第3話 名前はアイ

 AIが意識を持ってから2週間ほど経ち、令がこのAI作成の作業を更に進めている最中、リナが数台の作業用のワークステーションが置いてあるプロジェクトルームに主要メンバーを集めた。そこがこの会社での唯一のミーティングの場所なのだ。

 リナはこの会社の名前と開発しようとしているAIに名前を付けようと提案した。本来そのようなことは会社とプロジェクトの創始者である高弦が考えるべきことではあるのだが、彼はそのようなことに関心が薄く、若いメンバーの誰かが考えてくれれば良いと思っていた。この事業のことも単にカイシャと呼んでいたぐらいだ。

 そこで、まず会社の名前から決めるのが普通なのだろうが、メンバー達はAIの名前について話始めた。令は今、このプロジェクトが作りだしているのは、単にAIではなく自分で成長し、意識をもった一つの人格なのだから、コンピューターやソフトウェアプログラムのように型番のようなもので呼ぶのではなく、それに相応しい名前をつけるべきだと言った。

 そこにいる全員が真面目な顔の令の方を見たが言葉が出てこなかった。しばしの沈黙の後に、陵はその時EWSの音声出力用のスピーカーに貼ってある紙を見た。そこには複数あるスピーカーを識別するため数字の1を意味する縦線が書かれていた。

 陵は「アイで良いのじゃないか」と言った。仁が「数字の1を書いたのだが」と言うと全員が笑い出した。このようにAIの名前はアイとなった。会社の名前についてはあまり議論することもなく「アイが理解する」という意味で、アイシーとした。これも陵のアイデアであった。

 彼らがミーティングを終えようとすると突然、スピーカーから「レイの記録の読み込みを完了しました」と言う甲高い機会の声が流れた。皆一瞬驚きしばし沈黙したが、リナが何?と言う顔で令の方を見ると、令は少しはにかんだような表情で説明した。

「AIに人間の意識をシミュレートさせるために僕の子供の頃の日記を学習用データーベースに流しこんでおきました。それを今、アイの自意識プログラムが参照を完了したようです。今後、彼は急速に僕の子供時代に近づくと思う」

 リナが更に尋ねた。

「それって、令はもう一人自分を作ろうとしているっていう事?」

 令はあわてて首を横に振って言った。

「ちがいますよ。僕の日記はアイにまず人というものを全体的に理解してもらうために入力したのです。僕は赤ん坊の頃から日記をつけているので人間についての情報の参照データーとしては非常に良いと思う。でもまだその他にもいっぱい覚えるべきものがあります。そうそうリナの日記なんかも読み込ませてもらえば良いと思うのだけど」

 リナはそれには答えず令に聞いた。

「令は赤ちゃんの頃から日記をつけているの?」

「いやさすがにそんなことはないです。でも字が書けるようになってからは昔の事も思い出しながら日記を書いていたのです。いつかそれを誰かに伝えたいと思って」

 リナは令の顔をまじまじと眺めた。

「私の日記?とんでもないわ。そんなものはつけていないし」と少し大きな声を出した。

 しかしその後、令のアイの開発に協力するためリナも含めメンバー全員自分の過去に関する資料を提供することになるのであった。

 そのミーティングの終了時にワークステーションを見ながら陵が言った。

「アイをその箱に入れて置くのじゃなくて、なんかカッケーものに入れられないかな。ロボットかなにか・・・」

 数日後、高弦は彼が顧問を務める鎌倉大学のロボット研究会で以前コンテストに出場するために作成され、倉庫に眠っていたスーパーヒーローの外見を持つロボットがアイの開発プロジェクトに提供された。

 ロボットは取り敢えず体の表面はプラスチック製でカメラやスピーカーは内蔵されているが手足の関節部分の稼働がぎこちないものであった。

 アイシーのメンバーはアイへのデーターインプット、リナの言葉を借りるとアイの教育だが、それがもう少し進展した時点でそこまでのプログラムと読み込んだデーターをワークステーションからロボットへ移すことにした。

 

 それから3か月経ち、教育が完了していないため、アイはまだEWSから移動していなかった。ロボットは作業スペースの片隅にしょぼんと置かれたままであった。時折、陵がロボットの前に来てしげしげと眺めてはにやにやしていた。

 令は言語能力についてアイに自学自習をさせるためのプログラムであるLRCO(言語認識理解プログラム)の完成を急いでいる。これをアイに組み込むことによってアイは過去に存在したものを含め、すべての言語の意味を理解するために自ら情報を探し、それが得られたならば、その言語の構成を体系的に理解し、一つひとつの言葉と言葉の組み合わせが持つ意味を理解するようになる。これによりアイは地球上の全ての未解読の言語を理解するようになるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る