第21話 焦りと不安




「色々と聞けば聞くほど、どうしてあれを普通と、当たり前と思っていたのか不思議になります」


 ため息交じりにライリンが呟いた。

 その言葉に、リザエルが何かに気付いたように口元に手を添えた。


「どうした、お姫様」


 リザエルの様子に気付いたミラフェスが自分の座っていた椅子に戻りながら聞いた。


「あ、いえ……私、あくまで仮の、例えとしてカホに言ったのですが……もしかしたら、国民はすでに王族によって軽い洗脳をされていたのではないかって……何の疑問を抱かないように、それが当たり前だと受け入れるように……いくら生まれたときからそういう国に生まれたからといって、少しの疑問も抱かないなんてこと有り得るのでしょうか……」

「なるほど……可能性はあるかもね」


 キースは小さく頷き、あくまで仮説だが、と話を続けた。

 国全体を覆う結界。それによってどんなに弱い洗脳魔法でも魔力を撒き続ければ、それは充満していく。そうやって国民が逃げて行かないように、王に従うことを当たり前だと思うようにしたのかもしれない。

 ただ、神の加護を受けた聖女であるリザエルや異世界から来た夏帆にはその魔法が効かなかった。だからこうして逃げようという決断が出来た。そしてその両親もまた、聖女の加護によって洗脳を解かれたのではないか。それがキースの考えだ。


「……もし結界が解けたら、その洗脳魔法が世界中に広がってしまう可能性は?」

「ないだろうな。それが出来ないから異世界の少女の魔力を必要としたんだろう」


 リザエルの問いにミラフェスが即答した。

 まだ仮説の段階だが、これが事実であったら恐ろしいことだ。夏帆をナーゲル国に奪われたら、もう打つ手はない。加護を持つリザエルだって抗えるか分からない。


「向こうの動きが分からない以上、こっちも下手な真似はできない。だからお姫様と異世界の少女ちゃんはこの国からでない方がいい」

「で、でも……私たちも何かお手伝いを……」

「まぁまぁお姫様。今すぐナーゲル国に攻め入るとかでもないんだし、僕たちはまずモンスターの異変を調べることが優先でしょ」

「そうですが……それこそ、私の加護で皆さんをお守りした方が……」

「落ち着きなって。姫の力もいずれはお借りする時が来るだろうけど、今はそのときじゃないよ。調査しに行くのに意図的に運を良くしてたら通常時の状態が分からないでしょ?」

「そう、ですわね……」


 肩を落とすリザエルに、キースは立ち上がり、彼女の肩にポンと手を置いた。


「焦ることはないよ。何かしたくなる気持ちは分かるけど、ね?」

「え、ええ……じゃあ、祈るのは良いですか?」

「祈り?」

「はい。私、城ではいつも結界を守るための祈りを捧げていて、それが習慣になっていたものですから……なので、せめてこの国に住まう皆様が争いに巻き込まれたりしないように……」

「うん。それは嬉しいよ。僕も大事なみんなが傷つくのは嫌だからね」


 リザエルはホッと胸を撫で下ろした。

 ナーゲル国が何をするか分からない。自分が外に出てしまったことで国民たちに何か被害があったらと思うと、怖くて仕方ない。

 そんな罪悪感がずっとまとわりついて、心のどこかで逃げたことを後悔する自分も確かにいる。王族がどうなろうと知らない、その気持ちは間違いないのだが、無関係の人を巻き込む可能性があるとなれば話は変わる。

 自分を犠牲にするだけで事態が収まるのであれば、リザエルは進んで身を投じる覚悟がある。だが、もうそんな話ではなくなった。今はとにかく夏帆を守らなきゃいけない。彼女を奪われないように、早く元の世界に戻すことが先決だ。

 そのために自分が出来ることを探したい。このまま、ただ待ってるだけなんて嫌だった。


「そんじゃ……ガレッド、城でも調査隊を組むからお前も作戦会議に混ざってくれ。そろそろ父上も来るだろうし」

「勿論」

「で、姫たちは今日はもう帰っていいよ。また何かあったら呼ぶからさ。あ、明日にでもみんなの新しい家を紹介できるから準備しておいて」

「ありがとうございます」


 両親は新しい住居のことで少しだけ残って話をすると言い、リザエルと夏帆は先に宿へと戻った。



―――

――



「落ち着かないの?」

「……そりゃあ、ね」


 宿の部屋で、ベッドに座りながらリザエルは小さく息を吐いた。

 こうしている間にナーゲル国が何を企んで動いているのか分からない。大きな壁があるせいで外からも様子を窺うことはできない。

 何もできない。それが、もどかしい。


「……そういえば貴女、あの王子に触られたって言ってたけど、大丈夫だったの?」

「え? ああ、うん。肩を抱かれたりとか距離が無駄に近かったくらいだよ。頬撫でられたりしたときは気持ち悪いなって思ったけど」

「……じゃあ、無理やり体の関係を持ちかけられたりもしなかったのね」

「え、いやないない! そんなことされたら全力で逃げてるって!」

「そう、良かった」


 リザエルは安心した表情を浮かべた。フレイはしょっちゅう様々な女性を連れ込んでいた。だから、もし強引に襲われでもしていたらどうしようと思ったが、夏帆の様子から嘘を言ってるようにも見えなかった。


「……てゆうか、私よりもリザエルは、その……どうなの?」

「私? 私は全くないわよ。多分、聖女だから手を出してはいけない、とかそういう決まりでもあったんじゃないかしら」

「そうなの?」

「さぁ、私にはそういう経験がないから実際に乙女でなくなったときにこの加護が消えるのかどうか分からないわ」

「へー。そういうのちゃんと守る国なんだね」

「そりゃあ、ギフトを授かる子は貴重だからね。そうでなくても、あの王子は私のことを元々嫌っていたみたいだし」

「なんで?」


 夏帆は意味が分からないと言って首を傾げた。

 そんなこと、リザエルにも分からない。何故か最初から向こうの態度は悪かった。婚約者になったからってお前を愛すると思うなよと言われたのを今でも覚えている。


「でもお互いに良かったよね。あんな王子が初めての相手だったらその場で舌を噛み切ってやりたくなるよね」

「ふふ、そうね」


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