第18話 国王と研究者




「いやぁ、急に呼び出して悪いな! 息子が珍しい客人が来たなんて言うもんだからさ!」


 通されたのは玉座の間ではなく、城の外。騎士の訓練場だった。

 そこで訓練用の木剣を肩に担いだ屈強で長身の男性がリザエルたちを迎え入れてくれた。


「えっと、この方がミルドカディン国の王、ゾイスリンド・ミルドカディン様です」


 ガレッドに紹介された男性は、想像していた王様のイメージとは全く違った。

 いや、もし正装で玉座に座っていたらすんなり受け入れていただろう。しかし、ここは訓練場。そして彼の背後に見えるのは十数人の疲れ切って地面に座り込んでいる騎士たち。


「え、えっと……ナーゲル国から来ました、リザエル・キャレットエイヴィーと申します。この度は……」

「あー、いい。堅苦しい挨拶は無しだ。君たちはもうこのミルドカディンの国民、俺らの家族だ。家族に遠慮はいらん!」


 ガハハ、と豪快に笑う王に、ガレッドが驚かないでくれと言った意味をようやく理解した。


「あ、ありがとうございます……ゾイスリンド国王陛下」

「ああ。ゾイで良い。皆そう呼んでいる。詳しい話もキースからある程度は聞いているぞ。ナーゲル国の聖女様と、異世界の少女だな」

「はい。我々を受け入れてくださったこと、感謝いたします。それで……ナーゲル国のことや魔物に関してなのですが……」

「その辺のことも踏まえて、今から騎士隊長やキースたちと話し合いをするつもりだ。ナーゲル国については俺も色々と思うところがあってな……お互いに知ってることを共有できればと思っている」

「はい。よろしくお願いします」


 国王、ゾイは着替えてから合流すると言って、先に城の中へと戻っていった。


「驚いたでしょう?」

「え、ええ。何というか……凄かったです……」


 どう言葉にしていいか分からず、曖昧な答えになってしまった。

 そんなリザエルたちの反応に、ガレッドは呆れたような乾いた笑みを漏らす。


「あの人は机に向かっているより体を動かすのが好きな人で……俺も子供の頃、よく国王に鍛えてもらったりしましたよ」

「そうなんですか……それにしても良い体つきでしたね」


 ドルワはゾイの仕上がった筋肉に憧れの眼差しを向けた。

 リザエルと夏帆は何を言っているんだというような視線を向けるが、母ライリンはドルワの腕に寄り添い、頬を褒めていた。


「やぁね。あんただって十分素敵じゃないの」

「ライリン……」

「あなた……」


 そう言えばこの夫婦は昔からこうだったな、と十年振りに見た両親の戯れに溜息を吐いた。


「…………そ、それじゃあ王子のところに案内しますね」

「お願いしますわ」


 リザエルは無表情のまま、ガレッドの後ろを付いていった。



———

——



「おはよう、みんな」


 通されたのは図書館の奥にある個室だった。

 壁一面には様々な書物が並ぶ本棚。そして部屋の中心に大きなテーブルと、それを囲むように置かれた椅子。その一つにキースは座っていた。


「おはようございます、キース王子。昨日は色々とありがとうございました」

「いえいえー。それより、僕の方から紹介させてね。ミーくーん」


 キースに呼ばれ、奥の本棚の隙間から顔を出したのは小さな少年だった。

 見た目からして十歳前後だろうか。腰まで伸びた長い淡いオレンジの髪を後ろで一つに結わいている。


「彼、この城で研究者をしてるミラフェス・トッドくん。こんな可愛らしい見た目だけど僕らよりずっと年上なんだよ」

「可愛いは余計だ、阿呆」


 頭を撫でようとするキースの手をパシッと払い、見た目のイメージとは少し違う低めの声で突き放した。

 王に続き、またしても驚かされた。そして何故か夏帆は目をキラキラと輝かせて口元を両手で押さえている。


「合法ショタ……っっ異世界って最高……」

「何言ってるの、貴女?」

「ほらほら、良いからみんな座りなよ。今日は大事な会議をするんだからさ」


 キースに促され、それぞれ椅子に腰を下ろす。

 紹介された研究者、ミラフェスもキースの隣に座って先程本棚から持ってきた本を広げた。


「ナーゲル国のやつが来ると聞いたから、あの国について書かれているものを手当り次第持ってきた。ここに書かれていることで合っていること、間違っていることがあれば教えてくれ」


 鎖国状態のナーゲル国について書かれたものが他国にあるとは思わず、リザエルは少しだけ驚いた。

 リザエルは城にある本をほぼ読んだが、他国について書かれたものはなかった。それが当たり前だと思っていたが、それもまた偏った知識であることが今明らかになった。


「……あの、でも今は魔物のことが優先では?」


 ミラフェスが持ってきた本を手に取りながら、リザエルは問うた。

 ナーゲル国に関しては分からないことが多い。あの国が何を企んでいて、何のために異世界の少女を利用しようとしてるのか何も分からない。

 だが、今は魔物がなぜ活発化しているのかを知ることが最優先なのではないかと、リザエルは思った。


「俺は、モンスターが暴れだした原因がナーゲル国にあると思ってる」

「え?」

「これはまだ推測だけど、凶暴化したモンスターはあの国から湧き出てる気がするんだよね」

「ま、まさかそんな……」

「その可能性があるってだけ。だからお互いに情報を出し合っていくしかないんだよ。だからほら、君たちにしか分からないことを教えて。特に君は王子の婚約者だったんだろ? 君が一番情報を持っているんじゃないの? もう隠しておく必要なんかないんだし、洗いざらい吐いちゃいなよ」


 こちらから口を挟む間もなくまくし立てていくミラフェスに、リザエルは開いた口が塞がらなかった。

 見た目は幼いのに、圧が凄い。可愛げが感じられない。リザエルは口にはしないが、素直にそう思った。




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