第10話
「勇者様、よくぞご無事でした…………!」
「勇者様! お話を聞かせて!」
「ささ、こちらをどうぞ勇者様」
「は、ははは。ありがと」
アル君を助ける為に戦った結果、村人達に勇者である事が露呈したルーナは村人達に迫られ、かなり困惑していた。
まあこんな所で自身の正体が勇者であると広めるつもりは無かったのだからそれも仕方ないか。意図して広めるつもりも無かっただろうし、そもそも魔族との戦闘だって予測できてなかったことなんだから。
本当、見逃したのはかなりショックだし、あんな方法で僕の攻撃を防ぐなんて思いもしなかった。
ゴブリン一体でも残しておけばそいつを武器にして戦う事が出来たというのに。
そもそも見逃さなければこんな事にはならなかったのだけれど。
「大変そうだなぁ…………」
囲まれて困惑しているルーナの様子を眺めながらワインを呷る。
ルーナは此方に助けを求めているような視線を向けているが、流石に今回は助けてあげられない。
取り敢えず手で謝っといてルーナから視線を逸らす。
「まあでもアル君に怪我が無くて良かったよ」
「そうですね」
隣に座っている神父が僕の言葉に相槌を打つ。
「ダンゴさんが連れて来たお方が勇者様だったとは…………夢にも思いませんでしたよ」
「まあ普通は思わないよね」
「しかしダンゴさんも人が悪いですね」
「ルーナが隠していたいって言ったし、その方が彼女の為になると思ったからね」
実際、魔族を倒す前のルーナならその方が良かった。
裏切られたことで自信を喪失していた彼女なら、あそこまでの歓待を素直に受け入れられなかっただろう。
思わぬアクシデントではあったけど、魔族との戦いが彼女の心を成長させる事に繋がったのだ。
「まあでも嘘は一つも言ってないからね」
「…………と、言うことは勇者様と親戚というのは」
「本当の事だよ。尤も、ルーナは知らないだろうけど」
再びワインを呷って飲み干す。
「これはあまり話すべき内容じゃないから他言無用でね」
「…………貴方は、一体何者なんですか? 竜とも親しいみたいですし」
こちらを訝しむような視線を向けて来る神父に対し、僕は自信なさげに肩をすくめて答える。
「ただのおっさんだよ。色々と失敗して後悔ばかり積み重ねて来ただけのね」
+++
時刻は深夜。
僕とルーナは村を後にして自宅までの帰路を歩いていた。
歓待を受けていたら結構時間を使ってしまった。
「これなら泊まっていくべきだったかな?」
流石にそこまでしてもらうのは居心地が悪かったし、ルーナも疲れ切ってたみたいだったから提案を断ったけど、態々深夜の森の中を歩くと必要は無かったかもしれない。
そう思いながらもルーナの方に視線を向ける。
ルーナは何かを考えているような顔をしていた。
さっきの魔族との戦いで、彼女の中で何か変化が訪れたのは何となく予想できる。
出来る事なら良い変化であってほしいと願うが――――。
「…………ねぇ、ダンゴ」
不意にルーナは口を開く。
そこから先を口にするのに決心出来ていなかったからか、少しだけ躊躇った様子を見せる。
だけど、覚悟を決めたのかそこから先を口にした。
「私は、どうしたら良いのかな?」
その言葉に込められた意味に僕は顎に手を当て、考える。
何というか、難しい質問だ。
質問の意図は何となくだが分かる。が、それは彼女が答えを導き出さなければいけないものだ。
僕が提示してもそれが正解だとは限らないし、何より今代の勇者は彼女なのだから。
「ごめんね。それを答えることは僕にはできない」
「…………そうだよね」
僕の返答にルーナは悲しそうな顔をする。
その顔を見ていると罪悪感が湧いて来てしまう。
でも、こればかりはしょうがない。
とはいえ、突き放すつもりは無いから少しだけ助言をしてあげよう。
「ただまあ、ルーナがやりたいようにやれば良いとは思うよ」
「私の、やりたいこと?」
「そう。良心に従って動くのならきっと良い事だと思うからね。仮に間違ってたり悪い事になりそうな時は僕が止めるから大丈夫」
