第15話 悪魔現る
リナがびっくりした顔になった。
「誰がなんのためにそんなことをしたのかしら」
「わからない。そもそもアイ自体のプログラムも、今も誰かがどんどん書き換えているようなのです」
今まで作業室の端でメンバーの話に加わることなくじっと話を聞いていた山田が少し怒ったような顔になり大きな声で独り言を言った。
「しょうもな。いちびんのもたいがいにせえよ」
陵と仁が顔を見合わせた。
「山田さんって、関西だったっけ」
「そうだと思う。こてこての大阪人じゃないかな。時々ヒョウ柄着ているし」
令が場を繕うように言った。
「まあ、アイの性能自体はこの誰かのおかげで格段に向上しているので・・・それで今の問題は想定外のデーターが出てきたのでアイが分析をこれ以上進められないことにあります。新たな仮説を提示しないと先に進めません」
仁が補足した。
「つまり、本来は小麦の実った畑があって、バッタが出てきて小麦を食い尽くしそうになる。そうすると、バッタを駆除してそれを止めさせようと人間が出てきて、バッタを追い払うための行動をとる。その効果が出てバッタがいなくなる。その行動は何かをアイは見つけようとしている。しかし今は何故かアイがその分析を行おうとすると、人間は現れずバッタがはびこり王となるイメージに行き着く。そういうことだよな、令」
「その通りなのです。何者かがアイがこの件を考えようとすると、最終的にはそのバッタの王様のイメージに行き着くようにデーターを置いているらしいのです」
リナが言った。
「何か腐ったものをおいて食あたりをさせているようね」
山田が半分標準語に戻って言った。
「アイにそんなことしくさるなんて許さない。わたしがそいつをしばきます」
陵が妙な関西弁で言った。
「おう、しばいたれ。たのんまっせ」
一同思わず笑って、山田の方を見た。しかし彼女はこちらを見ずに既に真剣な表情でワークステーションに向かってキーボードを叩き始めていた。
――アイの思考の中で――
令たちに小麦畑とバッタの映像データーを送って、説明をしている途中で、「ちょっと待って」という令の声と共に会話が切れてしまった。
この合間を利用して状況を整理してみる。
「小麦畑を席巻する生命力が強く通常の方法では不可能な赤銅色のバッタの駆除ほうほうを見つける」という目的に対して、紀元前三千年まで遡りヨーロッパやアジア各国の博物館に保管されている資料で赤銅色のバッタについて書かれているものを探った。
それらの多くは粘土板や羊皮紙に書き込まれた文字の形で現存するものであった。殆どは既に解読された文字であったので赤銅色バッタの生態についてはかなりのことを知ることができた。
そのバッタがどんな姿であったかについては壁画の写真からその標準的なイメージを描くことができた。そのバッタの生態や習性については5世紀以降の紙の形で残されている農書、その土地の伝承を記したものなどからおおよそ掴むことができ、伝承に関しては更に20世紀になってから、各国のテレビ局で作られ、アーカイブに残された報道番組などから知ることができた。テレビ局の報道番組では農民たちが、先祖がいかに赤銅色バッタを追い払ったかについて述べられていた。
ここまで集まったデーターから、バッタが小麦畑に現れそれを古代の人間がどう追い払ったかを推論して映像で表そうとした。
しかしその時だった。バッタについてのデーターが一瞬にして違うものに変化した。集めた記録も記憶の無いデーターだ。そのデーターを用いて映像を構築しようとするとどこからか中世ヨーロッパの文献に現れる悪魔と似た画像がデーターの中に現れた。
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