第4話

「とぺちっ!?」

「ちぁ――――!」

「てめぇこの野郎! よくも仲間達を!! ぶっ殺してやぇ」


 斬る、殴る、踏み付ける、圧し折る、踏み砕く、握り潰す。

 魔族連中の断末魔と返り血を浴びながら淡々と処理を進める。


「本当に面倒だ」


 数だけは無数に居るゴブリンタイプの雑魚を蹂躙しながら呟く。

 一体一体は大した脅威じゃなくてもこうも群れられると嫌気がさしてくる。


「元々争い事は好きじゃないってのに――――!!」


 背後から攻撃を仕掛けてきたオークタイプの攻撃を避け、そのオークの頭部を掴み、近くに居たゴブリンの顔面に投げつける。


「加速付与! 熱いヴェーゼでもかましてろ!!」


 僕の魔法が付与された事で凄まじい速度でゴブリンと衝突する。

 当然、そんな速さで激突すればどうなるか等、火を見るより明らかである。

 衝突したゴブリンの頭部が弾け飛び五体が四散してもなお止まらず、周囲のゴブリンどもに危害を加えながらぶっ飛んでいくオークの姿を尻目に角が生えた人間タイプの魔族の首を掴む。


「がっ、げぇ…………」


 角の生えた人間タイプの魔族は苦しそうに呻きながら僕の腕を掴み、何とか逃れようとする。


「外見が人間タイプで、女の子の姿をしていると流石に罪悪感が湧くな」


 逃れようと抵抗する魔族の首を握り潰す。

 人体の構造上曲がってはいけない方向を向いて機能停止した魔族をさっきのオークを投げた時のように魔法を付与して放り投げる。


「ああくそ。本当に数だけは無数に居る」


 僕が暴れまわっているから敵の総数は間違いなく減っているのだろうが、それでも主観的には全く減っていない様にも思える。

 こんな事ならガントレットを付けて来た方が良かっただろうか?

