第3話

 今代の勇者である少女、ルーナ・ルークスを助けてから約三ヶ月の時が経過した。

 傷付いて疲れ果てた彼女が休息を取り、身体に刻まれたダメージが快癒するには十分な時間だったと思う。傷が治ったばかりの頃は身体の動きも何処かぎこちなかったが、しっかりとリハビリしたおかげでぎこちなさも無くなったと思う。

 心の傷に関しても完全には治っていないだろうが、それでも僕と話す時は笑みを浮かべる事が多くなった。

 この調子なら大丈夫。そう思っていたのだが――――、


「私、良いよ。ダンゴになら…………何をされても」


 深夜の薄暗い部屋の中、ルーナが何故か一糸纏わぬ姿で僕に迫っていた。

 自身を押し倒そうとしてくる彼女を何とかあしらいながら僕は思わず天を仰ぐ。

 どうやら心の傷とはまた違った問題が出来てしまったらしい。


「取り敢えず…………」


 力押しで僕を押し倒そうとするルーナを受け流し、ベッドに突っ込ませる。


「婚姻前の女の子が軽々しく男に肌を晒すな!!」


 そして近くに脱ぎ散らかしている衣服を掴み、彼女に向かってぶん投げた。


「そんな、酷い…………」

「酷いじゃないよ。ったく」


 投げた服を手に取り悲しそうな表情をして涙を流すルーナに説教をする。

 と、いうかこの娘は異性の前で裸体を晒す事の意味を分かってやっているのか?

 いや、分かってはいるんだろうな。じゃなきゃ服を脱いで男を誘うような言葉を言うわけが無いだろうし。


「きみのような子どもがそんな真似をするな」

「子どもじゃない。こう見えても13歳の大人だよ」

「それを世間一般では子どもって言うんだよ! 18…………だと遅いか、最低でも16歳まではそういった事はしないように」

「なんで?」

「身体が出来上がってないからだよ。世の中にはきみよりも年下で子どもを産んでいる人も居るけど非常に危険な事だからね」


 尤も、大人になっても出産が危険な事には変わりないが。


「兎も角、一番最初に言ったように婚姻前の女の子がそんな事をするな。そういうのはもっと成長して、結婚した男の人とやるように!」

「ならダンゴと結婚する。それなら問題は無い」

「問題ありまくりだよ。きみは勇者様でしょ。なら将来結婚する相手とか居るんじゃないの?」

「…………それ、私を裏切った仲間の一人」


 ルーナの言葉を聞いて思わず「おぅ……」と言葉を出し天を仰いでしまう。

 何でこう地雷を踏んでしまうのかな僕って奴は。


「ゴメンね。無神経だった」

「ううん。大丈夫」

「でもやっぱりそういうのはダメだと思うよ。勇者様がこんな得体のしれないおっさんに結婚するなんて言うのはさ。それに僕こう見えても既婚者だから色々と反対も多いだろうし」


 僕がそう説明するとルーナが酷く驚いた表情を浮かべた。

 驚愕が三割、ショックが四割、信じられないといった気持ちが三割といったところか。


「えっ…………結婚してたの?」

「うん。こう見えても子どもも居るんだよ。そしてきみの何倍も生きてるのさ」

「じゃあどうして一人でこんな山奥で暮らしているの?」

「二人とも死に別れたからだよ」

「…………ごめんなさい。失礼な質問をして」

「ああ、気にしなくて良いよ。大分前の話だ。それにきみがそんな顔をしていたら二人に僕が怒られちゃうよ。女の子を暗くさせてなにやってんだー、ってね」


 そう告げて僕はルーナの頭に手を乗せて優しく撫でる。


「まああれだ。きみも大人になればきっと、僕みたいなおっさんよりも素敵な人に出会えるから。だからそんなはしたない真似はもうやめようね」

「…………ダンゴよりも素敵な人なんか、居ないよ」

「そんな事は無いと思うよ。人間でも亜人でも、きみが出会った事が無いだけで僕よりも良い人はこの世には沢山居るんだから。だからそんな早まっちゃダメだよ。きみはまだ幼いんだから」


