第20話 違和感と安堵




「なんていうか、古い形の王族って感じだな」

「古い?」

「そう。昔の王族にはそういう風に民から税金巻き上げて私腹を肥やす……みたいなやり方が多かったみたいだけど、ナーゲル国ってまんまそれって感じ?」


 ミラフェスはまるで他人事のようにそう言った。

 そんな国に生まれ育ったリザエルたちはそんな王政に疑問を持つことはなかった。古いと言われても、新しいものを知らない。だからナーゲル国の何がどう古いのかは分からない。

 ただミルドカディン国に比べたら、あの国は酷かったんだなと実感はする。今はまだその程度の違いしか認識できていない。


「まぁそれはどうでもいいや。肝心なのはあの国が何を隠しているかだ。異世界の少女に関して、聖女に結界を守らせていたことに関して、どんな小さなことでもいいから情報を集めないと。ガレッド、お前らはどれくらいで出発できそうなんだ?」

「他の仲間も傷はもう治ったので、準備が出来たら行けます」


 声を掛けられたガレッドが頷いた。

 ガレッドはともかく、他の仲間は重傷だった。そう動けるようになっていることにリザエルが驚いていると、それに気付いたキースが笑顔で説明してくれた。


「ギルドには専属の治癒師がいてね、その子がいればどんな怪我もパパーっと治せるんだよ。まぁ魔力にも限りがあるから、どんな怪我でもって訳じゃないけどね」

「そうなんですね。ナーゲル国にも医者はいましたが、治癒系の魔法を持っている方はいませんでしたので……」

「一人も?」

「え、ええ」

「ナーゲル国ってそこそこ広いのに、そんなことあるんだ。癒しの魔法ってそこまでレアじゃないんだけどな」


 キースは不思議そうに背もたれに寄り掛かって天井を仰いだ。

 リザエルも顎に手を当てて、思い出す。国民に関する資料も城に置かれていたから、よく目を通していた。子が生まれ、魔法が発現したら必ず報告しなければいけない。だからリザエルがギフトを持っていたことも知っていた。

 あの国にリザエル以外にギフトを持って生まれた子がいないことも、把握している。


「なんて言うか、叩けば叩くほど埃の出てくる国だね」

「そのようですわね……」

「それはそうと、異世界の少女ちゃん」

「え、私?」


 ずっと話を聞いているだけだった夏帆は、急にキースに声を掛けられてビックリした。

 この国のことを全く知らない自分は彼らの会話に入ることがないと思って完全に油断していたのか、慌てて姿勢を正した。


「君はこの世界をどう感じてる?」

「私が、ですか?」

「君なら客観的な意見をくれるかなって」

「うーん。私、牢屋でリザと会うまで言葉も全く分からなかったから、本当に何も分からないんだけど……」


 困った様子で「うーん」と唸るような声を上げる夏帆に、ミラフェスが椅子から立ち上がって彼女に近付いた。

 一体何をするのか黙って見ていると、彼は夏帆の座る椅子の肘置きに手を置いて、彼女を腕の中に閉じ込めるように顔を近付けた。


「ひいいいいっ近い近いっ」

「そもそも、なんでこの世界の人間でもないのに魔力を持っているんだ。なんで異世界の娘を必要とするんだ。これといった力は感じられないぞ」

「あああああ! 顔面の破壊力がヤバい! 顔が良い! 私、2次元しか興味ないのに3次元に落とされちゃう!」

「この娘は一体何を言っているんだ」

「私にも分かりかねます」


 リザエルはゆっくりと首を横に振った。

 ミラフェスは「そうか」とだけ言って、自身の顔を隠す夏帆の両手を退かした。


「話を続けるぞ」

「ああっ! なんて自分勝手!」

「ミーくんっていつもそうなんだよ、我慢して」


 キースだけでなく、ガレッドも諦めろという表情をしている。


「お前はあの城で王子のそばにいたんだろ。言葉が分からなくても何か感じたこととかはないのか」

「えー? えっとぉ……メッチャ触られて気持ち悪かったとか? なんかベタベタしてきて嫌だったな」

「他には?」

「えーっとえっとぉ……あ、あれかな。王様が、なんか……怖いと思ったかなぁ」

「ふむ、それはどう怖いと感じた?」

「うーん……威圧感とかそういうのもあるけど……不気味、って言うのかなぁ……私、別に魔法とかそう言うの勿論ないし、霊感とかも全然ないんだけど、あの王様には会いたくないって思った。あの王子に無理やり会わされたときも逃げたくて仕方なかった」


 夏帆が王に対してそう思っていたことに、リザエルたちは驚いた。

 あの国にいて、遠くから見ていてもそう思うことはなかったし、リザエルも同じ城にいて特に違和感を感じたことがなかったからだ。


「その様子だとお前たちは気付いていないみたいだな」

「え、ええ」

「まぁ、そういう国に生まれたんだから無理もないな。外を知らないんだから」

「国王自身に何かがあると、そういうことですか?」

「そりゃあ、何もない訳はないだろうな」


 当然のことだが、こうして改めて言葉にされると、胸にグサグサと突き刺さるものがある。そんな国に当たり前のように住んでいたこと、それが普通だと受け入れていたことが怖くなる。

 刷り込み。ある種の洗脳とでも言うべきなのだろうか。あそこから抜け出せたことに、心から安堵する。




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