 いや、そんな物まで着けて出掛けるって言ったらルーナが怪しむだろう。

 頭上の敵に回し蹴りを叩き込み、周囲の敵を殲滅しきったところで距離を置きこちらの様子を伺っている魔族連中を見渡す。

 一定の距離を取り、魔力を漲らせている。


「接近戦じゃ勝てないから中遠距離から攻撃、ね」


 魔族連中が今しようとしている事を口に出して言う。

 選択としては悪くない。接近戦で勝てないと分かっているなら距離を取って攻撃すべきだ。

 欲を言うのなら足止め役が欲しいところだ。が、それに関しては僕が皆殺しにしたからだし、向こう側も僕がここまで早く殺し終わるとは思ってもみなかっただろう。


「本当、悪くない。でも、良くもない」


 足止めが全滅した時点で攻撃の準備が完了してないのであるならばそれは明確な隙だ。

 僕を確実に仕留める為に大技を使おうとしたのだろうが、敵は選択を誤った。

 このまま魔法を撃とうとしている連中に攻撃を仕掛ければ良いし、同志撃ちになるよう仕向けても良い。

 余裕があるのなら挑発してワザと撃たせて、その上でその全てを無効にして絶望させるという悪趣味な方法も有効だ。

 連中を駆除するのにそんな遊び心を入れるつもりは皆無だが。

 それ以前に僕一人にここまで数を減らされた時点で集団としては敗北だ。


「僕が相手じゃなければその選択は最善手だったね」


 僕を相手にした時点でその手法は最悪手だ。

 連中に聞こえるようはっきりとした声で告げると刀身に魔力を叩き込む。

 魔力とは魂から溢れる代謝物だ。魔法を使うのに必要な燃料でもあり、敵意を乗せて放てばそれ自体が相手を傷付ける事もあるエネルギー。

 そんなエネルギーをこれ以上無い程の敵意と殺意と共に刀から溢れるぐらいに込めているのを見て、魔族連中は見て分かる程に警戒している。

 今すぐにでも僕を攻撃したいのだろうが、残念ながら僕の方が早い。

 何故なら――――、


「僕とお前等とじゃ、歩んでいる時間が違うんだよ!」


 刀を振るうと共に刀身に込められていた魔力で魔法を発動する。


「時空破斬!」


 刃の切先から空間を歪める程の高密度な魔力が放出し、巨大な斬撃となって魔族連中に襲い掛かる。

 敵も魔法の準備を終えたのか僕の攻撃を相殺しようと放つ。

 しかし拮抗したのは互いの攻撃がぶつかり合った一瞬にも満たない時間だけ。敵の攻撃は最大限の効果を発動する前に押し潰され、魔族連中は僕の攻撃に飲み込まれた。

 空間を両断する一撃は容赦なく魔族連中を破壊し、残ったのは角が生えた人間タイプの魔族一体だけとなった。

 尤も、その最後の一人も機能停止寸前のダメージを負っているみたいだが。


「…………っち。やっぱ鈍ってる」


 長年戦いの場から離れていれば当然の話ではあるが全盛期には程遠い。

 勘もそうだけど腕も鈍っている。もうちょっと動けると思っていたんだけどな。

 これじゃあルーナの事を言えない。


「な、仲間達が…………貴様、よくも!!」


 自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると最後に残された魔族が僕を見て怒声を上げていた。


「まだ話せるだけの元気も残っていたか。本当に鈍ったなぁ…………」

「き、貴様…………私の仲間を殺しておいて、その口振りは何だ…………!? これだから人間は…………!!」


 仲間を殺された怒りに燃える魔族に対し、僕は思わず溜め息をつく。


「こうも五月蠅いと無意味だと分かってても愚痴の一つでも言いたくなるな」

「な、何だと…………貴様ぁ!! 無意味とはなんだぁ!!」

「何も無いよ。空気に向かって文句を言うなんて無意味な事でしょ? きみと話す事は、魔族と話す事はそれと同じだ。時間の無駄で、無意味で、無価値な事だ」


 地に倒れ伏して此方を睨み付ける魔族に説明する。

 すると魔族は呆気に取られたかのように目を丸く見開き、こっちを見ていた。

 はあ、本当に無意味な事をした。これ以上余計な事を言う前にとっとと止めをさそう。

 そう思って刀を片手に歩みを進めようとした瞬間、魔族は此方を化け物でも見るような目で見ている事に気付いた。


「き、貴様は…………何だ? 我等魔族を何だと思っている…………?」


 魔族は血が溢れるのも気にせずに立ち上がる。


「嫌悪、憎悪、殺意。いずれかの違いはあるが…………人間は我等魔族と敵対する時、そういった感情を向けて来る。だが、貴様にはそれが無い…………お前は何だ、本当に人間なのか――――いや、そんな事は今はどうでも良い!!」


 怒りに染まっていた表情から一転して何かの決意を固めた表情を浮かべる。


「貴様はここで倒さなければいけない! 仲間達の為にも…………!」


 瞬間、魔族の身体から莫大な魔力が溢れる。

 同時に奴の身体が人間のそれとは別の何かに変形をし始める。


「僕が鈍っていたのも事実だけど、生き延びられた理由もあったわけか」

「グルゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 耳を劈くような雄叫びと共に奴の全身を覆っていたどす黒い魔力が消し飛ぶ。

 さっきまでの人間に似通った姿から一転し、今の奴は誰がどう見ても化け物としか言えないような姿をしていた。

 ライオンを思わせるような頭部に二本の黒い角。

 上半身はゴリラのそれで下半身は馬。まるでケンタウロスのようだ。

 体格も僕の十倍ぐらいはありそうだし、恐らくこれが奴の本来の姿なんだろう。

 身体に刻まれたダメージも完全に消え去っており、感じる魔力や圧力もさっきまでの比ではない。


「死ねぇ!!」


 魔族は僕に向かって拳を振るう。

 巨体から放たれる拳は込められた魔力と共に凄まじい攻撃力を有しており、直撃すれば無事では済まないだろう。


「ああもう、とっとと止めを刺せば良かった」


 迫る拳を眺めながらそう呟き、魔法を発動する。


「時戒現象――――」


   +++


――――何が起きたのか分からなかった。


 仲間を殺した眼前の人間のような何かを倒す為、自分は命を賭して攻撃をした。

 醜いと思っている己の本性を晒し、身体に残された全ての魔力を拳に込めた一撃だった。

 これで殺せるかは分からないが、それでも生涯最高の一撃になる事は違わない。

 だが攻撃が敵に当たる事は無く、自身の身体は八つ裂きにされて地に落下していた。


「がぼっ…………」


 両腕、両足、胴体、首。

 文字通りバラバラになった身体が重力に従って落下していく最中、何時の間にか自身に背を向けて歩みを進めている敵が視界に映る。

 もう自分にはどうする事も出来ない。敵が何をしたのかを知る事も、仲間に情報を残す事も不可能。

 自分に出来る事は何も無い。ただ塵芥となって消え去るのみ。


「ちく、しょう」


 先に死んでいった仲間達の亡骸が黒く染まり消滅していく。

 その光景が何よりも悔しかった。

 憎まれる事も恨まれる事も無く、嫌悪される事すら無い。

 ただそこにある石ころや空気と同じでしかないと言った敵の言葉が真実であるかのような光景が、命尽きる最後の瞬間に見た光景だった。


   +++


 ドサリと最後に残された魔族が倒れた音が背後から聞こえた気がした。

 振り返る事は無い。もうここに敵は居ないからで、悲劇や不幸が無くなったからだ。


「うん。もう大丈夫かな」


 左目を閉じ、右目で星一つ無い夜空に浮かぶ月を見上げながらそう呟く。

 一先ず大惨事は防げた筈だ。とはいえ、ここまで沢山の魔族が消息不明になったら怪しむ奴が居るから焼け石に水かもしれないが。

 それでも全く無意味では無い筈だ。


『き、貴様…………私の仲間を殺しておいて、その口振りは何だ…………!? これだから人間は…………!!』


 ふと、脳裏にさっきの魔族が言った言葉が脳裏に過る。

 仲間を殺されて怒りに燃え、下手人である僕に対し殺意を向けていた。

 その言葉には人間という種族に対し、今まで積み重ねて来た恨みつらみが込められていた気がした。


「はぁ…………」


 思わず口から溜め息が零れる。


「道具に心なんか与えるなよ。誰も幸せにならないだろうが」


 刀を鞘内に仕舞い、僕はその場を後にする。

 僕が暴れた痕跡以外、この大地に何も残る事は無かった。

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