 ルーナの頭から手を離し、少しだけ下がる。

 彼女は僕の手が無くなった事が寂しいのか名残惜しそうに頭に手を乗せる。


「それじゃあ僕ちょっと出かけるから」

「え、外に行くの?」

「うん。用事があってね。帰りが遅くなるから先に寝てて良いからね。当然のことだけど服はちゃんと着ててね」

「…………う、うん」


 僕が外に行くと伝えた瞬間、ルーナが寂しそうにこっちを見る。

 心なしか身体が震えているような気がする、いや、間違いなく震えていた。

 その姿は寄る辺を失った子どものようにも見える。

 ああ、やっぱりまだ心の傷は癒えていないか。そう思った僕は彼女に対し優しく問いかける。


「ルーナはさ、明日の朝何食べたい?」

「えっ、えっと…………厚いベーコンとチーズが入ったオムレツ」

「分かった。じゃあ食べ盛りのルーナの為に頑張って作らなくちゃね。その為にも用事はとっとと終わらせて来るよ!」


 僕がそう言うとルーナは少しだけ笑みを見せた。


「うん。楽しみにしてるね」

「じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 短く別れの挨拶を交わし、僕は壁に立て掛けていた刀を手に取って家の外に出た。

 最後に見たルーナの身体の震えは治まっていた。


   +++


 現状はあまり喜ばしいとはいえない状況だろう。

 家から出た僕は山の中を走り回りながらルーナの状況について考えていた。

 仲間に裏切られた彼女の心的外傷トラウマは決して小さいものではない。

 それでも三ヶ月という長い時間はその傷を全く癒さなかったわけじゃない。が、その代わりとしてルーナは僕に依存してしまった。

 自惚れているつもりもなければ自分を過大評価しているつもりも無い。

 だけど彼女のあの有り様を見て依存していないと断言出来る程、僕は鈍感ではない。

 加えて彼女は聡明だ。そんな彼女が年頃の少女が裸で迫って来て肉体関係を求めるなんて真似をする理由を分かってないわけが無い。

 性欲に負けたとかもありえないわけじゃないが、家を出る前に見せた彼女の様子はどう見てもそれじゃないのは分かる。


「本当、やるせないな…………」


 彼女が僕に迫った意味、それは仲間に裏切られた彼女を助けた僕を逃がさないようにする為なのだろう。

 こうして考えるだけで彼女に対して侮辱になるような話だ。

 だけど、間違いなくこれが真実だ。


「取り敢えずルーナを裏切った奴等はぶちのめすのは確定として、どうすべきか」


 と、口に出してはいるが答えは決まっている。

 彼女が僕に依存しているのなら離れるわけにはいかない。

 先達として子ども達に恥ずかしい姿を見せなくちゃいけない。


「休息は十分に取った。今までの仕事も継続する。そして彼女が依存から脱却できるように、導き育てる事。それが僕がやらなくちゃいけない新しい仕事だ」


 僕がやるべき事は、やらなくちゃいけない事は昔から何一つ変わっていないのだから。


「さて、と」


 岩山の上に跳躍し、眼下を見下ろす。

 下に見える大地には無数の、夥しい数の群れがあった。

 ゴブリンやオークといった典型的な魔族の姿をした者や、普通の人間と同じ姿をしながらも頭部に角が生えた者も居る。

 間違いない、魔族だ。それも大群だ。


「どうしてこんな数の魔族が居るかは分からないけど、これ以上先に行かせるつもりは無いよ」


 連中の目的がルーナか、それともこのまま先に進んだところにある国かは分からない。

 だけどこのまま突き進めば僕の家にかちあう。そうなれば当然ルーナもこの事を知る。

 病み上がりの今の彼女にこれだけの数の魔族を相手にするのは不可能だ。

 だから、ここで全員仕留める。皆殺し、鏖殺だ。

 腰から下げていた刀を鞘から引き抜く。

 漆黒の刀身に月光が当たり、妖しい輝きを放つ。


「それじゃあ、行こうか」


 刀を手に持ったまま岩山から飛び降り、魔族の大群の前方に着地する。


「む、何奴――――」


 突然自分達の前に僕が現れた事に呆気に取られる魔族連中を前に、刃を軽く振るう。


「取り敢えず、二倍速から行くか」


 そう呟くと同時に魔法を使って加速し、群れの前方に居た魔族に対し刃を切り付けた。

 僕の行動についていく事はおろか、反応することすらできなかったゴブリンタイプの魔族は斜めに崩れ落ち、その場に倒れ伏す。

 一人倒れた事に困惑の声を上げる間を与えず次の敵に攻撃を仕掛ける。

 二人、三人、四人と連続で攻撃をし続け倒れていくにつれ後方に居る魔族連中も何が起こっているのかを理解する。


「襲撃だ! 全員構えろ!!」


 その言葉を合図に、僕と魔族の大群の開戦の火蓋が切って落とされた。

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