第14話 誰かが忍び込んだ?
アイの意識の中にはずっと昔の広大な小麦畑の景色が映っている。抜けるような青い空の下に良く実った麦の畑が広がっている。平和な景色だ。突如西の空の一角が曇り、ほんの数秒で空の半分を覆い尽くした。その雲は段々と地面に向かって降りて来た。雲の要素を成す粒状のものが次第にはっきりと見えてきた。それはごく短い長さの鈍い赤銅色の円筒状のゴムのような物質の塊であった。
その無数に見えるゴムの塊が一斉に小麦畑の上に着地した。そのゴム塊は地上に着くと数秒後に赤銅色のバッタに替わって行った。その赤銅色のバッタが群れになって小麦の穂に飛びついてかじり始める。多数のバッタがかじったために赤銅色の穂が瞬く間に消えて行く。
これはいつの光景なのか。アイが収集したデーターではこのような形でのバッタの襲撃の情報は無かった。少なくともこのような映像情報はない。しかしアイは、直感的にこれは太古のオーツピエの麦畑だということを理解した。でも誰が何故このバッタの映像情報を送ってきたのだろうか。令の解釈を聞きたい。アイはこのおぞましいと感じられる風景の中で次第に意識が乱れるのを感じた。
アイシーの作業室では陵、仁、リナ、山田が先程からワークステーションのモニターを食い入るに眺めている。そこには人工物と思われる赤銅色のバッタが小麦畑を食い尽くす光景が映っていた。-
陵が令に尋ねた。
「これって、いまアイが見ている景色か」
「いや見てはいません。アイにインプットされたデーターを用いて、最初にあのバッタが現れた時の状況をイメージで構築しているのです。我々に容易に理解させるために」
「でも、このバッタの変態の光景は一体どこから持ってきたのだろう」
仁が聞いた。令が暫く考え込み、ちらっと山田の方を見て言った。
「それが良く分からないのです。外から取り込んだデーターだけで映像が作られた訳ではなさそうだし」
「そうなのよ。最近私たちが寝ている間に、勝手にシステム構成が変えられていることがあるのよ」と山田が言った。
令が続けた。
「そしてどこからか、いつのまにかデーターを取り込んでいるんです」
「っていう事は、この映像は誰かがアイに読ませたものってことなのか」と陵が言った。
「それでアイがどう対処して良いか分からないのでアドバイスを求めているのです」と令が言うと陵が面白そうに言った。
「そのゴムみたいなバッタの映像が本物かどうかもわからんもんな」
その時、ワークステーションのスピーカーが突然ガーガーという音を発してアイの電子的な合成音による声が聞こえた。
「・・・・みなさんお元気ですが。僕も元気です」
令が以前アイに教えた挨拶から始まった。
真っ先に仁が応答した。
「ああ、皆元気だ。ありがとう。アイ君も元気そうだな」
このあいさつのやりとりでアイへのログインが出来た。
「そうなのです。例の古文書に関するデーターは集まってきています。そこでそのデーターをもとにこの古文書が書かれた時代の風景を描いてみたのです」
「それがあのゴムバッタの襲来か」と陵が問いかけた。
「・・・それが、何故あの映像が出たのか良く分からないのです。私が探し当てたデーターの中にはあのゴムのバッタに関する情報は一切ないのです。収集した昔の麦畑のイメージを構成しようとしたところ、突如あのバッタの映像が現れたのです」
「どういうこと」リナが令の方を向いて尋ねた。
令がアイとの交信用のマイクのスイッチを切って言った。
「誰かがアイも気が付かない間に、ゴムバッタの映像のもととなるデーターを送り込んだようです」
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