第4話 令がプログラムを作るわけ

 アイシーの12畳ほどの作業スペースの端で令が昼夜ぶっつづけで作業をしている。彼と机を並べるパートタイマーのプログラマーも令の指示を受けながら作業をしている。この作業をしながらも、令は自分の体が限界に近づきつつあると感じていた。

 彼は子供の頃より自分の健康に不安を抱えていた。自分はまだ若者であるが、死が遠からず訪れるだろうと感じていた。今は連日の不休不眠の作業のためにますます体調が優れない。しかし彼には人には話したことのないある目的があり、その目的のために自分の体に鞭を入れてプログラム制作を続けていた。

 その目的とは、――コンピューターに自分の記憶と知識を学習させ、自分の分身を作り、遠からず朽ちてしまう自分の身体の替わりに、永遠に生き続けるというものであった。そして病弱であった子供の頃に描いていた宇宙飛行士になるという夢もそのコンピューターを搭載したロボットに託す。この目的が実現できる可能性を見出した後、彼は死の訪れを恐れなくなった。

 アイシーではアイのプロジェクト全体の進捗を管理するプロジェクトマネージャーの仁と経理や総務の仕事を担当するリナは九時にアイシーに出社し、それぞれ作業室の隣の事務スペースにデスクを置いてパーテーションで囲った執務場所で仕事をしている。

 2週間ほど前、仁は令が膨大なシステムを一人で構築するのは無理だと考え、令は頑なに拒否したが、令をアシストをするシステムエンジニア兼プログラマーをパートタイムで雇い入れた。

 パートタイムの山田は30歳後半の女性エンジニアでメインのプログラムを他のプログラムやデバイスに繋げるためのシステム構築をしている。彼女がアイシーに雇われ1ヶ月ほど経ち、令に依頼された単調な作業が続く中、席を立った山田がリナのデスクのところまで来て声を掛けてきた。

「なんか令さんっていう人、システムと話をしているみたいなんです。幼児を相手に話をしているみたいで・・・大丈夫ですかね」と言った。

 アイが意識を持ち、令と初めて意志疎通が出来てしばらくたった頃であった。リナはパソコンから顔を上げてしばらく考え、山田に向かって言った。

「令は山田さんに何も言わないのね。令の子供が生まれたのかな」

 山田は何と切り返して良いのかわからず言った。

「そうすね」

 それから数日経った日の午後、デスクでリナが険しい顔つきでパソコンに向かっている。部屋のほぼ中央に置かれたソファーで仁がなにやらタブレットを覗き込んでいる。出社時間は不定の陵が事務スペースに突然入って来て、バッドニュースだったと言った。

「バッドニュースってなんだよ。それで、だったって言うのは解決したのかな。シャチョー」と仁が言った。

 陵は今まで高弦のいる樹恩寺に行っていたと言う。高弦はこの会社のオーナーではあるがあまりこのオフィスには来ずに、実家でもある樹恩寺か講師を務める鎌倉大学の情報技術研究センターにいることが多い。

 陵は樹恩寺で高弦から鎌倉大学のコンピューターが使えなくなったと告げられた。高弦は陵に言った。

「今までは大学で親しくしている情報技術研究センター長の厚意でセンターの超高速コンピューターを只で使わせてもらっていた。そのセンター長がもうすぐ定年になり、学長から許可を得られずコンピューターの使用が出来なくなる。私にも言いたいことがあるが、ただ乗りさせてもらっているのだから、まあしかたがない」

 陵が訊いた。

「何でまた学長さんは急にだめと言い出したんですかね」

「それが良く分からないのだ。学長は今まで結構理解を示していたから。どこからか圧力がかかったのかな。――――あ詳細は良く分からんよ」

「それでどうしますかね」

「―――ちょっと手が無い訳ではないが、確実ではないので君たちの方でもアイデアを出してくれないか」と高弦が言うと陵が答えた。

「了解です。仁あたりは何か良いアイデアがあると思うし」


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