第9話

――――凄く、強い。


 ダンゴと魔族との戦闘を後ろで見ていた私はその圧倒的な実力に驚愕していた。

 何となく強いのは分かっていた。でもここまで強いとは思ってもみなかった。

 目の前の魔族が弱いというわけではない。ゴブリンやオークとは異なり、角が生えた人間タイプの魔族はその戦闘力も強大だ。

 怪我をする前の自分でも油断は出来ない、気を抜けば死ぬような相手だ。

 例え相手が一人しか居なかったとしてもそれは変わらない。にも関わらずダンゴは人間タイプの魔族を相手に蹂躙していた。

 戦闘にすらなっていない。一方的で相手に何もさせない、攻撃の一つ一つが致命傷となるような威力を持っている。

 彼がどれだけ強いかは分からない。しかし、これだけは断言出来る。


――――ツキミ・ダンゴはかつての仲間達全員揃っていても勝てない実力者だ。


 何故これ程までの実力者が何も知られていないのか?

 疑問が次々と湧いてくると同時に確信する。

 今のままではあの魔族は絶対に倒せない、と。


「ぐぅ、話している途中で…………」

「魔力で受けたり、強化してるってわけじゃないな」


 今の蹴りを受けても死んでいない魔族を見下ろして、ダンゴは不思議そうな表情を浮かべる。


「取り敢えずもう一回神威ノ鉄槌叩き込んで地下深くに埋めるか。殺しても死なないのなら死ぬまで殺すか、生きていても死んでるのと変わらないような状態にすれば良いだけだし」

「――――調子に乗るなよ貴様ァアアアアアアアアアア!!」


 再び攻撃を加えようとしたダンゴに対し魔族が怒声を上げる。

 その瞬間、魔族を中心として大地が隆起し、地面から生えた巨大な拳がダンゴに向かって振り下ろされた。


「っ、と」


 ダンゴは軽快なステップで軽く避けて私の近くまで下がる。


「ダンゴ!」

「大丈夫。怪我はしてないから。まあ服は汚れたけど」


 服に着いた汚れを手で叩き落としながらも、その視線は敵を真っ直ぐ見据えていた。

 油断や慢心なんか欠片も無い。でも、敵はそういったものじゃ倒せない理不尽だ。

 何とか、その事を伝えないといけない。

 だけど――――、


「あ、ぁ…………」


 怖くて何も出来ない。言葉を話す事はおろか、震えて身体を動かす事も出来ない。

 そんな自分が心底嫌で死にたくなってくる。にも関わらず身体は私の意志に反して指一つ動かせなかった。


「ルーナ。その子を連れて村に戻って――――」


 ダンゴはそう言うと私の方を見て、


「ごめん。やっぱ何でもない」


 何事も無かったかのように私から視線を背けて魔族を見据えた。

 失望されてしまっただろうか。いや、失望されて当然だ。

 勇者であるにも関わらず恐怖に負けて立ち向かえない私なんて、単なる小娘以下の役立たずなのだから。


「ぐうぅ…………おのれぇ」


 ダンゴによって埋められた魔族は地面から這い出る。

 身に纏っている衣装にこそ傷や汚れはあるものの、その身体には傷一つ付いていなかった。

 やっぱり、あの魔族の身体を覆っている瘴気のようなものは…………。


「だがどれだけ強い攻撃であろうと所詮は人間! 魔王様から賜りしこの力には――――」

「その瘴気。魔王が有する絶対防御と同じものか」

「――――何?」


 ダンゴの言葉に魔族は顔を顰める。

 そして私も、ダンゴの方を見ていてた。

 多分、凄く驚いた表情をしていると思う。でも、それだけダンゴが気になる事を言っていたのだから当然だ。

 何で、魔王の絶対防御について知っているのか?


