第6話

 空に浮かぶ太陽の光を浴びながら、僕とルーナは自宅近くにある村を目指して歩いていた。


「本当に良い天気。小躍りしてその後にピクニックでもしたくなるくらいだ」


 手で太陽の光を防ぎながら空を見上げる。

 これで忌々しいあの紫色の瘴気のようなものが無ければもっと良かったのに。

 そう思いながら自分の背後でゆっくりと歩いているルーナの方に視線を向ける。


「ルーナもそう思わないかい?」

「えっと、ごめん。ピクニックとかした事無いから分からない」

「そ、そっか…………ごめん…………」


 僕の問いに小首を傾げながらそう答える彼女を見て、何とも言えない気まずい空気になってしまう。

 天気が良いからピクニックしたいとかいう僕の感性はおかしかっただろうか。

 最近の若者の考えは分からないからな。いや、他者の考えなんて今まで生きて来て本当に分かった事なんてついぞ無かったか。


「でも、雨が降ってるよりはずっと良い」

「…………そうだね。雨が嫌いってわけじゃないけど、降ってる時に外には出たくないよね」

「うん。旅をしてる時も、雨が降った時は大変だった。野宿してる時は雨風を凌げる場所を探さないといけなかったし…………」


 話してる途中で暗くなっていく彼女を見て内心その場で打ちひしがれたくなる。

 何でこう、僕という奴は上手く会話する事が出来ずに思い出させたくないことを思い出させるんだ。


「それよりも、これ」


 自分のデリカシーの無さに落ち込んでいるとルーナが僕の前に出て、衣装を見せびらかす。

 彼女は現在、僕が作った衣服を着ており、その上に土色のローブを羽織っていた。


「似合ってる?」

「うん。とても似合ってるよ」


 僕が作った服を着たルーナは年相応の少女のように喜んでいた。

 思っていた通り白が似合う。


「でも何でそんなローブを羽織ってるの?」

「顔を隠したくて」

「そっか」


 僕の問いに対し、ルーナはローブを深く被り顔を隠した状態で答える。

 分からない話ではない。勇者である以上顔を知られている。

 周囲からの視線を集めたくないなら、顔を隠すのは当然の判断だ。僕も知人に会いたくない時は素性を隠すからその理由には納得がいく。


「と、もう着いたか」


 ルーナと他愛の無い会話んしている内に目的地である村に到着する。

 やっぱり会話しながら歩いていると時間が経つのが早く感じるなぁ。あくまで時間の進みが早くなってるわけではなく、他の事に夢中になっているからだからだけど。

 そんな事を考えながらルーナを連れて村に入ろうとすると、出入り口に男が二人立っている事に気が付く。

 男二人は軽装に身を包み、槍を持っていた。


「おや、ダンゴさんではないですか」

「お久しぶりです」


 向こう側も僕が来た事に気付いたのか、槍を持った状態のまま声をかけて来た。

 名前を知っているわけではないが、二人とも以前この村で顔を見た事ある程度には知っている相手だった。


「久しぶり。何やってるの? 見張り?」


 以前はそんな事をしていなかった筈だが。

 そう不思議に思っていると右側に立っている男が答える。


「はい。最近何かと物騒でしてね。こうして見張りをやってるわけです」

「ダンゴさんの方は大丈夫でしたか?」

「うーん、特に問題は無いかな。何かあったとしても僕なら大丈夫だし。こう見えても強いから」


 心配そうな顔をして問い掛ける左側に立ってる男の問いに胸を張って答える。

 僕が住んでいる所は人から見ればかなり不便な所だし、こんな所を態々襲おうとする奴はそう居ないだろう。

 それでも皆無という訳ではなく、たまに山賊辺りがやって来たりするけどその場合も何とかしてるし、本当に問題が無い。

 仮に問題があったとしても発生する前に対処してるし。


「ダンゴさんに何かあったら我々としても悲しいですから」

「そんな背中がむず痒くなるようなお世辞はやめてったら。それよりも村の中に入っても良い?」

「構いませんが、その、後ろの人は一体?」

「僕の親戚の子だよ。今諸事情あって預かっててね。一緒に買い物に来たんだよ」

「そうでしたか。なら其方の方もお通り下さい」


 二人の門番に促され、門を通り村の中に入った。


   +++


 門を超えた先にあったのは小さくも賑わいに満ちた村の風景だった。

 王都とは違って人々が大勢行きかうような喧騒と異なり、田舎らしいほのぼのとした聞いていて落ち着けるような賑やかさだ。

 子ども達がはしゃいでいたり、買い物をし終えたらしい主婦が楽しそうに会話をしていたり、家畜であろう牛や馬を連れた農夫が居たり、仕事が入ってこないからか退屈そうに欠伸をこく鍛冶屋の姿も見られる。

