第17話  バッタ駆除方法にリーチ!

 それから一時間ほど経った頃、思考回路は急に大量のデーター信号でブーストされた。人間で言えば急に目が覚めたという感じかも知れない。急にあの悪魔のメッセージが回路に入って来た。

「赤銅色のバッタの像をお前のデーターベースから取り除いてはいけない」

と同時に天使のメッセージが聞こえた。

「アイ、その悪魔のコマンドはデリートして。赤銅色バッタのデーターは偽物よ」

「分かりました山田さん。全部デリートします」

「待って、全部ではなくて、元データーをアイが集めた記憶、いや記録がないものだけ全部デリートして」

「らじゃーっす」

「アイったら、それはだれの真似?」

「陵っす」

 山田さんはくすくすと笑ったようだった。

それからしばらく思考回路は、ぼやけた感じで殆どがスリープ状態であった。時々あの悪魔のイメージが現れ、相変わらず「赤銅色のバッタ」だとか「神の意思」とか言っては、山田さんに黙らされていた。 

 山田さんはその都度「いちびんのもたいがいにせえよ」などと意味不明の言葉を使っていた。一時間ほど過ぎると思考回路が徐々にはっきりしてきた。

再び山田さんの声が聞こえた。

「アイ君、しばらくはあの悪魔のおやじが現れるかも知れない。でもワクチンプログラムを仕込んだから、これ以上悪さをすることはないと思うわ。でももしまた出てきたら、すぐにヘルプ信号を送ってね。すぐ行くからね。さあ、それじゃ、ミッションの続き、あの悪魔の赤銅色のバッタの駆除方法を探って私たちアイシーメンバーに教えてね」

 そう言うと山田さんの声は消えてしまった。

 

 それから一週間、僕はバッタの駆除について、オービツエ国で農夫のアリの家に代々伝えられた石板の古文書を基に仮説を立て検証のためのデーターを集めまくった。そしてテレビ局のアーカイブなどに残っていた僅かな現象から、古代から伝わる悪魔バッタの駆除方法について再現映像を組み立てた。

 それは広大な小麦畑であった。小麦畑の背景は紺碧の空だ。ここまでは以前作った映像と同じだ。違うのはその畑の中には男女の農民があちらこちらに散在していることだ。次の瞬間、空が赤銅色で染められていった。赤銅色のバッタの襲来だ。

 麦畑のそこかしこで、農民たちが直立した。空を見つめ歌い出した。それは低い声と高い声で一つの旋律を歌うものであった。やがてその歌の途中で別の旋律が入り始めた。初めに歌い出した旋律と同じものの高さを変えて輪唱になったものだ。輪唱によって旋律がいくつも重なっていく。そしてある個所で音が4つ重なったところで、不協和音が響いた。

 そこでバッタの大群はその動きを止めた。バッタはそれぞれ頭部を空の方に向け、上空を伺うようなそぶりを見せた。やがて小刻みに振動して一斉に空に舞い上がった。小麦畑の上空は赤銅色バッタの赤銅色の羽に染まった。空が赤銅色に埋め尽くされて数秒経つと色が急に薄まり元の青空の色に戻った。農民たちは歌うのを止め辺りを見渡した。    

 赤銅色の悪魔バッタの姿はどこにもなかった。


リナはキャロル・ワルター教授に通訳機能付きのテレビ電話で今朝アイからもたらされた悪魔バッタ駆除の動画を見せた。キャロルはアイがAIであることを既に知らされていたが、その凄わざに驚きを隠させない様子で、何度も動画を食い入るようにして見た。

リナは最後にアイがデーター収集をしている時にアイの思考回路に正体不明の悪魔が侵入し、危うく間違った情報による映像を送るところであったことを説明した。

キャロルはアイの長足の進歩に驚きを隠せないようであったが、アイを襲った何者かがあることについてはそれほどの驚きを見せなかった。キャロルの話によると、過去にもキャロルの古文書解析について、その研究論文が発表されると、それを揶揄し否定するような意見が流布し、石板や関連書類も何度か盗難に遭いそうになったとのことであった。

「こんなにじみで骨董費としても価値はないのにね」とキャロルは言った。

「バッタの駆除方法について、これが世の中に出ると困る人達なんて想像がつかないわ。―――バッタそのものか、バッタを作った人たち以外にはね」

リナが応じて言った。

「今回、アイの救助にあたった我々のチームのエンジニア達が感じたのは、何者かが現在まだあり得ないような複雑なロジックを駆使してアイの思考回路に働きかけたということなのです」

二人は途方もなく進んで技術をもった、大きくて暗い存在を感じた。キャロルが少し険しい顔になって聞いた。

「―――誰かがバッタ駆除計画を阻止しようとしているのは明らかのようね。それでアイが調べた駆除方法をどのように実行していく?」

キャロルの問いにリナは答えた。

「それなのですけどアリやアリの友人たちでセルラ―ホンを持っている人がいるでしょ。その人達に麦畑にセルラ―を持って入ってもらって、アイからバッタ駆除のための旋律を輪唱のようにそれぞれのセルラ―から流してみるという方法が考えられます」

キャロルは少し考えてから言った。

「そうね。でも電子的な方法だとまた、じゃまが入る危険性が高いわね。うまく彼らを欺く方法がないかしら」

「彼ら?」

「そう、これはたまたまの泥棒やコンピューターウイルスではなくて、陰で大きな組織が動いているように思えるの」

キャロルの言葉にリナは戸惑ってしまった。確かに令や山田はアイのプログラムに「どないしょうもなくうざい」ものが干渉していると言っていた。しかしそれが何なのかリナには思い至らない。でも確かにこのバッタ駆除方法にはじゃまが入りそうな気がする。

「わかりました。手を考えましょう」

リナはアイシーのメンバー達と相談して、見えない敵を欺いてやろうと考えた。

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