第19話 知ってることと知らないこと




「わ、私が知っていることもそう多くはないのですが……」


 リザエルは王子の婚約者になってからのことを思い返しながら話し始めた。


 あの城でのリザエルの役目は、何代も続いて守り続けてきた結界を維持すること。その結界は百年前に現れた異世界の少女が張ったもので、それのおかげでナーゲル国はずっと守られてきた。

 その結界を構築する魔法陣は夏帆が現れた女神の泉。その泉の中央に設置された噴水に奉納された透明の宝石、それに刻印された魔法陣が結界を作り上げている。

 そしてそれに祈りを捧げるのが聖女の役目。聖女の祈りだけが結界を維持できると言われているらしく、そのためナーゲル国の王族はギフトを持って生まれた少女を妻に迎えてきた。


「何故聖女だけなのか、その理由は聞かされていないので詳しくは分かりません。どの書物にも聖女に関することは書かれていなくて……もしかしたら意図的にそういった文献を隠していたのかもしれませんが……」

「ふーん。で、その異世界の小娘については?」

「それは私にも分かりません。だからカホが泉の前に現れたときは本当に驚いたのです」

「お前らのとこの王族は隠し事が好きなんだな」


 呆れたようにミラフェスは溜息を吐いた。

 そういえば、とリザエルは思い出したことをキースに訪ねた。


「あの、キース王子。精霊の森について詳しいという研究者は彼のことですか?」

「ん? ああ、違う違う。アイツはまだ帰ってきていないんだ」

「なんだ、クロークに会いたかったのか。アイツはまだ帰ってこないだろ。一度出掛けると数週間は戻らないからな」


 クロークという研究者。それが精霊の森について調べている人なのかと、リザエルはその名を覚えておこうと頭の中に留めた。


「そういえば、精霊の森に行きたいんだってな。でも異世界の人間を戻すなら、ナーゲル国を調べた方が早いんじゃないのか」

「え?」

「だって、異世界の人間を召喚するなんて聞いたことないぞ。つまり、それが出来る方法があの国のどこかにあるってことだろ」

「…………偶然、じゃないんですか?」

「は? お前、たまたまあの国にだけ異世界の人間が呼ばれていると思っていたのかよ」


 リザエルは頷いた。そういえば異世界という言葉を聞いてガレッドたちは驚いていた。

 夏帆がナーゲル国に来てから、きっと他の国でもそういうことがあるんだろうと軽く考えていた。

 しかし、そうではなかった。


「じゃあ……ナーゲル国は異世界から人間を召喚する方法を隠していたと……? あの厳重な壁も、他国の人を寄せ付けなかったのも……」

「そうだと思うね。この国にそんなこと思う奴はいないけど、他のところ……戦争とかしてる国だったら喉から手が出るほど欲しい力でしょ、無限の魔力なんてさ。それを独占するために鎖国してたって考えるのは普通じゃない?」

「……確かに、そうですね……」


 外の世界を全く知らなかったから思いつかなかったが、冷静に考えればミラフェスの言う通りだ。

 だが、目的は何だというのか。リザエルが想像したような世界征服でも企んでいるというのか。婚約者であるリザエルにも隠していた、ナーゲル国の真の狙いは一体何なのか。


「……やっぱり、何か悪いことを考えていると思っていた方がいいのでしょうか……」

「まぁ、そうだろうね。良いことしようとしてる風には一ミリも思えないし」


 歯に衣着せぬ物言いだが、むしろ素直に意見をぶつけてくれることは有難い。

 変に気を遣われたり、腫物扱いされる方が居心地も悪い。ナーゲル国に不満を抱いているからこそ、逃げ出してきたのだ。愛国心などひと欠けらだって持っていない。


「それじゃあ、国民代表としてご両親の話も聞かせてくれる?」

「私達ですか? 何か役に立つことをお話しできるかは分かりませんが……」

「何でもいいんだよ。どういう暮らしをしてたのか、王族に対してどう思っていたのか、とかさ」


 ドルワとライリンは顔を見合わせる。何から話せばいいのか、お互いに言葉を選びながらぽつぽつと思うところを口にしていく。


「……そうですね。今まで比べる対象がなかったので、良し悪しを感じることはありませんでしたが……おそらく暮らしはあまり良くなかったと思います。城の周囲に住まう貴族様たちが鉱山などの所有権を所持しているので、そこで得た宝石などを高値で売って私腹を肥やしていましたが……そこで働く者たちの報酬はそれほど多くはありませんでした」

「ふーん。そのお金の出どころは?」

「王家が管理する銀行で発行されています」

「なるほど。どうやって金を回してるのかと思ったけど、そういうのはちゃんとあるんだな」

「ええ。貴族たちは王家に上物の宝石などを売って稼ぎ、平民はその貴族に雇われて小銭を稼ぐ……そんな感じですね」

「私たちは主人の魔法が土を操作するものだったので、畑仕事をして生計を立てていました。それでも夫婦で暮らしていくだけでやっとでしたが……」


 両親の貧しい暮らしを聞き、リザエルは泣きそうになった。

 王子の婚約者になったのに、両親には何の見返りもなかった。ただ娘を奪われただけ。

 こんな仕打ち、あんまりだ。リザエルはギュッと拳を握り締めた。


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