第2話
それは昔々の大昔に実際に起こった話。
魔族と呼ばれている存在がこの世界に突如として現れた。
彼等は酷く凶暴な存在で世界さえも滅さんと言わんばかりに暴れ回り、人間や亜人関係無く危害を加え多くの生命を滅ぼした。
誰も彼もが絶望する中、一人の男が現れた。
黒衣を身に纏い、聖剣と聖槍を一つずつ携えた男は世界で暴れ回っていた魔族を打倒し、ついには魔族達の王である魔王すらも地に沈めて世界を救った。
――――一番最初にして最も偉大な勇者『勇者王』の伝説。
千年前に世界を救った私の御先祖様だ。
排他的なエルフや偏屈なドワーフを含めた全ての亜人からはおろか、その強大さに比例するかのように傲慢で身勝手な
私も彼のような勇者になりたかった。
彼の血を引く者として、勇者の名に恥じない者になろうと思っていた。
長い時の果てに聖槍は失われてしまっているが、代々伝わって来た聖剣で魔族を倒し、世界を救って皆の笑顔が見たかった。
その思いで聖剣を手に取り、仲間達と共に旅をしていざ魔王と対決しようとした時。
――――仲間だと思っていた人達に背後から斬られたのは。
私は、ルーナ・ルークスは『勇者王』のような勇者になろうと思っていた。
でも、仲間達も同じ方向に向いていると勝手に思い込んでいた私には叶う事の無い目標だったのだ。
+++
「あ、ぅ…………」
両方の瞳から涙が溢れて、顔を伝う涙の冷たさから目を覚ます。
意識を取り戻した直後に感じたのは全身を襲うような倦怠感と引き攣るような痛み。そしてどうしようも無いという失意と絶望から来る後ろ向きな気持ちだった。
生きていた事が嬉しいとかそんな感情は皆無。むしろその逆でどうしようもない無力感に苛まれる。
――――どうして、死ななかったのか。
仲間に裏切られた挙句、指名を果たす事が出来なかった勇者等、存在する価値が無い。
今すぐにでもこの世から消えて無くなりたい。
申し訳なさと罪悪感から後ろ向きな気分になってくる中、ふと視線を真上から横に向ける。
そこで私は今自分が知らない建物の中、ベッドの上で横たわっていた事に気が付く。
王都にある民家に比べても小さい家の中、沢山の本やら謎の液体が入った瓶が散乱している。どちらかといえば片付けられてない部屋だ。
そんな中、一際目を引くのが壁に立て掛けられていた一本の剣だった。
鞘に納められているが反りのついた構造から片刃の剣だというのが分かる。
初めて見るタイプの形状の剣だ。にも関わらず、何故かずっと前から知っているような奇妙な懐かしさを感じた。
「う、ぐぅ…………」
何日も動かしていないかのように固まっている身体を強引に動かし上体を起こす。
そして壁に立て掛けられているその剣に手を伸ばした――――その時だった。
ガチャリと音が鳴り、誰かが入って来たのは。
「目が覚めたんだ」
部屋の中に入って来たのは綺麗な人だった。
膝下まで伸びた黒い髪に頭頂部から昆虫の触角のように生えているアホ毛、そして血を連想させるような真紅の瞳。
身に纏っている服は黒を基調としており、そこに赤と金色の装飾が着けらていて丈が膝下まである非常に長いものだ。
背丈は自分より少し大きい程度で、顔立ちは非常に整っていて可愛らしい顔立ちをしている。
男の子というよりは女の子といった方が良い、中性的を通り越して女性的で年齢よりも幼さを見せる顔をした人だった。
何処となく神秘的な雰囲気を感じる、可憐な人だった。
「良かったー。目が覚めなくて心配してたんだよ」
その人は声変わりをしていない少年のような、もしくは低く出している少女のような声で安堵したように笑う。
そしてその手に持っている食べ物が入った籠を見せる。
「丸三日目覚めなかったからこのまま目が覚めないんじゃないかと思ってさ。ちょっと待ってて、今すぐ食べやすいもの作るから」
可愛らしく幼い顔をしたその人は外見相応の無邪気さと無垢さを感じさせるような、屈託の無い顔を見せる。
自分が目覚めた事が自身の事のように嬉しく思っているかのようだ。
だがその明るい笑顔を見て、何故か恐怖を感じてしまった。
