大輔の場合 3
救急車はさっさと雄大と洋子をのせサイレンをならしながら去っていった。
取り残された大輔の元に中井コーチが近寄ってくる。
「南病院に行くってさ。」
「そうか…。」
「そうかじゃないよ。早くお前も行きなよ。」
「え?」
「車がなきゃ帰れないだろ。」
「あ、あぁ、そうだな。」
全くの蚊帳の外だった大輔はなんだかまだぼーっとしている。
それに苛立ちを滲ませながら中井コーチが聞いた。
「保険証は?」
「誰の?」
「雄大のに決まってるだろ!全く…」
大輔があぁ、と言いながら目を泳がせると中井コーチがたたみかけてくる。
「お前、どこにあるか知らないだろ。」
大輔はぎくっとし、口をぱくぱくしながら中井コーチの目を見つめた。
「そういうの全部奥さんに任せてないで、お前も手伝えよ。毎週練習について来る暇があるんだったらさ。」
言うだけ言うと大輔の返事を待たずに行ってしまった。
他の子どもたちはグラウンドでひとかたまりになり、すっかり萎縮してしまっている。
救急車を見ることができた興奮よりも、自分のチームメイトが目の前で搬送されるような怪我をしたこと、それが自分だったかもしれないことに恐怖を覚えているようだった。
他の保護者も、不安そうな顔で中井コーチを伺っている。
中井コーチは帽子を取り保護者たちの方に向かっていった。
「私の管理不足で怪我人を出してしまって申し訳ありません。今日の練習はこれで終了にします。来週の練習については追って連絡します。」
今度は子どもたちの方に声をかける。
「今日はおしまいだ。皆片付けしよう。」
子どもたちははい、と返事して片付けを始める。
その声にはいつもより元気がなかった。
待つ人も話しかける相手もいない大輔は、保険証はどこにあるのか考えながら車に戻ろうとした。
そのとき、保護者のひとりが声をかけてくる。
「野中さん!」
振り向くと雄大と同い年の息子を持つ河村家の母親だった。
「これ、奥さんのバッグ忘れてますよ。」
「あぁ、どうもすいません。」
受け取ったはいいものの、見覚えのない大きなボストンバッグだった。
しかも見た目より重い。
そうだ、この中に保険証があるかもしれないと、大輔はその場でバッグを開けてみることにした。
まずは財布を探す。
財布自体は難なく見つかった。
内ポケットに入っていた。
しかし中にあるのはポイントカードばかりで、雄大のどころか洋子自身の保険証すら入っていなかった。
財布に入っていないとなると見当もつかない。
そもそも持ち歩いていないのか?
しかし分からないのだからしらみつぶしに探すしかない。
とりあえずこのバッグの中だ。
中はタオルに雄大の着替え、そして大きな水筒が入っていた。
どうやらこれが重かったらしい。
(みんな雄大のものなのだから、本人に持たせればいいのに。)
ここでふと、そうだ雄大の荷物もあるんだったと思い出す。
まだバッグの中は探し終えていないが、今持ってこないとまた忘れそうだとこどもたちの荷物置き場に向かった。
しかしそれこそ似たようなスポーツバッグばかりでどれが雄大のものか分からない。
仕方なく近くにいた子に聞いた。
「君、雄大のバッグどれだか分かる?」
「んー、多分これかな…。あ、そうだ、名前書いてある。」
「ありがとう。」
礼は言ったものの、大輔は腑に落ちていなかった。
(今どきの小学生は目上の人には敬語を使うって知らないのか?)
いや、中井コーチには皆敬語を使っている。
まぁさっきのは自分に向かって言ったというより、半分独り言みたいなものかと無理やり納得させて洋子のバッグの元に戻った。
雄大のバッグもこれまた重かった。
自分のときもこんなに重かったっけか…そう考えて今度はグラブの存在を思い出した。
我ながら手際の悪さに嫌気がさす。
グラブをはめた状態で怪我をしたんだから、雄大と一緒にあったはず…しかし中井コーチは持っていなかったし雄大が横たわっていた場所にもない。
ということはおそらく洋子が一緒に持って行ったのだろう。
雄大のバッグを洋子のバッグの横に置き、再び保険証を探す。
すると、薄いポーチのようなものが出てきた。
(化粧ポーチ?それにしては平たいな…。)
中を開けると雄大の母子手帳や保険証が入っていた。
「あった!」
思わず安堵の声をあげる。
よし、これで一旦家を経由することなく直接病院に向かえる。
大輔は2人分の重いバッグを両肩に下げ自身の車に歩いていった。
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