第23話 アイの意識が遠のく

 オーピエツでのバッタ退治から一か月後、横浜のアイシーのオフィスは連日、世界中の研究機関や企業よりアイについての問い合わせを受けていた。主に歴史的なものや考古学的な文献の解読の依頼であった。それ以外にもAIとしてのアイのプログラムに関しての称賛の声や質問、提携の提案など前向きな問い合わせが多く入った。その一方、AIを発展させすぎる事への警鐘、やっかみと感じられる誹謗中傷の手紙やメールも送りつけられて来た。

 アイシーでは月曜日の午後一に定例会議を開くことになっていた。出社も勤務時間も全くの個人裁量になっていたが、週一回はともかくも会社のメンバーが全員顔を合わせ、プロジェクトの現状報告や情報交換、今後のアクションについてすり合わせるためだ。会社のオーナーの高弦和尚が参加することもある。

 オーピエツに出張していた三人が帰国して丁度一週間経っていた。日本で留守番だったリナからキャロルが今回のバッタの退治劇を3分程の動画にまとめてSNSに公開した結果、毎日数百件の問い合わせがあることや、その動画では陵が非常に目立ち、その歌声についてバズっていることを告げた。中には、陵の立ち振る舞いの結果バッタを退治することが出来たと勘違いされていたものもあった。

 この会議に陵は朝食と昼食を兼ねたミックスピザを食べながら臨み、リナに露骨に嫌がられながらも自分の歌が褒められたと考えて満更でもない顔つきをした。会社オーナーの高弦は、最初のプロジェクトの大成功にも拘らず苦虫を噛み潰したような顔をした。陵は自分のこの行儀の悪さが原因かと思い、「和尚、申し訳ないです。これから気を付けます」と言った。高弦は陵の方を見もせず、不愛想な表情を変えなかった。

「それで次のプロジェクトなのだけど―――--」仁が本日の会議の本題に入ろうとした。リナが「ちょっと待って、今、令と山田さんが来る」と言って隣の作業室との間のパーテーションの方を見た。そのパーテーションについている扉から無言で令が、そして「ごめんなさい」と言いながら山田が会議室に入って来て、会議机の前に座った。仁が話を続けた。

「今まで、全く引き合いが無かったのに、この一週間で100件以上の引き合いが来ている。一番多いのは過去からのメッセージの解読だ」

「具体的にはどんなものなの」とリナが聞いた

「まず世界各地の歴史的古文書の解読。有史以前の遺跡の壁画の分析、地上絵の分析、などというものもある。それとどこかの国の秘密情報機関と思われるところから機密文書の暗号分析など、ともかく意味が不明なものを読んで欲しいというものだな」

「それは、もともと私たちが目指してビジネスね。素晴らしいわ」とリナが言った。

仁が続けた。

「それと、その次に多いのが、アイを産業用のプログラムとして使いたいというもので、農場での害虫駆除や工場での品質改善、建設工事現場での安全管理などだな。そして、人との対話の仕事関係もあって、コールセンターなどでの問い合わせ対応への応用、うーんそして遊園地で子供への応対の仕事―――つまり一緒に遊ぶということのようだけど、まあそんなものも来ている」

 リナが、仁が話している間、視点が定まらず口を閉じたままの令とそれを心配そうにみている山田に気が付いて二人に声を掛けた。

「令君、山田さんどうしたの?何かあった」

 令がボソッと言った。

「アイの意識が遠のいている」

「えっ」と陵、仁、リナが令のほうを見た。高弦も無言のまま二人の方を見た。気持ちが遠くに行ってしまっている令に代わって山田が続けた。

「今までも時々あったのだけど、今朝、アイに問いかけても、新しいコマンドを送っても殆ど反応しないのよ。それで午前中呼びかけやっていたのだけど、時々弱々しく『ぼくは大丈夫です』と返事をするだけでそれ以上反応がないわ」

「最後に反応があってからどれ位経つ?」高弦が尋ねた。

「そうね、2時間くらいです」と山田が答えた。

「その前はどんな様子だった」

「今日の朝の7時位にコマンドを出したけど反応がなくて、10分後にコマンドの内容確認が来ました。通常数秒後に来るものです。そしてその後も同様にコマンドを送ったのですが反応が段々と悪くなり15分、20分と更に時間が掛かるようになり、現在は2時間止まったままなのです」

「そうか、とすると」高弦が低い声で言った。

「もう帰ってこないかも知れないな」

「そんな―――」と令が言うと一同顏を見合わせて黙り込んでしまった。

 アイのシステム全体に付いて誰よりも客観的に知っている高弦にそう言われると言葉を返しようがない。

「あ、いやいや冗談だ」高弦は取り繕うように言ったが笑う者は誰もいない。

「令と山田さん、ともかくもアイの意識回復に引き続き注力をお願いします」

「そうだな、ともかくアイがいなくては今後のビジネスどころの話ではないからな」と陵が言った。

 高弦が再び口を開いた。

「仁、今引き合いが来ている話の中に、遊園地からのがあると言っていたようだが、その情報を教えてくれないか」

「それは、横浜の湾岸地区に出来る未来型の遊園地で、来場者に対応するコンシェルジユサービスを行うロボットを動かすプログラムに応用するというものですが、詳細はメールでお知らせしましょう」

 高弦はうなずきながら立ち上がった。

「なるほど。ではよろしく頼む。私は一週間ばかり日本を離れる。次のミーティングの時に会うとしよう」

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