「聖剣と聖槍、そして同種の攻撃以外を全てキャンセルする無敵の鎧。魔王の特性。尤も、オリジナルに比べれば劣っているみたいだけど」

「貴様…………何故魔王様の絶対防御について知っている?」


 私と同じ疑問を抱いた魔族が質問する。

 しかし、ダンゴがその質問に答えることはなく、淡々と冷静に思考していた。


「まあオリジナルと違って魔法で再現してるらしいし魔力が尽きればいずれ解けるか。でも面倒だな」

「貴様ァ!! とっとと答えろ!!」

「…………五月蝿いなぁ。魔王が聖剣と聖槍以外で殺せないのは御伽話に耳を傾けた事のある誰もが知っているものだろう」


 確かにダンゴの言う通り、魔王が聖剣と聖槍以外で死なないのは有名な話だ。

 でも、


「この力の事を絶対防御だと、幾つかの例外を除いて全てを無効化する力だと知っている者はそうはいない!!」


 あの魔族が言っている通り、ダンゴは不死ではなく防御と言った。

 死なないと効かないでは意味が異なる。にも関わらず、ダンゴは魔王の絶対防御についてもその意味を知っていた。


「あー…………しくじった」


 ダンゴは魔族の言葉を聞いて顔を顰める。


「答えろ! 貴様は一体何処でそれを」

「忘れた。少なくとも細かい事は忘却の彼方に追いやってしまうくらいには遠い昔の話だ」


 魔族の追求に対し、ダンゴはさっき攻撃した時に出した巨大な黒い腕を再び出現させる。

 一体どういった魔法なのだろうか。ダンゴの魔法特性に関係している、にしてはかなり特異なもののように見える。


「まあどうでも良い話だ」


 途轍もない莫大な魔力を纏ったそれはダンゴの右腕の動きと連動しているらしく、軽く開いたり閉じたりを繰り返している。


「ダメージが通らないってのは分かった。でもそれだけだ。衝撃は殺せない。つーわけで人界から出て行け」


 ダンゴは思いっ切り右拳を引く。


「神威ノ鉄拳!!」


 そして真っ直ぐ前に突き出した巨拳が魔族に突き刺さった。


「ぐっ、クレイコヒージョン!」


 絶対防御が無ければ身体の原型を留めていないであろう威力の攻撃を受け、魔族は強制的に戦線離脱されそうになるのを魔法を使って堪える。

 ねばねばとした茶色いものが魔族の身体から溢れてダンゴの出した巨大な手に張り付いている。


「っち、面倒だな」


 巨大な手に張り付いている魔族を見て忌々し気に呟いた後、宙に浮いている手が消失する。

 張り付いていたものが無くなった事で魔族は重力に従って地面に落下。

 その隙をダンゴが見逃す事は無く続けて攻撃を叩き込もうとする。


「いつまでも好きなようにさせると思うなぁ!!」


 だけど魔族もただ黙って攻撃を受けるわけではなく、反撃に転じようとしていた。


「ガイアランス!」


 魔族の魔法なのか、大地から無数の棘のようなものを発生させる。

 それをダンゴは間隙を縫って攻撃に当たる事なく魔族に攻撃を加え続ける。

 本当なら当の昔に勝敗は決している。だけどただダメージが通らないというたった一つの事実だけで、どうしようもない現実だけでこの勝負にはダンゴの勝ち目が無くなってしまっている。

