第18話 バッタ襲来にそなえ音痴な歌に磨きをかける?

アリは朝から緊張していた。今日の午後あたりは悪魔バッタが現れそうなのだ。今年は小麦の実りはまあまあで、本来ならばこの畑の責任者としての一年目の大役を終えることが出来る。しかし、今年は赤銅色のバッタがこの国に大量発生していて、アリの畑に舞い降りて来るのも時間の問題なのだ。

 一週間前にキャロルより連絡があり、次にバッタの襲来がありそうになったらバッタ駆除のためにやって欲しいと言われていることがあった。それはバッタが襲来するタイミングで、日本のアイシーにコンタクトしアイのインストラクションに従って、アイから送られて来る音楽を畑で流すというものだ。

 アリと同じようにセルラ―ホンを持っている友人の農夫達と麦畑に出て、キャロルから渡された音声拡大用の携帯スピーカー、即ちメガホンで、野外コンサートのようにそれを流せと言うのだ。アリは野外コンサートいうものは観たことがなかったが、遠くまで音を届かすために拡声器で音を大きく出すことだろうと理解した。そしてその音楽とはアリが先祖代々伝えられたバッタ払いの歌の原曲であると告げられた。

 その日の朝、隣人のイスマールが畑の上空で数匹のバッタが旋回しているのを見たという。いよいよ悪魔の襲来だ。バッタが大軍で押し寄せる前にアリは今回協力者してくれる農夫仲間に連絡して小高い丘と森に囲まれたアリの麦畑の中央に集まった。そして仲間たちにこれからの手筈を説明するので待つように言うとセルラ―ホンから指定されたアイシーのウェッブサイトにコンタクトした。アリは一体どんな形でアイシーが応答して来るかとどきどきしたが、なんと若い男の子の声で流暢なアリたちの母国語であるオーツエビ語で話して来た。

「こんにちは。アリさんとアリさんのご友人の方々。初めまして僕はアイです。今回,、あのバッタの駆除を担当します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 アリと友人たちは、びっくりして一斉にアイに応えて、少しリラックスした表情になった。アイが続けた

「今回、ここでやる歌でバッタを追っ払う方法はアリさんの家に代々伝わる方法です。アリさんのお父さんやおじいさんもやった様なのですよ。残念ながら成功はしなかったのですが。歌い方がちょっと違ったのかもしれません」

 しばし、沈黙があったが、アリと友達は一斉に笑い出した。友人の一人が言った。

「アリは音痴だからな。親父さんや祖父さんもきっと」

 アリは赤くなって頭を掻いた。

「うちの家族はみんな歌なんかだめなんだよ」

「ああ、やっぱり」

 それでまた一同笑った。アイが言った。

「あ、失礼。でも今まで成功しなかったのはアリさんの家系は先祖代々歌が下手だったからではありません」

「ああ良かった。えーと良くはないのだが。それで?」

 アリはアイに本題に入るように促した。

「問題は、バッタの駆除に効果があるのは一つのメロディや音ではないようなのです」

「この災害は千年以上も前から時々起きていて、アリさんの先祖やそれ以前の人たちが歌で駆除に成功したのは、いくつかの音の重なりがあるタイミングで起こった時なのです。その音の重なりは人間にはただの雑音に聞こえるのですが、バッタ達には息が止まるほどの致命傷を与えます。そして上空に逃げてしまうのです」

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