再会 狼視点
いつも通りの日常。遅くなった仕事の帰り道。時間は夜の10時。前の方からから甘い、沈丁花の香りがした。甘い匂いは好まないはずなのに、とてつもなく惹かれる。これはきっと、俺の番の匂いだ。
重度の嗅覚障害は治ったものの後遺症か、フェロモンの匂いに影響されづらい体質だと診断された。実際、ヒートのΩに遭遇しても、少し動悸が早くなる程度で俺の息子は全く反応しない。それなのに、この匂いは今すぐ食べたくて仕方なくさせる。…アイツだ。昔から何故か目を追ってしまっていた、同級生 瑞花千里。アイツが俺の番だったのだ。
「瑞花。」
「大上。…えっと、久しぶり?」
たまらず、声をかけた。振り返ったアイツは、最後に見かけた成人式の頃より大人びていた。服装はカジュアルで、まだ社会に出ていなさそうだ。パーカーにジーパン。色気なんか全くないはずのその格好は禁欲的なのが逆に酷く唆られる。その服を剥いたら、どれほど良い匂いがするだろうか。…喉が酷く乾く、同時に涎が止まらない。食べたい。頭がガンガンと痛いほど、興奮してくる。
「こんな時間に一人で帰ってるなんて、危ないだろ。」
「バイト帰りはいつもこの時間だよ。防犯ブザーも持ってるし、大丈夫。」
「バイトはいつもこの曜日か?」
「火木土だけど。それがどうかした?」
ふと、今の時間を思い出した。こんな時間に、俺のΩは何故一人で歩いている?誰に襲われるかも分からないのに。万が一、俺以外に頸を噛まれたらどうする気だ。腹が立って、叱ってしまった。…バイト帰りはいつもこの時間らしい。仕方ない、シフトのある日は俺が迎えに行こう。出勤日も聞けたことだしな。…とても困惑しているような眼差しで、さっきまで合わなかった瞳を向けてきた。っ!なんて瞳をしてるんだ!甘くとろとろに溶けた瞳は美味しそうで、つい欲のこもった瞳をしてしまった。…怯えてしまったのか、震えている。抱きしめて安心させてやりたい。そのためにも、関係性を変える必要がある。付き合うためにはまず、デートに誘う必要があるか。ちょうど見たい映画があったことだし、彼女を誘うとしよう。
「瑞花、最近流行ってる映画見たか?」
「…あっ、チェンジリングの?」
「それ。見に行きたいんだけど、一人で行くと寂しいだろ。今度の日曜、空いてない?」
そう誘うと、酷く困惑した表情をされた。…何故?匂いに鈍感な俺ですら、これほどまでに心を揺さぶられているのに。気付いていないのか?…気付いていないから、今まで一度も番にしてくれと縋ってくれなかったのか?今は血液検査で、番適合率が分かる時代だ。お前がもっと早く番じゃないかと、声をかけてくれていればもっと早く捕まえられていたのに。そう思いながら見つめていると、あろうことか否の返事をしようとしたのだ。
「ごめんなさい。予定が…っ?」
「どうした?千里。」
咄嗟に、全力でフェロモンを叩きつけた。愛しい愛しい番に拒否されるなんて、嘘でも聞きたくない。…フェロモンにより頭が働かなくなった千里は、死ぬほど可愛い。可愛いが、足元も覚束ないのか転けそうだ。側で守ってやらないと。
「千里。映画行きたいよな?」
近付きながら、再度問いかける。断ろうなんて気が毛ほども起きないように、フェロモンを強く叩きつける。
「うん。おおがみといきたい。…ねぇ、ぎゅってしていい?においもっとかぎたい。」
「良いよ、おいで。」
可愛い、食べてしまいたいほど可愛い。千里のおねだりならいくらでも叶えてあげたい。…あー、息子が元気になってしまった。でも、番が抱きしめてくるんだから仕方ないよな?
「日曜、最寄駅に10時待ち合わせ。分かった?」
「わかった。」
「じゃあ、また日曜に。お休み。」
「うん、おやすみなさい。」
改めて、デートの約束を取り付け、ふわふわしたままの千里を家まで送りながら、連絡先を交換する。…俺にくっつきながら匂いにうっとりする千里のなんと可愛いことか。早急に番いたいところだが、身体だけでなく心も俺だけのものにしたい。同意のない番契約は犯罪だしな。
千里を思い出すだけでも、身震いが止まらない。早く番って囲わないと、他の誰かに手を出されないか心配で堪らない。…そのためにも実家から出ないとな。土曜はアイツの迎えに行く前に、不動産屋に行こう。
「早くここまでおいで、俺の千里。」
そう一人呟きながら、その日は眠ることにした。…夢でも千里が出ると良いんだが。これからが楽しみだ。
その狼は匂いが分からない。 夜永 @nocte
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