「っ、い、いやっ!!」
半ば反社的に近くにあった物を掴み、彼、あるいは彼女に向かって投げてしまう。
人の良い顔をして、どうせまた裏切るんだ。そう思ってしまったからの行動であり、そしてすぐに後悔する。
自分を助けてくれたと思われるこの人を、
だが後悔しても時既に遅く手に取って投げた物、ナイフは黒髪の人に吸い込まれるように向かい、
「っ、と」
身を守る為に前に突き出した左手に深々と刺さった。
ポタポタと赤い血が流れて床にしたたり落ちる。
「あ、ご、ごめん…………なさい…………」
「……………」
黒髪の人が腕に刺さったナイフを見て無言になる。
それを見て私は胸の奥からどうしようもない罪悪感が沸き上がって来てその場にへたり込んでしまう。
なんて、なんてバカな真似をしてしまったんだろうか。人を守る為の勇者であるにも関わらず、その守るべき人を傷つけるような真似をするなんて。
自分のしでかした事に後悔していると黒髪の人は籠をテーブルの上に置くと手に刺さったナイフを引き抜く。
ナイフが引き抜かれた事で血が飛び散り、刺さっていた時よりも多くの血が溢れる。
黒髪の人はゆっくりと私に近付いて来て、しゃがみ込んで私の手を取った。
「ごめんね。無神経だった」
そしてナイフで傷つけられた被害者であるにも関わらず、とても優しい表情で誤ったのだ。
「え、あ…………ちが、わた、しは…………」
「違くないよ。これに関してはきみの事をよく考えていなかった僕が悪い」
私の手を強く握りながら優しく彼、あるいは彼女は語り掛ける。
「僕はきみの身に何が起こったのか、詳細な事は分かっていない。でも、噂でなんとなくは知っている。きみが仲間達に裏切られた事を」
一瞬、私の手を握る力が強くなった。
でも、それは私に対して怒っているわけではなく、私の仲間達に対して怒っていた。
「その事を知っていたのに、きみの心が酷く傷ついていると知っていたのに、不用心に接した僕が悪いんだ。きみがした行いは自分の身を守る為の行動なんだ。だから、きみは悪くないんだよ」
「あ、う…………」
「きみの心の傷と違ってこんな傷はすぐに治る。だから気にしないで。きみの心の傷になるような痛みじゃないんだから。むしろきみが動けるようになるまで回復した事を喜ぶべきだ」
決して痛くない傷では無い筈なのに、貴方は傷付けた筈の私が元気で居る事に喜んでいた。
初めてだった。初めての事だった。
勇者として育てられてきて今まで、誰かから恐れられたり崇敬されたりする事はあれど、こうして人並みに優しくされたのは初めての経験だった。
不思議と胸の内が暖かくなり、瞳から涙が溢れる。
だけどその涙は不思議で悲しくて出たものじゃなく、嬉しくて出たものだった。
何で悲しくないのに涙が流れるのか、私には分からなかった。
瞳から溢れる涙を拭っていると貴方は「それに」と言葉を続ける。
「治療する為とはいえきみをひん剥いて裸にしちゃったからね。大の男が年頃の少女にそんな真似したんだから殴られて当然だよ」
自嘲気味に笑いながら溜め息をつく彼に何とも言えない気持ちになる。
その容姿で男だったのか、とかよく見ても精々15歳前後にしか見えないのに大の男というのはちょっとおかしいような気がしなくもない。
しかし、全く気にしていない事なのに此方を上目遣いで申し訳なさそうに見て来る彼を見て、少しだけ気が安らいだ。
「大丈夫。気にしてない」
「…………本当?」
「本当。むしろ助けてくれてありがとう。えっと…………」
「ああ。そういえば自己紹介がまだだったね」
彼はそう言うと立ち上がり宣言する。
「僕はツキミ・ダンゴ。人里離れた山奥で一人暮らしている偏屈な男だよ」
私はこの時の出会いを、男とは到底思えないような可愛らしい彼との出会いを忘れる事は無かった。
きっと最初から決まっていた運命だったのかもしれない。
――――これは、私が勇者になるまでの物語だ。
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