第6話 関西弁の女性SE山田はめちゃ助けになる

 結局、高弦、仁、令のそれぞれの交渉は成果があり、メインプログム用にはマシュマロのコンピューター、記憶認識データーベース用のコンピューターはクラウドファンディングの実物投資として、参画した仁と令の友人達の200台ほどのPCを数珠つなぎにして使うことにした。

 メインのコンピューターは、未解読文書を読み解くために必要な知識は何なのかを考え、その知識を得るためのプログラムを自発的に作っていくプログラムなのだ。

 マシュマロのコンピューターは当面のこのメインプログラムの開発に使われることになった。そしてそのプログラムが完成したら、今度はそれを改良してアイシーのワークステーションでも作動するようにしてマシュマロから引き上げる。

 一方、仁や令の友人達のPCは歴史の記憶のデーターベースとして使われる。これはメインプログラムが考えるために特別に必要な情報のみならず、その情報がデーターベースに無い場合、どこを探せば良いかについてヒントとなる情報を貯える。そこには主立った世界の歴史や未解読のものを含めた古代からの言語情報とインターネットでのその閲覧先などが保存される。   

 また、プログラムが自発的にプログラムを拡張する中で、課題解決の推論をする場合、人間の頭脳が行うプロセスをシミュレートするため、人間の思考回路についての記録も保存する。

 これは具体的には令の幼いころからの日記や新たに令によって書かれた自分自身の記憶の記録などが保存されることになった。しかし、ここで一つ技術的な問題が起こった。遠く離れた地域間で接続するコンピューター間で膨大なコマンドやデーターのやりとりをするには、通常のインターネットの商用回線を用いていては、伝送に大幅に時間が掛かってしまうということだ。

 例えば令がプログラミングに日本国内の端末を使って作業をしても、イギリスにあるマシュマロのコンピューターがそのコマンドに対して、日本のPCのデーターを参照してリアクションするのに数十秒から数百秒掛かってしまう。それは令が日本の鎌倉大学研究所のコンピューターで作業していた時はどんなに時間がかかっても、一秒以内で出来た作業である。

 メイン・コンピューターがマシュマロに変わってからも、データー伝送がそれほど多くないうちは、令をはじめ誰もそのことにあまり気をとめなかった。しかし作成しているプログラムが高度化、複雑化しその上、日本の200台のPCから読ませ、フィードバックする情報が莫大になるに従い、プログラミング作業がまるでスローモーションのようになっていった。

 高速データー伝送用に専用回線を使用するためには莫大な通信費用が必要となる。スタートアップ会社でまだ売り上げのない今のアイシーには無理な話であった。この一難去ってまた一難の状況に高弦も陵や仁もお手上げであった。

高速処理に慣れた令やアルバイトのSE達はこのような作業環境は初めてだった。令はコンピューターの反応が遅くても平気で頭の中で常にプログラムをシミュレーションしていた。だが二人のSEは待ち時間をこらえきれず、大量に積み上げたコミック本を見て過ごしていた。

 その状態が1カ月ほど経ち、SEの山田が関西なまりでリナに「ぼちぼち辞めようかと思うのですけど」と言って来た。リナは慌てて言った。

「ちょっと待って山田さん、オンラインゲーム好きだって言っていたよね。やっていていいから」

 山田がちょっと考えてから言った。

「そう言えばオンラインゲームで思ったんやけど、うちが今やっているのはイギリスのコンバイっていう会社の対戦ゲームなんやけど、やり取りしているデーターは滅茶苦茶重いのに操作の反応が遅くなることはないです」

 リナは山田の顔をじっと見て言った。

「つまり?」

「つまり、コンバイがゲームで使用している専用回線を借りたら、マシュマロのコンピューターもサクサク動かせるとちゃいますか」

「ちょっとマシュマロさんに言ってみますよ」

「言うって何を?」とリナが聞いた。

「だから、コンバイの回線借りられんかなって。きっと向うは狭い世界で知り合いだと思いますから、なんとかなるんちゃうかな」

 そういうと、山田は新たなリナの机の横に合ったコミック誌を三冊わしずかみにすると作業スペースに戻って行った。そして三日後、何の前触れもなくコンピューターはさくさく動くようになった。

 これはマシュマロが、山田が言ったとおりにゲーム会社のコンバイの専用回線を借りることができたためであった。一件落着のように思えた。しかしこのことで、将来アイは大きなリスクにさらされることになる。

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