第19話
島田涼真の供述から桜井は杉本と古川に海での島田涼真転落事故について、事情を訊いたがいずれも殺害を否定した。それに証拠は何も無かった。
その数日後、紗良が弁護士に連れられて、涼真に面会したいと桜井に許可を求めて来た。桜井は10分と言って会わせた。
面会の初めの数分間は互いに無言で見つめ合って泣いていた。そして紗良が手を合わせ頭を下げると涼真はにこりとして頷き胸を叩いた。それを見て紗良は笑った。それから涼真は海の転落事故について紗良に話した。助けられた後の沙希とのことも全部話したうえで、大西と杉本と古川が居酒屋ですべて紗良を手中に収めるための計画だったと話し「証拠が無い」と残念がった。すると紗良が「あるよ」と笑顔で答えた。「杉本が酔って私に話したのを全部録音していたので、きっと役立つから後で持ってくる」と紗良は言った。涼真は手を合わせて紗良に頭を下げていた。
桜井は隣の部屋のミラー越しに会話を聞いていた。
二人の面会後、桜井は妻を別室に呼んだ。
「奥さん、島田涼真さんとはいつ連絡を?」
「連絡は取っていません。自首するまで行方不明だと思ってました。今、新しい携帯番号を聞いたところです」そう答えた妻は、久し振りに島田に会ったせいなのか、明るく水を得た魚のように生き生きとしているように見える。
「島田さんは、事前に大西家を調べていたと言ってます。その中で会ったのではないですか?」
「いえ、それはありません」
「近所の人も不審人物が大西宅の周りをうろついていたと証言しています。買い物とかの時声を掛けられたりしたんじゃないんですか?」
「いえ、そういうことは有りませんでした」桜井には、被害者の妻が妙に落ち着いているように見える。
「お二人が犯行前に会っていたとすれば、足跡の説明もできるんです。奥さんが窓から侵入して大西さんを刺して部屋からでたところで、島田さんが凶器などを受け取り靴も取り替えて玄関から逃げる。奥さんはそれからコンビニへ行く・・・こう考えると辻褄が合うんですよ」桜井に自信はあったが、証拠が無い。相手の反応を窺っていると、妻はクスリと笑って「警部さん、大西が起きている間、島田はどこにいたと言うんですか?それに、警部さんの言うようなことをする理由はなんですか?」
「室内には入れないでしょうから、玄関前で待っていたんじゃないかな?」
「そしたら何時、室内へ入ったというのでしょうか?私が靴を脱いで玄関を開けて迎え入れたとでもいうのでしょうか?玄関前に彼の足跡も残りますよね?それに早くコンビニへ行かないと時間の辻褄が合わなくなりませんか?」
「奥さん、なかなかミステリー好きですな。そのあたりはこれから実証実験をします。それと、そうした理由は捜査を混乱させるため、かな?」
桜井は、妻が島田に会ってから随分口数が多くなったと感じる。やはり大西より島田を愛していたんだと実感し、大西殺害の可能性が高くなったとも思った。
「足跡の違いは私と島田の体重差でできたと確認できたのですか?」
「それは微妙でして、今、細かく分析しているところなんですよ」
「警部さん、結果は教えて頂けるのですか?」島田涼真の妻としての島田紗良の言葉や言い方には、気迫のようなものすら桜井に感させる。
「はい、どういう結果が出てもお伝えします。それと、任意なので拒否しても構わないのですが、携帯の通信履歴を見せて頂けないでしょうか?電話とかメールなどなんですが」
桜井がそう言っても妻は返事をせず、無言のまま携帯をバッグから出して履歴の画面を表示して無表情でテーブルに置いた。
桜井はそれを受取って履歴を遡って見るが島田や不明先との通話履歴は無かった。
「通話は無いようです。メールとかは?」そう言って桜井は妻に携帯を返すと、妻はメールの履歴画面を表示させて「どうぞ」と言って桜井に見せる。
やはり無い。その他の通信手段による履歴にも島田との受発信は無かった。
「これで、分かってもらえました?」妻がぽつりと言う。
「はい、ありがとうございました」そう言って桜井は携帯を返した。
妻が帰った後、桜井はどういう事なのか分からず唸った。
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