第18話

 事件の三週間後、島田涼真という人物が大都城市の警察署に出頭してきた。凶器と靴を血の付いたゴミ袋に入れて持っていた。戸籍上は大西紗良の夫で行方不明になっていることは分かっていた。

 鑑識の鑑定の結果、凶器に付着していた血痕は大西のもので、指紋は島田のものしか付いていなかった。

桜井警部が他の物はどうしたと訊くと、「ガラス切りなどの道具は隣町のコンビニのゴミ箱に捨てた」と供述した。

 島田の自供によれば殺害の動機は復讐だと言う。

「4年前大西晴斗、杉本大地、古川律人と自分の4人で海釣りに行った時、自分が大西に突き落とされ、その後漁船に救われたが記憶を失い、最近、記憶を取り戻し自宅に帰ると、妻の紗良が大西と暮らしているので調べると、紗良を手に入れるために自分を殺そうとした、と大西と杉本らが飲み屋で喋っているのを聞いて復讐しようと思ったんだ」と告白した。

 犯行の手順について桜井が訊くと、「車は近くに停めて、歩いて大西宅の門の所まで行って、中に入る前に靴を取り替えた。その時は自首する積りはなかったので証拠を残さないようにするためだった。それでわざと庭の土を踏んで靴裏に土をつけた。そして裏に回り大西の部屋には誰もいないようだったので、ガラス切りで鍵の付近を切ってガラスを外し、鍵を開けて室内へ侵入、ドアの陰に隠れて大西が来るのを待った。トイレの水の流れる音がして大西が部屋に入ってきたので、後ろから催眠スプレーを吹きかけ床に寝かせた。その時自分の身体が机にぶつかりトランプを落としてしまった。

 そしてゴミ袋の外側から竹包丁を掴んだまま、返り血を浴びないように大西の頭から首にかけてゴミ袋で覆ってから首筋を切った。金は殺害の後強盗に見せかけようとしたものだった。

それから凶器を袋ごと持って部屋を出たところで、紗良とぶつかって弾き飛ばしてしまった。紗良はその瞬間短く悲鳴を上げ、ソファの背もたれに勢いよく衝突し、その拍子に体を後ろ向きに一回転させ、ソファとテーブルの間にお尻から落ちるのと同時に頭をテーブルの角に強打したようだったので、心配だったが逃げる方を優先させた。

そして外へ出てから靴を履き替え足跡を消した。そこからはゆっくり歩いて車に戻り自宅へ帰った。

 テレビのニュースを見ていたら、紗良は3日間も意識を失うほどの大怪我をしたと報道されていたので、申し訳なく思う気持ちと、首を切った感触が手に残っていて時間が経つに連れてそれが恐ろしくなったし、あんなに激しく血が飛び散るとは想像もしていなかったので怖くなった。ずっと悩んできたが目的は達成したんだし、逃げていてはいつまでも紗良に謝れないし、真帆にも会えないとも思い自首する決心をした」

島田涼真はそう供述した。

その話と、室内の足跡を除いた痕跡との間に矛盾は無かった。確かにソファで一回転したのならあの不自然だと思われていた足跡と妻の倒れていた位置の説明がつく。

「大西の部屋をどうやって知った?」桜井は訊いた。

「前もって何回もあの家を深夜訪れそれらしい部屋の窓下でじっと様子を窺って、大西の声がした部屋だったからそうだと判断した。その時に侵入しやすいように庭にあった棒切れを窓下に立てかけたんです」そう島田は答えた。確かに、被害者の部屋の窓下に1メートルちょいの棒が立てかけられていて、それを足場に賊が部屋に入ったことは足跡から分かっていたが、妻も娘もその棒のことは知らないと言っていた。

 桜井は室内の足跡を重視するなら、大西殺害までを妻が行い部屋を出たところで島田が凶器などを受け取って逃走したと考えられるが、妻が行った部分で、トランプを床に落とすという偶発事象は妻から話を聞かなければ島田は分からないはずだし、窓下の棒についても同じことが言えるから、必ず連絡手段を持っていなければ説明が出来ないし、それを証明できなければ共犯説は成立しない。だから、妻の携帯、メール、SNSなどの履歴を調べる必要がある。押収した島田涼真のパソコンや携帯には妻との交信履歴は無かったし、押収した以外に携帯などの契約をした形跡は、すべての事業者の記録を調べて貰ったが無かった。

 桜井は島田涼真の言った町へ捜査員を行かせて、島田を助けた漁船の船長や山内食堂、入院していた病院などのほか、地元の警察や海上保安庁へも捜査員を派遣して事情を聞き取りさせて、島田の自供の裏を取った。

 

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