第11話 赤銅色バッタ退治会議
アイシーの作業室で令はアイと対話をしていた。アイの言語解析能力が劇的に向上した後はアイとのインターフェースは基本的にキーボードではなく言葉による音声インプットだ。プログラムの更新や必要なデーター収集の指示も、口頭で説明しながらアイにコマンドを送っている。
口頭での入力はまるでアイに対して友人と対話し相談しているようだ。一つのタスクを果たすためには追加機能として何が必要か、その機能を使って分析を進めるためにはどんな情報が必要かなど話し合いながら決めている。
そして令が作るプログラムは基本的に手動で彼が入力し、「うまく動いている?気持ち悪くない?お前なら大丈夫だろ、がんばれよ」などと言いながら、それが上手く動いているかを口頭で確認している。
この会話を隣の部屋で作業をしているリナが聞いて「あなたたち、まるで兄弟ね」と言った。令は「いやどちらかと言うと親子のよう――なのかな」と言った。
令によるとアイは自分で与えられたミッションの遂行に必要なデーターを自分で考え自分で探しているという。そして、データー分析に必要なプログラムがあればそれを自分で考え作ることもできるようになりつつあるらしい。令はまるで親として子供の学習能力向上を助けるようにアイの勉強を助けているつもりなのだ。
令の言葉を借りればアイの能力はまだ成長途上の高校生並なのだが、地球を半周回って考古学者キャロル・ワルターよりもたらされた課題に果敢に取り組み始めた。それは砂漠の彼方より突如現れ、畑の小麦を食い尽くす悪魔バッタの駆除方法の発見である。
ワルターからの依頼のメールをもらった翌日アイのコンピューター端末を前にアイシーの主だったメンバーが揃った。バッタを殲滅するための方法を相談するためだ。この会議には現地のキャロルとアリも参加することになった。
「こんにちは。キャロル・ワルター先生。アリさん。今日はよろしくお願いします」
アイシー側からの少年の様な声の呼びかけで会議が始まった。キャロルはオーツピエの研究所に、アリは小麦畑近くの自分の家にいる。彼らと横浜のアイシーメンバーはインターネットを介してリモート会議を始めた。リモート会議システムにアイの高速通訳機能を繋ぎ込んでいるので、それぞれ英語、オーツピエ語、日本語で話しても、やりとりは通訳で大きく遅延することなく進められることになっている。
「今日のメンバー、こちらアイシー側は、社長の陵、社員の仁、令、リナ、そして進行役は僕アイです」
全員の顔がモニターに現れ、それぞれの名前が画面にローマ字でクレジットされた。何故かアイだけアバターが映っている。
「社員って、わざわざ言わなくても良いじゃないか」とアイに向かって横合いから仁が言った。
「ハイ、アイム リョウ。ザ プレジデント。アイム プリーズド ツウ ミーチュー、トウデイ」
陵が何故か英語で言った。アイと令が同時に「シャチョー、英語じゃなくて良いのですけど」
「あっ。知っているけど、一寸言ってみたくてごめん」
アイシー側がバタバタとしているのをよそにキャロルが待ちきれず話始めた。
「こんにちは。みなさん。こちらはまだ朝よ。私はキャロル・ワルターそして・・・」
「おはようございます。アリ・アナスです」
「では、さっそく本題に入ります」アイが少年のような声で言った。
仁が「アリ君の家に先祖から伝わる石板はいつ頃のものなのでしょうか」と質問をした。
「それが、アリ君から借りた石板そのものは放射性炭素年代測定を用いて測定したところ一万年以上前のものらしいのよ。そしてこの石板は自然から採取されたものでなくて、セメントの様なものから人工的に作られたもののようだわ。多分この文字を刻みつけるためにね」
キャロルがそう答えるとアイが質問をした。
「放射性炭素年代測定の対象は動植物の遺骸に限られ、無機物及び金属では測定が出来ないのではありませんか」
「それが石板の中に、沢山の昆虫の死骸が閉じ込められていたの。アイ君は若いのに良く知っているわね」
「ありがとうございます。その昆虫とは例のバッタですか」
「そうなのよ。今被害をもたらしているバッタが捕獲できないので、断定はできないの。でも見た目はそっくりだわ」
アリが付け加えた。
「目が大きくて赤銅色なのです」
アイがアリに尋ねた。
「アリさん、アリさんの家ではその石板を代々受け継いできたのですね。何かに使っていたのですか」
「そうなんです。悪魔バッタが畑に出た時にこの石を畑に持って行き、石を見ながらお祈りの歌を歌うとバッタが退散するという言い伝えがあるのです]
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