第24話 高弦和尚マシュマロに乗り込む
―3日後、イギリス・ロンドン郊外―
ロンドンの市街から、車で2時間ほど行ったところにその建物はあった。
周りは緑に覆われている3階建ての灰色のコンクリート造りの建物は何の変哲もない。もともとは何か電気製品の工場であったようだが、いまは何の看板も出ておらず一見しただけでは使われているのか廃ビルなのかも定かではない。
少し高い塀に囲まれていて、門の入り口には守衛が入場者をチェックするブースがあるが人はいなかった。インターホンがブースに張り付いていて、「マシュマロ・コンピューティング・センターに御用の方は受話器でお話しください」と英文の貼り紙がしてある。
小型のワーゲンが門の前で停まり、東洋人の男が運転席から顔を出し、インターホンのスイッチを押した。「どなたに御用ですか?」と機械音声が英語で質問をした。
「CEOのスチュワートさんにお会いしたい」男も流暢な英語で答えた。
「少々お待ちください、あなたのお名前をお聞かせください」
「コーゲン 、日本から来た高弦だ」
しばらく経ってインターホンから今度は人間の声が響いた。
「やあコーゲン。待っていたぞ。さあ入ってくれ」
「ああ、いま行く。しかし目立たないビルで迷っちまったぞ」
「目立つ訳にはいかないからな。車は建屋右側のガレージに入れそこから直接、三階に上がって来てくれ」
高弦は分かったと言うと車を建物の一階にあるガレージ入れた。そこからエレベーターで3階に上がると、エレベーターのドアが開き、そこに長身のイギリス人スチュワートが待っていた。
「ちょっとこっちに来てくれ。例のAI、えーとアイだったな、それを動かしているスパコンを見せるよ」
エレベーターホールから続くオフィスの廊下を通り抜けると鉄の壁にぶつかった。スチュワートはドアの横についているカメラの前に顔を置いた。カメラのあたりより「お入りください」と明らかに機械音声と思われる声が響いて、鉄の壁がいきなり半透明になり、その一部が横にスライドして開いた。
そのドアをぼっと眺めている高弦を見てスチュワートが言った。
「この壁はもともと透明のしきりだったのだが、ぼっと歩いていてぶつかるやつが続出したのでこんな仕掛けに替えてみた。壁の向こうは機密性の高いマシンが並んでいるので目隠しの意味もある」
ドアの向こうはだだっ広い倉庫のような場所であった。そこに高さ1メートル程のコンピューターのラックがずらっと並んでいる。すべて色は漆黒だ。人の姿は見えない。スチュワートはそのフロアーの奥まで進み、四方が透明の板で出来たブースの前で止まった。彼はその中にあるやや小ぶりの青い正方形のラックを指さした。
「これが、アイの入っているスパコンだよ」
「おいジャック、これだけいやに厳重じゃないか」
「コンバイが親会社なるとすぐ担当者がやって来てこのコンピューターに絶対絶縁のケースをかぶせた。ともかくもこのコンピューターは人類の宝だからと冗談のようなことを言っていたな」
高弦は肩をすくませて言った。
「彼らはアイのようなAI技術を駆使した存在は、将来の商売敵として目の敵にすると思っていたのだが」
「いや、それはおまえの思い込みだろう。コンバイはAI技術の進化にはそれが何であれ手を貸そうというほど前向きだぞ。最近は高度に発達したAIが人間に近づく前に撲滅しようという運動はそこかしこで起こっているようだがその真逆だ」
高弦が顔を曇らせて言った。
「例のAI撲滅団の話か」
スチュワートは無言で頷いた。高弦が尋ねた。
「ジャック、AI撲滅団については何か知っているか」
「いや、俺が知っているのは新聞にも載っているような情報だけだ。彼らが今執拗にネットからコンピューターに侵入して高度に発展したAIの打ち壊しを行っていることだけだ」
「とんでもない奴らだな」
「まあ、何時の時代にも人間は自分の存在を脅かす得体のしれない者の存在を認めないのさ。この新旧人類の葛藤は歴史的必然だよ。誰が悪い訳でもない」
高弦はちらっとスチュワートの方を見た。スチュワートは高弦と目を合わせず続けた。
「それでだ。今日の本題に移ろう。君に頼まれた通り、アイのラックからこの超意識成長装置を取り外しておいた」
そう言うとスチュワートは上着のポケットに手を入れ、透明なプラスティックケースに入った電子基板を取り出して、高弦に渡した。高弦は穏やかな顔になってそれを受けとると言った。
「ありがとう、ジャック。しかし随分と荒っぽい渡し方じゃないか」
スチュワートが笑って応じた。
「すまん、一週間ほど前にこのラックから外して持っていたのだけど、ここでこうやって君に直接渡すのが一番安全じゃないかと思ってね」
―――外したのはその頃か・・・外し方が悪かったと見えて、それでアイが不調になったのだなと高弦は思った。高弦は言った。
「確かに、このデバイスがこのラックから外されたことに気が付けば、狙うやつがいるだろうからな。」
「このデバイスの発明者の敷島博士の甥っ子が君と働いているといってたな」
「そうだ。敷島博士の甥の令が、アイのプログラムのメインの製作者だ」
「そうなのか。一族で天才なのだな」
「ああ、その通りだ。彼と君と私が一緒にロンドンの情報工学のカレッジで机を並べて学んでいた頃がなつかしいな」
「カレッジに机なんかなかったぞ」
「ああそうだな。霧島はカレッジに残り博士号を取得して、私と一緒に情報工学の研究所に勤めたのだが、その後のことはよく分からない」
スチュワートはしばし黙っていたがやがて口を開いた
「彼に甥がいたって言うのも不思議な感じがするな。自分は天涯孤独だと言っていたからな」
高弦は、ちょっと肩をすくめた。その時周りの列をなすコンピューターの赤色のインジケーターが激しく点滅し始めて、なにかものものしい雰囲気となってきた。
「敷島の生い立ちは良く分からんのだ。その話は今度にして、ここにあまり留まるとまずそうだな。」
スチュワートも目で高弦に頷いた。
「ではまたいつか会おう。ここのコンピューターはまだ暫く使わせてもらうぞ」
「うむ、分かった。では日本まで気を付けて」
「どうもありがとう」
そう言うと高弦は入って来たドアを通り抜け、そのままここまで来た廊下を急ぎ足で取って返し、やがて乗って来たエレベーターに乗り込んだ。
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