 ダンゴもそれを分かっているのか、魔族をこの場から排除しようとしているみたいだがそう上手くはいっていない。

 私が、私が戦わなければいけないのに…………。

 そう考えていた時だった。魔族の攻撃が後ろに居た私達に向かって来たのは。


「っ、ルーナ!」


 ダンゴは魔族から離れて私達の前に移動し、攻撃を防ぐ。

 しかし完璧には防ぐことが出来ず、ダンゴの血が飛び散った。


「っ、ダンゴ…………!」


 土で出来た槍に傷付けられたダンゴは左腕から血を流す。

 決して大きい傷とは言えないが軽い傷でも無い。


――――私のせいだ。


 ダンゴ一人ならこんなに苦戦する事なんてなかった。

 私が戦えたならば、あんな奴相手に傷を負う事なんか無かったんだ。

 自身の不甲斐無さに苦しんでいると、魔族は酷く喜んだ顔を見せる。


「はっはっは…………!! どうだ人間!! 貴様は私には敵わない……!! 諦めてとっとと自ら命を捨て」

「不快な音をたてるな」


 ダンゴの拳が調子に乗った魔族の顔面に突き刺さる。


「ぐぅ、貴様…………まだ諦めないのか!?」

「諦めるわけがないだろ」


 魔族の言葉に対しダンゴは言い返す。


「子どもを守るのが大人の役目だ。例え勝てなかったとしても後ろで恐怖に震えている子どもの前で、かっこ悪い姿を見せられるか」


 その言葉を聞いて、私の中で何かがはまったような気がした。

 そうだ。彼は、ダンゴは私の事をずっと子どもだと言っていた。

 勇者の家で生を授かった私を子ども扱いしてくれる人は居なかったから分からなかったけど、思えば出会ってからずっとダンゴは子どもとして扱ってくれていた。

 さっきもそうだ。彼は私に対して「戦え」なんて言っていなくて「逃げて」と言っていた。

 彼は私に失望なんかしてなくて、最初からずっと守るべき対象としてしか見てなかったのである。


「はは」


 人として扱ってくれた事に対する喜びと、そもそも最初から戦力として期待されていなかった事に対する怒り。

 色々と心の中にごちゃごちゃしたものが湧いてきて複雑な気持ちになる。

 でも、最後に思うことは一つ。


「本当に、ダンゴは勇者王にそっくりだ」


 見た目もそうだがそれ以上にその精神性さえも、憧れの人にそっくりだ。

 だからこそ、これ以上、勇者として相応しくない姿を彼に見せたくはなかった。

 動かなかった筈の身体は自然と動き、震えは止まっていた。


「ごめん、ここで待ってて」

「えっ、は、はい!」


 フードを外してアル君に告げてから剣を鞘から引き抜く。


「ごめん。もう一回、力を貸して」


 私がそう呟くと、純白の刀身を持つ聖剣が光り輝いた気がした。


「ダンゴ。代わって、私がやる」


 剣を片手に戦っている二人の間に入る。

 魔族を近くの木に叩き付け、ダンゴは私の方に歩み寄る。


「大丈夫?」

「分からない。でも、いつまでも震えてたらダメだって思ったから」

「そう…………ごめん。不甲斐無い保護者で」


 申し訳無さそうに謝るダンゴを見て少しだけ笑ってしまう。

 私に対してそんな事を言う人は後にも先にも貴方くらいしか居ないだろう。


「…………絶対に無理しないで」


 ダンゴは私の事を酷く心配しながら、渋々といった感じで後方に下がる。


「ありがとう。でも、大丈夫――――」


 不思議と負ける気はしないから。

 そう思いながら切っ尖を木に叩き付けられた魔族に向ける。


「貴様は…………!?」


 魔族は私を見た瞬間、酷く驚いた表情をしていた。

 まるで死んだと思っていた人に会ったみたいだ。

 実際、向こうからしたら私は死んだようなものだったか。


「何故だ! 何故生きているんだ勇者ぁ!!」

「何でだろうね」


 残念ながら私が助かった理由は本当に知らない。


「神様がまだ私を見捨ててなかったからかな?」

「戯言を!!」


 私の言葉に対し魔族は戦意を昂らせながら攻撃を始める。


「貴様が生きてたとしてもここで死ねば同じ事!」


 迫り来る大地の津波を前に私は刃を構える。

 勇者王のようになりたかったという、その夢は破れた。まだ戦う理由も意味も見出せないし自分が本当に正しいのかも疑っている。

 だけど、私は勇者だ。どれだけ未熟で愚かだったとしても勇者なんだ。


「私を助けてくれた人の前で、無様を晒せるか!!」


 刀身に魔力を叩き込んで自身の魔法特性を付与し、全力で振るう。


「ステラ・ブレイザー!!」


 振るった聖剣から放たれた目も眩まんばかりの光の斬撃。

 それは大地の津波もろとも魔族を飲み込み、掻き消した。

 車線上には何も残らず、私達を襲った魔族は最初から存在しなかったかのようだった。

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