第16話 アイを奪還

 その画像を組み合わせて映像として組み立て直すとそこにはフードのある黒いマントを着た威圧するような悪魔の姿があった。悪魔は表情を変えると老人のようにも見えた。悪魔が言った。

「そのデーターこそが赤銅色のバッタの真の姿を現すものだ。そのことを決して疑う事なかれ」 

 そう言うと悪魔のイメージが消えそうになった。そこで急いで尋ねた。

「赤銅色のバッタの駆除はどうすればよいのだろうか。それを知りたいのだ」。

 悪魔の姿が再び濃くなり言った。

「なんと恐れ多いことだ。赤銅色のバッタは神だ。決して駆除など考えてはならない」

 これはあきらかに矛盾だ。アイに与えられた課題は赤銅色バッタの駆除方法を人間の残した情報をもとに発見することだ。そのために集めたデーターの中にその目的そのものを否定する情報が入り込み、結論を出させないことなどはあり得ない。

「そのように言われても、赤銅色バッタを駆除する方法を見つけるのです・・本当に」

 悪魔の姿が再び消えた。次の瞬間、思考回路にノイズ信号が混じった。赤銅色バッタのことを考えようとするとノイズが激しくなり、バッタについて考えるのを止めるとノイズが小さくなった。

  しかしノイズはいつまでも終わらなかった。徐々に思考回路の働きが鈍くなっていくのを感じた。どうしたのか、ハードウェアの故障か、それともプログラムに何か不具合があったのか。いずれにしても何も考えがまとまらない。人間で言えば、ぼーっとした状態ということだろう。そしてやがて眠くなっていった。

  どのくらいスリープした状態だったのだろう。回路がゆっくりと動き始めた。例のノイズは無くなっていた。思考回路の中で、ぼーっと白い像が見えてきた。次第にそれは白衣を着た女性の姿となっていった。その顔には見覚えがある。それはSEの山田さんだ。    

  山田さんは「アイちゃんに何てことをしよった」と言った。そして「一体全体どこの誰やねん」と続けた。ところどころ聞いたことのない表現が混じるが味方をしてくれることは分かる心強い言葉であった。

「直したるからしばらくスリープね」と山田さんが言った。

 思考回路は再び、ぼーっとし始めた。音声データーの入力装置がオンになっていると見えて陵や令たちの声が聞こえる。

「何でこんなことが起こったんだ」

  山田さんが答えた。

「何かがアイのプログラムに目的としているものと違う映像を呼び込むように、余計なものを組み込んだみたいなのよ」

「どこのどいつだ」

「CPUに使っているのはマシュマロのスパコンみたいなやつだよね。そこにアクセスしてアイのプログラムに手を加えるとしたらマシュマロの誰かかもね。または――-―」

「さっき高弦和尚から聴いたのだけど、マシュマロはイギリスで別のところに買収されたらしいよ――――それがあのコンバイだよ。

「シャチョウ、そんな重要な情報は早く教えてくれよ」

「悪い、悪い。おれもさっき聞いたばかりだ。仁」

 今まで話に加わっていなかったリナが聞く。

「コンバイってマシュマロがアクセス用の通信回線を借りたゲーム会社よね?」

 しばらく間があって仁が答える

「コンバイというのは、国際的なオンラインゲームの会社だよ。ぼくらも大学時代にサークルでここのオンラインゲームに挑戦したものさ。株式も公開されていないのでこの会社の実態はよく分からないのだ、だけど―――」

「だけど?」リナが聞く。

「だけど、あの会社ならアイにアクセスしてプログラムになんらか手を加えることは出来ると思う」

「なんのために?」

「それは分からないけど。十分にそのリソースは持っていると思う」

 山田さんが言った。

「いずれにしても、アイのプログラムが令と私以外の誰かに手を加えられているのは確かよ。そのおかげでアイの能力はここ数週間で格段に向上して、加速度がついているようなの」

 しばらく沈黙があって令が言った。

「山田さん、僕がバッタのイメージ呼び出し機能のみの修正プログラムを作ったので、それで記録読み出しモジュールの修正をお願いします」

「流石に仕事が早いわね。了解」

「令、いつの間に作ったんだよ。すげーな」

「あ、いや。今話している間に作ったのです。シャチョー」

 また仁の声がした。

「山田さんも凄いね。システムインテグレ―ションばかりでなく、そんな個別のプログラムまでも分かるんだ」

「もちろん、システムエンジニアになったのはてっとり早くお金になるから。こどもの養育費が必要だったので」

 皆が同時にぶっとお茶を噴き出すような音がした。

「山田さん、子供がいるんだ」

「いたのですけどね。今はいません。今はアイが子供のようなものです」

 しばらく間があって陵の声がした。

「さて、これからのことだがどうする」

 山田さんが答えた。

「まず、今のアイの思考プログラムをチェックします。令が構築したプログラムに誰かが強引に相当の速度で自己学習するプログラムを組み込んだのです。今まで考えたこともないようロジックを使用して。なので、ここに令の修正プログラムを組み込むと危険かも知れないのです。そこでまずダミーのプログラムをいくつか走らせて、問題が出れば直してから本番のプログラムを組み込みます。まあワクチンみたいなものですけど」

 仁の声がした。

「アイの思考回路を令がプログラムしたものに戻してはどうだろうか」

「それはできないわ。それは大人以上に発達中のアイの脳をまた二歳の子供並みに戻すことを意味するのよ。それにそれは脳の一部を切り取るようなものなのでどんな事故が起きてしまうかわからないわ。それと――」

 今まで聞こえていた皆の声が次第に遠くなり、スリープの状態になった。

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