第7話
「かつて、この村は流行り病で滅亡寸前でした」
教会に案内され、毛深く大柄な体躯をした神父が説明を始めた。
この平和な村に昔何があったのか、気になる私は黙って神父の話に耳を傾ける。
一方、ダンゴは子ども達にもみくちゃにされてそれどころじゃなかった。
「流行病、とは?」
「詳しい病名は分かりません。ただ症状が重い者は黒い痣が出ました」
「…………黒死病」
神父が語った病の症状は現在でも王都に流行している病のそれと同じだった。
王都の外れという名の辺境に住んでいたから私自身も詳しい事は分からない。だけど噂で聞くそれは沢山の人が命を落とす酷くタチが悪い病気だ。
そんな病がこんな平穏そうな村に流行していたとはとても思えない。
「老若男女皆等しく流行り病に罹った我々はあの時、死ぬ筈でした。そこを救って下さったのがダンゴさんです」
「のわぁあああああああああああ!!」
「彼は無償で薬を私達に提供し、完治するまで一人で治療して下さったんです」
真面目な顔をして語る神父の言葉が子ども達に下敷きにされているダンゴの悲鳴にかき消される。
こういう事を思うのはあれなのかもしれないが、もうちょっと真面目な空気にならないのだろうか?
でも、何故ここまで慕われているのか納得出来た。
確かに壊滅寸前の村を村人全員治療したのだから、慕われて当然だ。
「でも黒死病って確か治療法が無いんじゃなかったっけ?」
罹患しても全員が全員死ぬわけではないが、それでも罹ったら最後九割は命を落とすような性質の悪い病だと聞く。
私の情報が古いもので特効薬が出来たのなら話は違うのだろうが、そんなすぐに治療出来るようなものが作れるのだろうか?
そんな思いを込めた視線をダンゴに向ける。
「人界には無くてもそれ以外にはあるんだよ。竜界とかね。抗生物質――――薬の作り方を知ってたから何とか出来たんだよ」
子ども達から逃れたダンゴは私にそう説明し、再び子ども達にのしかかられて「ぐえぇ」と短い悲鳴を上げる。
――――竜界。
五つの大陸の中央に存在する主に竜種が住う大陸で、尤も栄えている大陸でもある。
「確かに竜界ならそういった薬があってもおかしくないけど」
基本的に竜種というのは傲慢な生き物だ。
彼等彼女等の性格が傲慢という訳ではない。個々人で傲慢な性格な者は居るだろうがそういう意味ではなく、ただ種族そのものが特別な存在だ。
何故なら、彼等竜種は神直属の眷属なのだから。
「あの竜達が薬の作り方を教えるのかな?」
私が知る竜は皆等しく人間の事を見下している。
いや、正確には人間だけではない。エルフやドワーフ、獣人も関係無く下に見ていた。竜と人の混血種である竜人達は少しだけ上に見ているが、それでも下に見ている。
彼等にとって種族は関係なく、皆等しく竜より下の存在と見なしている。
勇者である私も特別扱いされてはいたけれど。
「竜種は生物として単純に強いから下に見られる事はまあ仕方ないよ。けど困っているなら助けたりはしてくれる筈だよ」
「そうですね。彼等は基本的に他者の援助を惜しみません」
「そうそう。ノブレスオブリージュというやつね」
子ども達の下敷きになりながら話すダンゴの言葉に神父は同意する。
確かに竜は傲慢なところはあるものの、苦しんでいたりしたら助けてくれる。ダンゴの言う通り、竜以外の種族を見下すのも単純に強い種族だからなのかもしれない。
でも――――、
「薬の作り方を知っていて治す方法も知ってるのなら、治療しに来ても良いと思うんだけど」
彼等竜種は魔族と違って善性の存在なのは間違いない。
でも、そうだとするなら積極的に助けてくれても良さそうな話だ。
そう考えていると子ども達から解放されたダンゴは微笑ましいものを見るような目をして笑った。
「ルーナ。何から何まで無償で助けるっていうのはその人の為にならないんだよ。凄く悲しい話ではあるけれどね」
「その人の為にならない…………?」
「ペスト…………黒死病は感染症って呼ばれる類の病気でね。衛生環境、っても分からないだろうから簡単に説明すると不潔な場所だから発生してるんだよ」
「そうなの?」
