第5話 専制君主 

 陵は事務スペースで仁とリナに相談を始めた。令はプログラミング作業で手が一杯でミーティングには顔を出さない。鎌倉大学の研究センターのコンピューターが学長の方針で使えなくなることを話した。

 研究所のコンピューターを使えず、そこに繋げなくても、今はまだアイの能力が幼児段階なので、記憶させるデーター量やデーター解析の精度、速度への対応はアイシーの中にあるEWSを繋ぎ合わせて使えば何とか対応できる。

 だが次第にプログラムが複雑化し、また読みこませるデーター量が膨大になってくるので、このままいけば一か月以内にスーパーコンピューターほどの性能を持つものが必要となる。それが叶わなければ、このプロジェクトはストップしてしまう。

 陵は「高弦和尚も次の手を考えているらしい。さすがにあの爺さんやるな」と言った。

 陵の話によれば、ロンドンのオンラインゲーム会社マシュマロのスーパー級のコンピューターを使わせてもらうことが出来るかも知れないらしいのだ。そこは高弦がシステムエンジニアとして海外の国々をまたにかけて活躍していた時代の知り合いの会社で、高弦はすでにコンタクトを開始しているらしい。

 仁が陵とリナの顔を見ながら言った。

「しかしそれが確実になるまでプロジェクトチームとしてじっとしている訳にもいかないな。僕らも何か手段を探らなくては」

 リナが発言した。

「でも、なぜ学長は今までと手のひらを返したような態度に出たのかしら」

  陵が答えた。

「いや、それは良く分からない。高弦和尚もそこにはあまり触れたがらない。何かあるのだろうと思うけど―――。しかし確かなことは、学長はあの大学では絶対的な存在だから、学長が言ったことには誰も逆らえないのだ」

「専制君主みたい。いつの話だって感じね」

 リナと仁の会話に陵が割り込んだ。

「あの学長は宗教学の大家らしい。彼の思想では、機械が人間に近づくということを非常に敵視しているようなのだ。今までは、和尚の友人のコンピューターオタクの研究センター長が俺たちのプロジェクトに興味を持っていて、無条件にコンピューターを使わせてくれていたのだが。学長はそれを知らなかったらしくセンター長が退職する時にその話を聞かされて、いたく腹をたてたらしい。神でない人間が人間のようなものを作ると言うのは倫理にもとるなどと言って、今後ここのコンピューターを使わせることは一切まかりならんと言っているのだって」

 三人の脳裏に鷲のように鋭い顔つきをした学長の顔が浮かんだ。黙って聞いていた。仁が思いついたように話し始めた。陵ではなくリナの話を受けたように話始めた。

「専制君主か。それではこちらはそれに民衆の力で対抗するか」

「どういうこと?民衆って?」とリナが尋ねた。仁が言った

「あの学長は学内では学生や若手の教職員には全く人気がない―――というか嫌われている。言ってみれば彼らが民衆かな」

「その民衆に手を貸してもらう手があるのかい」

 陵の方を見て仁が言った。

「陵とリナの話を聞いて、一つひらめいた。コンピューターオタクの民衆の力をかりるのさ」

「どういうこと」とリナが聞いた

 仁が説明した。

「グリッドコンピューティングをやろう。インターネットでコンピューターのネットワークを作り、その上にあるCPUなどの計算能力や、ハードディスクなどの情報格納領域を結びつけて、ひとつの複合したコンピューターシステムのように使うのだ」

 陵とリナは理解不能という顏で仁を見た。

「僕の鎌倉大学の部活での仲間に協力を依頼したい」

「仁の部活って?」とリナが聞いた。

「なぞなぞ研究会だよ。そこでクラウドファンディングだ。彼らにこのプロジェクトへの出資ということで,、彼らのパソコンをネットワークに入れてもらってグリッドコンピューティングを行うんだ。これで行けるかちょっと専門家にも意見を聞いてみる」

と、何故か令がそこに立っていた。彼は少しはにかみながら話始めた。

「それは良い考えだと思うのですけど、高弦先生は大学ではコンピュータープログラムの教師だから教え子は皆まあまあ良いパソコンは持っています。皆、僕の友だちみたいなものなので、友達の友達を入れれば100人位に頼めると思います」

 リナが感心した声で言った。

「すごいわね。令にそんな友達がいるなんて。ずっと家でコンピューターばかり見ていたのかなって思っていた」

 令は顏に掛かるぼさぼさの頭を掻くしぐさをして言った。

「そうなのですけど、ネット上では結構友達はいましたよ」

 仁が令の方を見て言った。

「たのもしいな。まあ僕も鎌倉大学のなぞ研究のOBなので、なぞ研メンバーにPCを空き時間貸し出しできるか呼びかけて見る」

「なぞ研ってなぞなそ研究会?」令が聞いた。

 仁が少し笑いながら続けた。

「そう。まあ、彼らの方はこれ多分、何らかの将来への投資に繋がると考えると思う。結構現実的だからな」

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