仲間に裏切られた勇者を助けた結果、依存された
霧ヶ峰リョク
第一章【The Hero of Time Meets the Descendants of Light】
第1話
――――勇者を裏切るなんて真似は本当に愚かな事だと思う。
何故なら、と態々理由を付ける必要が無いくらいにやってはいけ無い事だ。生命の禁忌、自殺志願者としか形容出来ないような事なのだから。
勇者とは人類最後の切り札であり、人界の守護者だ。
歴代の勇者がどんな人間かは知らないし、多分聖人君子じゃない性格の奴も居たとは思う。勇者とて人間だ。我欲に塗れていた奴が居てもおかしくはないし、むしろ全員が聖人君子だったら怖いと思う。
それでも勇者は世界の為に戦う存在だ。
だからこそ勇者を裏切るという行為は絶対にあってはならない行為なのである。
――――そんなバカな真似を今の勇者の仲間達がしでかしたと聞いたのは僕が街中で買い物をしていた時だった。
最初に聞いた時は何かの冗談と思った。
人界を守る為の勇者の仲間が、あろうことか守る筈の勇者を裏切ったなんていう、無意味に他人を死に追いやる自殺志願者がやるようなバカな真似をする筈が無いと。
しかし、その噂が真実である思い知らされたのはその噂を聞いて三日目の朝。いつものように魚を獲ろうと近所にある湖に行き、湖岸に見覚えのあるボロ雑巾のような人間が転がっているのを見つけた瞬間だった。
「え、えぇ…………噓でしょ?」
湖岸に漂着しているゴミのように転がっている物を見て、思わず口から間の抜けた声が出るが無理も無いだろう。
一見単なるゴミの塊としか思えないようなそれは、傷だらけで死に掛けの一人の少女だった。
少女の顔は血や泥で汚れ、背中には大きな刀傷が刻まれている。それ以外にも傷も多くしっかり顔を見なければ分からない。しかし、間違いなく今代の勇者その人だったのである。
ついでに彼女の近くには鞘に納められた聖剣も転がってある。
「何でこの子がこんな場所に……………」
パレードの時に遠目で少しだけ見た事があるくらいだが、その時に見せていた強い覚悟を感じさせるような表情とは違い、今の彼女の顔は絶望と失意に満ちている。
意識を失っているにも関わらずこんな酷い顔をしているなんて、どんな酷い目にあえばこんな事になるのか。
「いや、噂の通りならばこんな顔になってもおかしくないか」
詳しい理由は分からない。どうしてこうなったのかなんていう経緯もさっぱりだ。ただ一つ分かるのは彼女はパレードで見た四人の仲間と共に世界を救う為に旅立ち、そこで仲間達に裏切られたという事だろう。
そうじゃなきゃこの背中にある大きな刀傷は説明がつかない。
この傷は人間の手によって付けられた傷なのだから。
「…………クソがッ!」
彼女を裏切ったと思わしき仲間、否、元仲間達に対し怒りを募らせる。
だがこんな所で怒ってもどうしようも無いと自身に言い聞かせ、近くに転がっている聖剣を手に取る。
「お前が彼女をここまで逃したのか?」
鞘から引き抜いて刀身を眺める。
聖剣は勇者にしか扱えない特殊な武器だ。裏切られた彼女をここまで逃したとしても不思議じゃない。
尤も、仮に意志があったとしても話す機能なんて無いから僕の質問に答える事は無い。
とはいえ、当たらずと雖も遠からずといったところだろうが。
「…………これも運命か」
出来る事ならこんな事は起きてほしくはなかったが、起きてしまった以上仕方がない。
聖剣を鞘に仕舞い、傷だらけの少女を背負って歩き出す。
「っと、めっちゃくちゃ軽いなぁ。ちゃんと食べてるのか心配になってくるよ」
背中から感じる少女の体重を心配しながら空を見上げる。
空は雲一つ無い快晴のようにも見える。しかし、うっすらと紫色の瘴気のようなものが漂っているようにも見える。
「ああもう、空が青いなぁ」
半ば現実逃避をしながら僕は勇者を背負って自宅に戻る事にした。
+++
あの後、勇者を自宅に連れ帰った僕は自宅にあった道具や薬、自身の魔法を使って彼女に治療を施した。
彼女が意識を取り戻したのはその三日後の夜だった。
目が覚めた直後の彼女は酷く混乱している様子であり、僕を見るなり酷く怯えた様子を見せた。
あれは誰がどう見ても人間不信だったと思う。意識を取り戻したばかりの彼女は半狂乱になっており、近くにあったものを僕に投げるなり酷く攻撃的だった。
何とか根気強く時間をかけて自分が敵じゃないと信じて貰い、彼女の身に一体何が起こったのかを話してもらった。
結論から言えば、彼女は噂の通り仲間達に裏切られたとのことだ。
世界を救う為に共に旅をした者達が何をとち狂ったのか倒すべき魔王の前で彼女を背後から襲い、魔王側についてその命を奪おうとした。その状況の中で彼女は命からがら逃げだす事に成功し、あの湖岸に流れ着いていたというわけである。
まだ話してない事はあるだろうが、彼女が言った言葉は全て真実。
本当にどうしようもない話である。
あの時は本当に情けなくなって彼女の元仲間達、もとい薄汚い蝙蝠野郎に対して殺意が抑えられなかった。
まあそれはどうでも良い事だ。重要な事じゃない、本当にマジで今この時に限っては重要な事じゃない。
「あ、あの勇者様…………? 何で裸で僕の事を押し倒そうとしているのでしょうか?」
現在、僕は裸の勇者に押し倒されそうになっていた。
どうしてこうなったのか、そんな僕の思いを込めた質問に対し勇者は小首を傾げて不思議そうな表情をする。
「何って、子作り?」
「子作りって、それは本当に好きになった人とじゃなきゃしちゃダメでだから!!」
「大丈夫…………私はきみの事が好きだから。きみは私の事が嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけどさぁ…………!」
此方を上目遣いで見て来る勇者から顔を背け思う。
本当にどうしてこうなったのか分からない。ただ一つだけ言える事があるとするならば――――仲間に裏切られた勇者を助けた結果、依存されたという事だろう。
この後、自分を押し倒そうとしてくる勇者を引っぺがして服を着せたのは言うまでも無い話。
流石に貞操は守り切ったよ。
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