「全てがそうだとは言えないけどね。まあ不潔なのが最大の要因と言っても過言ではないから。竜が助けない理由もそこにあると思うよ。薬だって作るの難しいし、不潔な環境は人間自身の意識が変わらないと直せないしね。後は単にばっちぃから行きたくないってのもあるかも」
さらりと黒死病が何で発生するのかを口にしたダンゴの言葉に驚愕する。
「黒死病って神様が悪い事をした人への罰とか、それに掛かる人が悪いとかいわれてたんだけど」
「神なんて居ない」
はっきりと言い切ったダンゴの言葉には力強さがあった。
異論は認めない、と言っているかのようだった。
「だからそれは誤りだ。黒死病はただ不潔だから発生しているだけの、人間の自業自得から発生した病だ」
「ダンゴさん。仮にもここは教会なので神様が居ないと言うのはちょっと…………」
「おっと、そうだったね。正確には罰を与えるような神なんていう存在が居ないって言った方が良いね。竜種の頂点に居る神という立場とは違った存在だよ」
まあ神という立場もあんまり好きじゃないけど。
小さく呟いたダンゴの言葉には神という存在に対してあまり良い印象を持っていない様だった。
「ダンゴは神様が嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないよ。ただ、超常的な力を持つ神なんか居ないって分かってるだけ。もしそんな存在が居たとするなら、仮に全能でなかったとしても世界はもう少しだけでも優しくなっている筈だから」
吐き捨てるように言い切った彼は何とも言えないような表情をしている。
その顔には一体どんな感情が込められているのかは分からない。私は、その感情を知らない。
「っと、つまらない話をしてゴメンね。昔色々あってね、神に対して色々な思いを抱いてるんだよ」
「いえ、ダンゴさんの話は聞いていてまだ納得できます。少なくとも人間派が語る勝手な解釈に比べれば遥かにマシです。全く、同じ降星教を信仰している者として恥ずかしいものです」
「何それ初耳。ちょっと詳しく教えて――――」
ダンゴが神父と宗教関連の話し合いをしようとした瞬間、教会の扉が大きな音を立てて力強く開かれた。
音が鳴った方向に視線を向けると、そこには息を荒くした男が立っており、彼は酷く狼狽した様子で神父の下に駆け寄った。
「た、大変です神父様!!」
「どうしたんですかサポエラさん。落ち着いて、ゆっくりと話して下さい」
「あ、あぁ…………じ、実は…………息子のアルが森に入っていったらしくて…………!」
「何だって!? アル君が!?」
サポエラと呼ばれた男の話を聞いた神父が声を荒げる。
そしてダンゴと私の方に視線を向けて頭を下げた。
「申し訳ありませんダンゴさんにルーナさん。客人である貴方達に大したもてなしも出来ず…………」
「いや、仕方ないよ。それよりも僕も探すの手伝うよ」
「ありがとうございます!」
神父がサポエラと話しながら教会の外に行くとダンゴは視線をこちらに向ける。
少しだけだが申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんねルーナ。こんな事に巻き込んじゃって」
「気にしなくて良いよ。困ってたら助けるのは当然の事だし。それより私達も合流した方が良いよね?」
「そうだね。森の中に入って行ったって言ってたから森を散策して――――」
瞬間、ダンゴの表情が歪み、右目を押さえてその場に膝をついた。
「ダンゴ…………?」
「…………くそ、生き残り? いや、全員始末した筈だし…………別の奴…………?」
突然膝をついたダンゴに声を掛けるも全く耳に届いていないのかブツブツと独り言を呟いている。
だけどその顔は明らかに良いとは言えず、かなり切羽詰まっているかのようだった。
そして急に立ち上がったかと思ったら遠くの方を見ていた。
「ルーナ。多分だけどアル君の居場所は分かった。でもちょっと不味いかもしれない」
「え、何? どういう事?」
「詳しい説明は道中するけど、このままだとアル君は魔族に襲われる」
「――――えっ?」
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