大輔の場合 2

こどもたちはストレッチ、ウォームアップ、キャッチボールといつものルーティンをこなしていく。


雄大はこどもたちの中だとまだまだ小さい方だ。

今どきの子は皆体格が良く、6年生ともなるともう170センチ近い子もいた。


大輔は雄大にも早く大きくなってほしいと、牛乳に混ぜるカルシウム剤を毎日与えていた。


グラウンドでは全体のノック練習が始まる。

ポジション毎に小さい子から順番に並ぶ。

雄大は大輔と同じセカンドの位置についた。


中井コーチは低学年にはやさしい打球を放つ。

それでもまだまだトンネルしてしまう子が多い。

中井コーチの方針で1人一球ではなく、キャッチできるまで同じ子にノックし続ける。

周りの子たちはヤジではなく声援を送っていた。

大輔はそれを見る度に毎回雄大の練習時間が減る、とイライラしていた。


やっと雄大の順番が回ってくる。

やはりそこまで強くない打球。

しかし地面がスパイクで抉れていたのか、ボールが予想より高くイレギュラーバウンドした。

あっ、と大輔が声を出す間もなく、ボールは雄大のグラブを飛び越え胸に当たった。

「雄大!」

大輔の隣にいた洋子が悲鳴混じりに叫び、誰よりも早く駆け寄っていった。

中井コーチもバットを投げ出し駆けつける。


使っているのは軟式ボール、大げさだなぁと思いながら大輔も雄大の元に歩いていった。

雄大は胸をおさえてうずくまっていた。

雄大、大丈夫?と洋子が心配そうに声をかけている。

「雄大、それくらい大丈夫だろ?まだやれるよな?」

座り込む洋子の頭の上から覗き込みこむ。

すると洋子がくるっと振り向き大輔をキッと睨みつけた。

「大丈夫なわけないでしょ!」

言うなり洋子は思いっきり大輔の鳩尾を殴った。

いいところに入り、うっ、と息が詰まる。

痛みと驚きが同時に大輔を襲う。


今までこんなはっきりと洋子に反論されたことはなかった。

手をあげられたことも。

もちろん大輔だって洋子に暴力をふるったことなどない。


大輔は「何するんだ。」と反論すらもできずに胸をおさえながらその場に崩れ落ちた。


痛みよりも一瞬息を吸うことも吐くこともできなくなり、その恐怖で心臓が更に縮み上がる気がした。


しかし洋子はそんな大輔に目もくれず再び雄大に向き直る。


皆心配そうな視線を向けるのは雄大ばかりで、大輔のことなど気にも留めていなかった。


中井コーチは電話で救急車を呼んでいる。

動かさない方がいいと判断したのだろう、洋子は地面に横たわる雄大を静かに励ましていた。


胸の痛みが引いても、大輔は皆の前で妻に怒鳴られ殴られた恥ずかしさで雄大に近づくことも立ち上がることすらできずにいた。


ほどなくして救急車のサイレンが聞こえてくる。

中井コーチは誘導のためにグラウンドを出て校門の方に駆けていった。


到着した救急隊員に状況説明する中井コーチ。

その間に手際よく雄大はタンカにのせられた。


隊員が洋子に聞く。

「お母さんですか?同乗されますか?」

「はい。」

「他に同乗する方は?」

洋子はちらと大輔を一瞥し「いません。」と答えた。


一瞬交わった視線に含まれていたのは大輔を同乗させるかどうかの迷いではなく、「お前は付いてくるな。」という無言の圧力だった。

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