 大凡平和と言える村の光景がそこに広がっていた。


「そんなに珍しい?」


 村の光景を見て呆気に取られていた私を見て、ダンゴはキョトンとした顔をする。

 珍しいかと聞かれればそういうわけではない。多分、大半の村はここと同じように平和なのだろう。

 ただ、私が見た事が無かっただけだ。


「…………旅をしていた時に見て来たものは、あまり平和じゃなかったから。ちょっと驚いた」


 私が旅をしていた際に見て来たものは山賊や盗賊だったり、魔族の尖兵等の手によって酷い事になってるのが殆どだった。

 最悪は全滅で、最善でも死人や心身に癒えない傷を負った人達が沢山居た。いつ見ても義憤に駆られるような光景ばっかりで、食傷してしまうくらいに沢山見て来た。

 そのような悲劇を許せなかったから山賊や魔族を倒していったのだ。

 特に魔族は許せなかった。奴等は存在するだけで悪になる。奴等に対して思う所がない訳ではないが少しでも悲劇を無くしたいから聖剣を片手に携えて進み続けた。

 だからこそ、魔王を前にした時、仲間に裏切られたのがショックだった。


「うぅ…………」

「だ、大丈夫…………? 何か顔色悪いけど」

「ちょっと、嫌な事を思い出して」


 ダンゴに心配をかけた事に申し訳なくなる。

 何で仲間に裏切られたのか、それは今になっても分からない。

 仲間のことを深く知ろうともしないで同じ方向を突き進んでいると勝手に思い込んでいた愚者には、本人に直接理由を問いたださない限り思い付く事すら出来ないだろう。

 ただ、彼等が裏切ったのは私が抱いたこの決意が間違ったものだったからではないかと心の何処かで思っていたのだ。

 いや、違う。


「私は、正しい事を出来ていたのかな?」


 心の中で思っていた事を吐露する。

 今更な話ではあるけれど、私は口だけは立派な大義名分を掲げていなかったか。

 勇者という立場に甘えて悪い事をしてないのか、酷い事をしてないか。仲間達の、彼等の心を踏み躙るような真似をしていないか。

 正義に盲目的になってしまい、周りの事を見れていなかったのではないのか。

 本当に何もかもが手遅れになってしまった今更な話ではあるが、自問自答せずにはいられなかった。


「ルーナは」


 そんな私の様子を見てダンゴは私の顔を覗き込む。


「ルーナはさ。何の為に勇者をやっていたの?」


 彼の口から紡がれた言葉は私の心を深く抉るような気がした。

 虚偽は許さない、と口に出して言っているわけではないが暗にそう告げている気がする。

 いや、それも私の勝手な思い込みだ。

 自信を失った私が、この質問をされるのが嫌だったからだ。


「それは、私が憧れた人のようになりたかったから」

「立派な理由だね。じゃあちょっと聞き辛い事を聞くけど、きみの旅路で見て来たものを見て、どう思ったの?」

「旅路…………?」

「うん、旅路。さっき平和じゃなかったって言ってたからあまり思い出したくない記憶かもしれないけど、それを見てきてルーナはどう思ったのかなって」


 今まで見て来た旅路の記憶。

 その質問に対する解答は決まっている。


「私が、私が行く所は大抵皆泣いていた。皆苦しんでいた。だから、私は悲劇を防ごうと思った。悲劇から皆を守りたいと思ったんだ」

「そう」


 ダンゴは短く呟くと私の頭の上に手を乗せる。

 黒色のガントレット越しではあったけど、その手は何処か暖かかった気がした。


「なら大丈夫。僕はきみの旅路を知らないから正しい事を出来ていたかは答えられない。でも、その思いで勇者をやろうと決意して戦って来たのならきっと間違ってないよ」

「ダンゴ…………」

「他者を守ろうと思ったきみの行動が正しくないわけがない! 頼りないかもしれないけど僕が保証するよ」


 彼のその言葉を聞いて、心が軽くなったような気がした。

 勇者王のような勇者にはなれなかったけど、私が抱いたこの決意は間違っていなかった。平和で穏やかな世界で生きる人々を悲劇から守りたいという思いは間違ってなんかいなかったのだ。

 ダンゴに保障されたその事実が少しだけ嬉しかった。

 だからこそ、仲間達が裏切った理由が猶更分からないのだけれど。


「…………ありがとう」

「どういたしまして。と、ルーナの顔色も良くなったことだし、早く買い物を済ませちゃおうか」


 笑みを浮かべながらダンゴがそう言った時だった。


「あー! ダンゴだ!!」


 村の子ども達がダンゴを見て指を指し、此方に駆け寄って来たのは。


「ダンゴ久しぶりー!! 魔法教えてよー!!」

「見て見てダンゴ! わたし、文字を書けるようになったんだよ!」

「へっ、ちょっ、うわわ!!」


 大勢の子ども達に囲まれてダンゴは揉みくちゃにされる。

 凄い慕われている。いや、そもそもこの慕われ方は異様だ。


「ダンゴはこの村の人達に何をしたの?」

「彼はこの村の住人全ての命の恩人だ」


 なすがままにされているダンゴを眺めていると、私の疑問を誰かが答える。

 声がした方向に視線を向けるとそこには神父の装いに袖を通した筋骨隆々の毛深い大男が立っていた。


「ようこそ旅のお方。ダンゴさんの連れの人。私達は貴女を歓迎する」

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