再会 花視点

いつも通りの日常。大学院で授業を受け、塾講師のバイトを終えた帰り道。時間は夜の10時。後ろから柑橘系のようなさっぱりとした、でもどこか重い香りがした。…これは、彼の匂いだ。私の運命の番、…だと勘違いしてしまう人。


「瑞花。」

「大上。…えっと、久しぶり?」

あちらから声をかけてくるとは思わなかった。最後に見かけたのは成人式。その時のようなスーツを着ている彼は、あの頃よりスーツが似合う男に成長していた。…心臓の音が相手に聞こえるんじゃないかと思うほど、うるさい。いくら勘違いだとはいえ、本能は彼を運命の番だと認識している。だからか、彼と居るだけで頭がふわふわしてくる。…抑制剤がなかったら、今頃ヒートを起こしてただろうな。


「こんな時間に一人で帰ってるなんて、危ないだろ。」

「バイト帰りはいつもこの時間だよ。防犯ブザーも持ってるし、大丈夫。」

「バイトはいつもこの曜日か?」

「火木土だけど。それがどうかした?」

彼とはあまり個人的な話をしたことがなかったから、急に叱るような物言いをされて驚いた。何でそんなこと気にするんだろう?バイトの曜日も。不思議に思い、直視しないようにしていた瞳と目を合わせてみた、ら、彼の瞳はどろどろに甘く溶けているようで。…何でそんな瞳をするの?逃げなきゃ…。こわい、やだっ。


「瑞花、最近流行ってる映画見たか?」

「…あっ、チェンジリングの?」

「それ。見に行きたいんだけど、一人で行くと寂しいだろ。今度の日曜、空いてない?」

彼がそう誘ってきた。…駄目だ。嬉しいなんて思うな。これは勘違いなんだから。関わりなんかしたら、いずれ番にしてくれと縋ってしまう。そして、番じゃないと言われるんだ。…Ωにとってαから番になることを断られるのは、死にたくなるほど辛いらしい。実際、それでも死を選ぶΩが居るほど。断ろう。…彼と関わるべきじゃない。


「ごめんなさい。予定が…っ?」

「どうした?千里。」

急に、彼の香りがつよくなって…あれ?なんのはなししてたっけ?つがいがしんぱいしながら、ちかづいてくる。うれしいな。だきしめてくれないかな。もっとにおいかぎたい。


「千里。映画行きたいよな?」

つがいがきいてくる。つがいとえいが…、いきたい。


「うん。おおがみといきたい。…ねぇ、ぎゅってしていい?においもっとかぎたい。」

「良いよ、おいで。」

うれしい。つがいがぎゅってしてくれる。こんなにちかいのはじめて。おなかあつくなってきた。…つがい、つがい?


「日曜、最寄駅に10時待ち合わせ。分かった?」

「わかった。」

「じゃあ、また日曜に。お休み。」

「うん、おやすみなさい。」



気付いたら家。いつの間に交換したのか、スマホには彼からメッセージが届いていた。…日曜日の10時に最寄駅で待ち合わせ。あれ、断ろうとしたはずなのに、何で行くことになってるんだろう。思い出せない。…思い出そうとすると、あの香りが頭を支配してふわふわする。


「…約束したものは仕方ないよね。」

そう一人言い訳をしながら、その日は眠ることにした。…思い出にして、この勘違いを終わらせよう。でも、楽しみだなぁ。

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