないことを確認したから紛失届を出しに行ったはずだけど」


「事務室に行って紛失届を出した時に、もう一度講義室を確認するよう言われて、それで探しに行ったんじゃないんですか?」しつこく聞き返す一色さん。


「え・・・と、どうだったかしら、神田君?」さすがに三か月も経って記憶がおぼろげになっている様子の咲田さんだった。


「え?」咲田さんに聞かれて戸惑う神田君。困惑して一色さんの顔を見るが、一色さんは咲田さんに見られているので顔をまったく動かさなかった。


困惑した神田君が今度は私の方を見たので、私は必死に目くばせした。


「・・・先に事務室に行ったんじゃなかったかな?」私の思惑に気づいた神田君。


「そうだったかしら?・・・でも、それがどうしたの?」


「咲田さんたちが紛失届を出して事務室を出たのと入れ違いに、落とし物の財布が届けられたんじゃないですか?それを受け取った事務員が、ちょうど用事があって早退しないといけなかったので、咲田さんたちが戻って来るゼミ室に合鍵で入って、財布を置いて帰ったんですよ。そのまま咲田さんに伝言を残すことも、紛失届を取り下げておくことも、忘れてしまったんじゃないでしょうか?」


「そ、そうなのかしら?」と咲田さんが神田君に聞くと、


「多分そうだよ。少なくとも僕は財布に触ってないよ」と神田君が言った。


「・・・そう考えると謎でも何でもないわね」と納得した様子の咲田さん。記憶があいまいになっているのでうまく言いくるめられたようだ。


「謎解きっておもしろいわね。私もミステリに興味を持ってきたわ」


「ミステリ研に入部するのかい?」と聞き返す神田君。


「男子部員はほかにはいないの?」


「兵頭部長と山城先輩の二人しかいないよ。女子部員はあと二人いるけど」


「ふ~ん、どうしようかな?」と悩むそぶりを見せる咲田さん。私は咲田さんが入部したら面倒ごとが起こりそうに思って、心の中で「入部しないでくれ~」と祈った。

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