まあ僕自身も間違う事が多いから頼りきりになられても困るんだけどね。
そう考えてながら話すとルーナは驚いた表情になる。
「…………ダンゴは、私と一緒に居てくれるの?」
「当たり前だよ。女の子、ましてや子どもを一人で旅させるわけにはいかないよ。大人として見過ごせないし」
「…………ありがとう」
僕の言葉に対しルーナは感謝の言葉を告げる。
「でも、それはそれとして質問させて」
「何かな?」
「何で、魔王の絶対防御について知ってたの?」
「…………それ、話さなくちゃだめかな?」
「流石に見過ごせない」
「だよねー…………」
笑いながら話を逸らそうとするもルーナの鋭い目は僕を貫いていた。
とはいえ、無理も無いか。魔王の絶対防御があまり知られていないなんて思ってもいなかったから。
「あまり詳しくは言えないけどさ。僕が竜と知り合いであるって事は言ってるよね?」
「うん。それは今日話してた」
「その縁で色々と知ってるんだよ。だから勇者や魔王の事情もある程度知っているよ」
此方を訝しむような視線で見て来るルーナに内心冷や汗をかく。
「…………嘘はついていないみたい」
「流石に嘘はつかないよ」
「分かった。今はそれで納得する」
事実嘘は一つもついていない。僕が竜と知古の関係である事も本当の事だし、勇者や魔王の事情も知っているのも事実だ。
ただ竜と知り合いだから知っているというわけではなく、僕が知っているから竜も知っているという方が正しいのだが。
それを指摘されるとちょっと返答に困るので納得してくれて良かった。
「取り敢えずダンゴの事は竜界に行く機会があったら聞いておく」
訂正、全然納得していない。
正直な話それだけは勘弁してもらいたいが、まあ竜界に赴く機会なんてそう無いからと自分を言い聞かせる。
兎も角、今は忘れる事にする。
それよりも今は――――。
「それで、ルーナは何がやりたいの?」
僕の問い掛けにルーナは真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。
その瞳にはもう迷いは欠片も無かった。
「私は――――」
+++
「――――勇者なんだ」
ダンゴの問いに私は声を出して答える。
強い決意を固めていた筈なのに声色が自分でも信じられないくらいに震えていた。
我が事ながら本当に情けないと思いながらも続ける。
「仲間に裏切られて、夢半ばで破れて、恐怖に震えていても、私は勇者なんだ」
その事実は絶対に変える事が出来ないものだ。
あの時、子ども助ける為に前に飛び出したダンゴの方が勇者らしいし、未だ未熟な身なれど私が今代の勇者である事は揺るがない事実だ。
「だから戦う。戦って、勇者の使命を果たす為に。それ以外の方法を私は知らないし、それに今やらなくちゃいけない事だと思うから」
「…………そっか」
私の答えを聞いてダンゴは優しい目で微笑む。
「なら、そうしよっか」
「…………うん」
正直今の自分が世界を救えるなんて欠片も思えないけど、それでも勇者である以上はやらなくちゃいけない。
いや、違う。やりたいんだ。
例え勇者王のようになれなくても、私は彼に誇れる勇者でありたいのだから。
「それはそうと、ルーナの夢って何?」
心の中で自身に言い聞かせていると、ダンゴが気になったと言わんばかりの顔をして尋ねてくる。
そういえばまだ言っていなかったか。
「私の夢は、最初の勇者である勇者王のようになりたいことなんだ」
「…………あー」
私の昔からの夢を聞いた瞬間、ダンゴの顔は何ともいえないような辛い表情に変化する。
そして数秒天を仰いだ後、ダンゴは優しく、けれども非常に困ったように話す。
「悪い事は言わない。最初の勇者のようになるのだけはよした方がいい」
それは今まで私の事を否定しなかったダンゴが、初めて私を否定した瞬間だった。
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